無累を託せし白業の旅路 其ノ肆
「――――……順調、と言えるかしら」
「ひとまず、形だけはな……」
戦局を見やり、脚を止めて言葉を交わす二人。
排熱により陽炎を纏う銃口を下ろした雛世の呟きに対して……努めて平静を装う囲炉裏は、片手の白刀を虚空に解きながら相槌を返す。
後輩のアシストもあり無事に首を落とした一体を含めて、全体のキルカウントは既に八。残る二体は、周囲のプレイヤーたちの援護を背負った【剣ノ女王】とゴルドウ&ゲンコツのタッグがそれぞれ相手取り詰めに掛かっている。
双方共に、案じて駆け付ける必要はないだろう。
全力をもっての電撃突破を目論み挑んだセカンドフェーズは、拍子抜けするほど無事に終わりを迎えようとしていた。
そう、順調も順調である――形だけは。
一年前の挑戦で惜敗を喫した、このフェーズ最大の難点。それは十体に分裂した『白』が継続して暴れ回る中で強制転移が発動することにより、どう足掻いても直後の〝事故〟を避けられないということだ。
それはなにも一般勢だけに限らず、序列持ちとて同じこと。先程まさに雛世が危地に立たされたように、ラウンドを重ねれば重ねるほどこちらの手札が減らされてしまう可能性は積み上がっていく。
ゆえの、全力速攻。
消耗は度外視。とにかく全速で分け身を制圧することで、なにもさせずにフェーズを捲り飛ばす――果たして、目論見は上手く行った。
無視できない主力メンバーの疲労と、切り札の何割かを引き換えに……だが。
左手から雪解けの如く消え去った白刀に続いて、頭上に顕現していた氷冠がパキンと音を立てて割れ砕ける。
魂依器、そして特殊称号の強化効果が制限時間を迎えたゆえの消失。
囲炉裏に関してはクールタイムを終えれば再使用は可能だが、どこかの誰かさんの〝必殺技〟を始め幾つかの手札は使い切り。
本来であれば飛ぶわ跳ねるわの大暴れをしていたはずの分け身を瞬殺するため、相応の代価を支払わされた形だ。
頭数を減らされるよりはマシ、だったと思いたい。なにせ、
「ここから先は……」
「えぇ……未知の領域、ね」
遠くで地響きを上げ、ほぼ同時に崩れ落ちた最後の二体――即ち、十体全てを打ち倒したこの先に待ち受けるものを、未だ誰も知らないのだから。
◇◆◇◆◇
「――撃破三は張り切り過ぎでは?」
「あなたも二体倒してた」
「いやぁ、俺は手厚いサポート込みだから」
「それを言うなら、私も沢山助けてもらったもの」
【総大将】と【双拳】の拳四つで滅多打ちにされている片方を見て、一人果敢に巨体と渡り合っていた『お姫様』の元へ駆け付けてはみたのだが……まあ、こっちもこっちで助っ人が不要であることはわかっちゃいた。
俺の到着と同時に崩れ落ちた最後の一体。その〝骸〟の前に涼しい顔で立つアーシェは、疲れなど毛ほども感じさせない様子で微笑んだ。
流石というかなんというか……ぶっちゃけ俺は動けなくなる程ではないにしろ、既に多少なり息を切らしていたりするのですが。
――ともあれ、
「さて……どう来るかな」
「わからない」
疑問と不明を掲げつつ、俺たちが……此処にいる全てのプレイヤーが視線を向ける先は、ただ一つだろう。
それは他でもない――斬られ、打たれ、潰され、動きを止めてなお消失することなく戦場に残り続ける、十の白き骸たち。
欲を言えば、シンと静まり返ったこのまま暫しの休憩タイムを挟んでくれると有難いのだが……どうやら、そういう訳にもいかないらしい。
ジジ――と、また視界が微かにブレて揺らぎ始める。
湧き上がるのは、予習が許されたこれまでとは全く別種の緊張感。背筋を言い表しがたい痺れが駆け上がり、頭の奥を熱と冷気が掻き回す。
世界の誰もがまだ知らない、かの【白座のツァルクアルヴ】第三段階。
固唾を飲んで備える挑戦者たちの視界を侵し、ジワリと足元から身体に絡みつくような地揺れを伴い……ソレが、動き出した。
「……、…………」
「なにそれ、どういう感じだ……」
〝骸〟と称す他になかった、活動を停止していた『白』の分け身たちが。
千切れた脚や尾をそのままに、
落とされた首もそのままに、
およそ生物の動きとは思えない……まるでなにかに引っ張られるような挙動で、地に伏していた巨体の胴が持ち上がる。
不気味と言わざるを得ないその光景を見て、頭をよぎったのは『糸』――即ち、俺が師の技を再現するために必要とする『操り糸』の同類。
骸に括り付けられた『糸』の存在を幻視した俺が、視線を上に釣られる最中。隣に立つアーシェは、しかし真っ直ぐに『白』の中心を見つめていた。
より、正確には――
「………………なにか、」
その奥――その、中を。
「――なにか、いる」
呟くと同時に、彼女が『剣』を強く握り直したその瞬間。
『白』の背中が割れて、鮮血の如き『赤』が溢れ出す。
十体の骸、その全て。頭部をひしゃげさせたモノも、首を落とされたモノも、四肢のいずれかを失ったモノも――湧き出して体表を駆け巡った『赤』に侵されていくように、悍ましく痙攣を起こす巨体が肥大化を始めた。
「……………………っ……だからさぁ……アルカディアさぁ……!」
端的に恐怖映像。シンプルに気味が悪い。
あーあー……と思いながら、少し遠くへ目をやれば案の定。ソラさんがイベントの進行を見守りつつ、青い顔で慄いている様子が小さく見えた。
なんだかんだ経験を積み、ある程度の耐性を身に付けた今の彼女なら以前のようにはならないと思うが……青くなってんの、ウチの相棒だけじゃないんだよなぁ。
「……平気か?」
「…………へ、平気」
どうしよう、アーシェがどもるの初めて聞いたわ。
いやまあ、そうよな。周囲の男性諸氏も何人か『うげっ』て顔してるし、グロにもホラーにも割かし耐性がある俺でもキツいものがある。
ここだけ対象年齢引き上げ案件では? んで、なにが性質悪いって……
「悪いけど、気張ってくれよお姫様……見るからにヤバそうだぞ……!」
「わかってる……!」
俺たちは只今、一発勝負のレイド攻略真最中。
つまり、戦意喪失も『ちょっと待った』も許されない――怖かろうがキモかろうが、気張って立ち向かう他に選択肢はないってことだ……!
視界がブレる。
感覚にノイズが走る。
もう何度も経験した、強制転移の予兆。さあどう来る、単純なセカンドフェーズの強化パターンか、はたまた追加ギミック山盛りのハードコアモードか。
初見でアドリブを避けられないとはいえ、こちらも無策で攻略に臨む馬鹿ではない。考え得る限りのパターンに対する策は練り共有済み、俺も消耗を押して再び駆け回る覚悟はできている。
わがままを言うなら、一発目の転移でソラの間近に飛ばされる幸運を所望したいところだ。そんな暇があるかはわからないが、励ましの言葉の一つくらいは――
「――――――」
チリッと、首の後ろでなにかが弾けるような感覚。
訳がわからない状況なのは、見た通り。なんで『白』の中から『赤』が湧いてくんだよと、疑問に考察を重ねている猶予もない。
強制転移発動までの時間も、おそらく残りわずか。世界が、歪みを増していき…………………………………………………………いや、ちょっと待て。
それは、ヤバいかもしれない。
「ッ――――‼」
「っ――ぁ……!?」
直感か、形にもならなかった思考の先を前借りしてか、身体が勝手に地を蹴った……そのときには、もう遅かったのだろう。
今この瞬間、歪み、揺らいでいるのは視界――つまり俺たちの身体ではない。『白』と『赤』が混じり合った怪物を取り巻く、空間そのものだ。
不覚にも異様な光景に度肝を抜かれて、頭が回っていなかった。それはおそらく、俺が切り返した瞬間に焦燥の声を上げたアーシェも同じこと。
これは、これまでの強制転移とは別のなにかの予兆。
【白座のツァルクアルヴ】が司るのは『境界』――空間を操る存在が齎す試練として思い浮かぶのは、なにも〝転移〟だけではなかったはずだ。
しかして、一歩が遅れた身でもどかしく手を伸ばす先。彼方のパートナーと目が合った気がした……その瞬間。
バキン――と、なにかが砕ける異様な音が戦場に響き、
十体それぞれの分け身を基点に、真白な空間の断崖が屹立した。
起
承
乱回転←今この辺です。
結