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無累を託せし白業の旅路 其ノ捌

 攻略フェーズ第三段階と思しき変遷を遂げた『境界』の中で、咄嗟に見回した周囲の状況を理解した瞬間。正直なところ、()()()()と思いかけた。


 異様な変貌の果てに先までと比べ物にならないプレッシャーを放つ、『白』と『赤』の二色が入り混じった『朱』の怪物。


 対して、こちらの陣容は特記戦力を欠いた……加えて、バランスがいいとも言えない十一人。支援術師が一人もいない、火力役に偏った面々。


 否、正確には〝特記戦力〟と呼べる者が一人だけ混じっていたが――この戦場でありありと力を見せつけたとはいえ、まだ未知の塊としか言えない少女をノータイムで『希望』であると祭り上げることはできなかった。



 ――ゆえに、



「――右二人、下がってくださいッ! 回復後、すぐに復帰を‼」


「「了解ッ‼」」



 ――ゆえに、いつかの日を思い出して、彼は思う。



「〝弾〟は私が落とします! 後衛の皆さんはとにかく重ねて本体に砲撃‼」



 ――あぁ、やっぱり自分は、



()()()、あと十秒耐えてくださいッ‼」



 実は究極的に――人を見る目がなかったのかもしれないと。


「お任せあれッ‼」


 もはや躊躇も不信も無しに応じて、【ElephantエレファントThreeスリー】は駆け出した。


 〝要〟どころの話ではない、堂々と〝核〟を担い、戦力不足の絶望的な場を拮抗させている少女の号令に……返す答えは『応』以外に有り得ない。


 たった一人の壁役タンクである自分が、まさしく壁役を全うできているのも。


 まともに相手取れば生存を優先せねばならず、役割を果たすなど到底できなかったであろう火力役たちが全力で得物を振るえているのも。


 集中的に狙われてしまえば逃げ惑うことすら叶わず、あっという間に殲滅されていてもおかしくはなかった後衛たちが、朗々と詠唱を紡げているのも。


 部隊の指揮と守護を一手に引き受け、また見事に成立させている――かの【曲芸師】のパートナーなくしては、有り得なかっただろうから。


 片手に鎚矛メイス、片手に円盾シールド。かつての軽戦士スタイルから転向を果たし、今では慣れ親しんだ堅実極まる守りの形。


 しかして、この怪物は彼にとって天敵にも等しい相手と言えよう。


 正しくは、盾をもって守りを築く戦士にとって。単純で圧倒的な〝力〟によるものか、はたまたなにかしらの権能によるものか。打てば脆い癖に異様な攻撃力を誇る『赤』の触手は、一度は容易く彼自慢の盾にも穴を穿って見せた。


 その上で未だ戦場に身を置けているのも、偏に彼女ソラのおかげ。間一髪で割り込みフォローを間に合わせ、更には治癒魔法で傷まで癒されてしまったとなれば……。


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。


 信を置くに足る実績を、瞬く間に積み上げられてしまったのだ。オッサンとはいえ――年甲斐など蹴飛ばして熱くならなければ、嘘というもの。


「さぁ来い、怪物め……!」


 飛び交う砂の剣をもって、少女が触手の弾幕を捌く宙の下。正面へ躍り出たちっぽけな影に、頭部の上半分を失ったまま動き回る『朱』が狙いを定める。


 見上げるほどの巨体が撓み、地も空間をも震わせて――駆けた。


 絵面だけを見れば、正気を疑わざるを得ない真向からの正面勝負。天上の者たちタイトルホルダーであればまだしも、あくまで常識の範囲内の実力者であることを自負する戦士がまともに抗える質量ではない。


 そう、あくまで……()()()()()()()


 未だ黄金には届かない黄色のエフェクトが、掲げた円盾を輝々と覆う。衝突まで残すところはコンマ数秒――戦士の顔は、ただ得物に対する信が満ちていた。


 序列持ちに在らずとも『防衛隊長』として親しまれる彼の得意分野は、己が経験を活かした元高機動戦士どうるいへのカウンター戦術。


 ゆえに如何な埒外の巨体が高速で迫ろうとも、見切ること自体は難しいことではない。そして、見切ることさえできるのでれば――



「《踏み占める巨閣プリムズ・ジェナス》ッ‼」



 ――猪突猛進を打ち返すくらい、死ぬほど気張れば不可能ではない。


 ()()()()()()()()()()()()の円盾は『らしい』だの『職人気質の本人に似た』だのと好意的な弄りの種ではあるが、ここぞという場面で主を裏切ったことは一度もない自慢の『魂依器アニマ』だ。


 第三階梯【巨象の円盾】――秘める力は、極シンプル。


 それは一発限りの、()()()()()()だ。


『――――――――――』


 『朱』の爪先が触れた瞬間、盾を構える右腕に衝撃はなく。


 一歩も退くことなく迎え撃った戦士の向こう側で、()()()()()()()()()()巨体が轟音を上げてノックバックした末に倒れ込む――そして、


「あとは任せた……!」


 ダメージはなく、しかし代償として部位耐久値を全損して消し飛んだ右腕を庇いながら、どさりと腰を落とした彼が見つめる前へ。



「《炎剣の円環ヴェルメ・クライス》――ッ!」



 横を駆け抜け、舞い踊った金色が……ただ真っ直ぐに軌跡を描き、奔って、



「あぁ……まったく」



 つい口から零れ落ちたそれは、呆れの笑み。


 瞬きの間に、()()()()()()()()()()()()()を目にして――


「堪らないね、主人公ってやつは」


 力に満ちた若者たちを見つめる穏やかな瞳が、眩しそうに眇められた。



 ◇◆◇◆◇



 来ると思っていた。


 間に合うと思っていた。


 そうならないはずがないと、勝手に信じ切っていたから――だからこそ、慣れないこと、分不相応なことを夢中になってやり切ってみせた。


 怖かったけれど、恐ろしかったけれど、恥ずかしかったけれど、気後れしたけれど……それでも、きっとあなたが、



「「――『片割れを映すクロッシング』ッ‼」」



 隣に駆け付けてくれると、わかっていたから。



 気まぐれな風のように、どこからともなく現れたパートナー。以心伝心は当然とばかり、なにも言わず並走するまま彼が呼び出した双盾に腕を通して鍵言を放つ。


 繋がりは再び。《天秤の詠歌スケアレス》は――使わない。


 向かう『朱』との交錯まであと僅か、打ち合わせなどなくとも……一瞬だけ交わった視線が、楽しげに『そっちの番だ』と物語っていたから。


 だから、少女は〝杖〟を抜く。


 腰に据え付けたホルスターから放たれる【黎明の宿杖インテグラル】は、指揮杖にして指揮杖にあらず。なぜなら、彼女が望むのは魔法使いではなく――



「「《属性付与エンチャント》」」



 誰かの隣で共に戦う、剣士なのだから。


 〝光〟と〝水〟と、本来であれば相反せずとも共存は成し得ない二つの魔力。


 しかしながら【旅人】より譲渡された出処不明の木片、そして相棒と初めて倒したボスより得た『()()()()()()()()()()()()』古木。


 二つの素材を掛け合わせて、かの【遊火人】が生み出したとっておきの杖が……果たして、本来ふつうの範疇にその性能を納めるはずもなく。



 【黎明の宿杖インテグラル】――その性質は、属性を問わず上限なき魔力の吸収と統合。



 込められた魔力を際限なく喰らい尽くし、統べ、寄り合わせた果てに形作るのは……少女が望む、剣士の証。


 精神(MID)ステータス800&650のプレイヤー二人が惜しみなく籠めた魔力によって、杖先に灯るのは――〝光〟と〝水〟の大魔剣だ。



()()()、お願いしますっ!」



「ッハ、言うようになったね本当――喜んでッ!」



 頬を吊り上げて笑みを振り撒きながら、地を踏み切った白蒼が宙を駆け降り注ぐ『赤』を切り刻んで荒れ狂う。


 相も変わらず、目で追うことさえ困難な挙動。どれだけ追いかけようと、アレは真似できないと諦めざるを得ない彼だけの才能。


 ()()()()()、自分も走らなければ。


 自慢のパートナーの隣に在るために――彼には真似できない自分だけの才能を、ひたむきに形にするために。



 ………………それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 その名を世間に公表する予定がないとは言えど、


 二つの属性を鑑みれば、そこまで的外れなネーミングではないと言えど、


 もう一人のメンバーからも『別に悪くないんじゃない』と、セーフ判定を下されていたと言えど――恥ずかしいものは、恥ずかしい。


 それでも、仮想世界このせかいのグローバル・スタンダードを果たすためには、


「と、共撚ノ杖剣ともよりのつるぎ――Ver.1(ひとつめ)っ……!」



 〝必殺技〟の宣言は、力一杯に放たなければならないのである。



「――――《蒼天そうてん》ッ‼」



 巨閣と成した戦士の盾に押し込まれ、牽制の弾幕をも千々に裂かれた『朱』の巨体に向かい、一筋の閃が奔る。


 水を侍らす光の輝剣が、迎撃に放たれた尾を一瞬の拮抗の後に断ち切って――



 蒼空の天衣を纏う少女は、静かに『朱』の背に降り立った。



 そして、()()()()()()()()()()。次の瞬間――



「――――《火葬の九剣碑グランシュヴェルメ・ノイン》」



 空で輝きを蓄えていた九本の蒼炎が降り注ぎ、巨躯を貫き穿つ。一本、また一本と炎の塔が屹立する度、竜は抵抗の身動ぎで地を揺らし……九本目。


 墓標のように突き立った炎剣フラムに照らされた怪物は、


『――――、――――、――――――――』


 二度、三度と、生き物とは思えない声鳴りを響かせた後に沈黙して――



「…………………………っ、…………はぁう……っ……!!!」



 見事に〝大仕事〟をやり遂げた少女はと言えば、もう限界とばかりに――二度『骸』となった竜の上で、ペタリと崩れ落ちたのだった。






これはクランマスターですわ。


属性付与エンチャント》――魔法適性ツリー各属性に存在する支援強化スキル。属性毎に様々な性質や補助効果を備えているが、メインはその名の通り武器への属性付与による物理&魔法の攻撃判定を一撃の下に両立させる点。他のゲームでも数多見られるありがちな魔法だが、アルカディアでの地位は低い。なぜかと言えば、属性付与により発生する追加の魔法ダメージ計算が『術者と対象者のMID双方を参照して行われる』ためである。つまり高MIDの純魔法士が低MIDの前衛戦士に属性付与を施した場合、後者に引っ張られて威力効率がガタ落ちする。更には属性付与は『維持型』の魔法であり、これを起動しながら他の魔法を起動する場合は高難度の『並列魔法ダブルキャスト』をこなさなくてはならないため魔法士側の負担が大。オマケにMIDが高いほど威力も増すが消費も増すという三重苦により、使えなくはないが使い所が難しいという地位に落ち着いている。


なお普通・・の運用法であれば勿論ソラさんのマジカルステッキブレードみたいな素敵な威力は出ない。謎のレア素材と【遊火人】を崇めよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女の子座りするソラかわー! [気になる点] > 魔力を成長力へと変換する そもそも自己修復じゃなかったか。。。 つまり2人の何かを混ぜ合わせ、その結晶を育むもの。 > 瞬きの間に、一人か…
[一言] もしかして: 巨「象」の円盾 第「三」階梯 だから Elephant Three 階梯上がったら改名の可能性。
[一言] 【蒼天の指揮者】ソラちゃんかっこいいー
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