無累を託せし白業の旅路 其ノ漆
『――――――、――――…………………………』
地響きを上げて『朱』が倒れ伏したのは、俺が介入してから数分後のことであった。極めて劣勢かと思いきや、なんのかんの捲り返してはいたらしい。
流石は大先輩×2――ちょっと待ってごめん流石に限界だ三十秒休ませて……‼
「だぁっは……! キツいっ……無理ぃ……‼」
疲労のままに後ろへ倒れ……そうになった身体が、何者かに受け止められた。囲炉裏――だったら良かったんだが、珍しく疲れた顔したブロンド侍は俺の前方三メートルにいらっしゃる。
ゆえに、俺を支える柔らかな感触は……まあ、流石に許してもらえるだろう。こんだけ頑張ってるんだ、有罪判決には情状酌量の余地を唱えさせていただきたい。
「……本当に助かったわ。ありがとうハル君」
「なんのなんの……間に合ったと言えるかどうかは微妙なところで、申し訳ない」
二人のフォローにはギリギリのところで手が届いたが、俺がこの『境界』に飛び込んだ時には既に残り九名の姿が見当たらなかった。
残念ながら、あの怪物にやられてしまったということだろう――
「――間に合ってるよ、間違いなく。礼を言う」
「おう……そりゃ珍しいこって。受け取っとくよ」
と、目前まで歩いてきた囲炉裏が素直な微笑みと共に拳を向けてきた。返しはするが……こっぱずかしいから、いつものブロンド侍様でいていただきたい。
「君が来たってことは、そういう仕組みなんだろう――何体目だ?」
「ここで三体目……アーシェはもっと早いだろ。過半数は、もう済んでるかもな」
「別れたの?」
「一体目を全力速攻ぶちのめしたら、穴が三つ開いたんすよ。で、俺とアーシェと残る九人に別れて飛び込んだ次第っす」
「……彼女と君なら、単騎で動いた方が効果を見込めるか。二体目の場は?」
「テトラとその他で後衛に偏った部隊だったから、まとめて一つに入ってもらった。俺が行くまでも集団隠密でやり過ごせてたのを見るに、あいつに付いてた方が後衛諸氏は安全だろうと思って――……さて、お喋りしてる暇はないだろ」
座り込んだ俺の背を支えてくれていた雛世さんに礼を言いつつ、立ち上がる。多少なり息は整った、まだ足を止めている場合ではない。
「ここの穴は二つ、どうする?」
「――別れましょう」
俺の問いに、即決で答えたのは雛世さんだった。
「自分の口から言うのもどうかと思うけれど……私たちは、運が悪かった。他の序列持ちを含めてある程度バランスが取れている編成なら、ここまで苦戦することはない相手だったと思うわ」
「……俺がガス欠だったのも大きい、その通りだろうな」
大丈夫だろうかこの二人、なんか思いのほか凹んでいらっしゃるのでは――
「少なくとも、拮抗はさせられているはず……なら、戦力を割っても確実に全ての戦場に援軍を届けたほうがいい。一気に天秤を傾けられるはずよ」
誰かさんみたいにね――と、眩しいウィンクを頂戴して……驚くことに、首が自動的にそっぽを向いた。破壊力が高過ぎたのだと思われる。
「なら、俺がこっちだ。ハルは雛世のエスコートを頼む」
「あいよ了解。…………囲炉裏」
「なん――」
相性を鑑みても異論ない結論を出し、片一方の『境界』の亀裂へと歩みを進める侍を呼び止める。
呼び止めて――その胸に〝刀〟を一振り、鞘ごと押し付けた。
「お前の二刀流、もう暫く無理だろ。きっちり本領出せよ【無双】殿」
「っ……おい君、これは」
「 丁 重 に 扱 え 」
小言を言われるであろうことは百も承知、だから聞いてやらない。
俺だって、そうすることに躊躇いはなくとも後ろ髪を引かれる思いくらいはあるが……大丈夫だよ。お前相手なら、お師匠様も許してくれるさ。
「………………――――ハル!」
男二人を見つめてなにが楽しいのか、うふふと意味深な笑みを浮かべる雛世さんの背を押して逆側の亀裂へと真直ぐに向かう。
途中、背に掛かった呼び声に首だけで振り返れば、
「――、――――」
小さく動いたその口から零れたのは礼か、はたまた憎まれ口か。
押し付けられた【早緑月】を【蒼刀・白霜】の隣に差した囲炉裏は、またもこちらへ向かって拳を突き付けていた――お前、好きなそれ。
俺も、嫌いじゃないんだけどさ。
「――また、借り一つだ」
短めですが綺麗に切りたかったから許して。
あとまさかのカットも許して、お姉様とのダンスは別の舞台で予約済みなんだ。