無累を託せし白業の旅路 其ノ参
視界の端、突如として現れた小さな太陽が『白』を一つ灼き斬るのが見えた。
思い出さずにはいられない。未だ強く記憶に残り、腹の底で揺れ動く〝熱〟を齎したあの日のことを。
冗談のような戦果を告げる、報告の嵐。
狂ったようにスコアを刻み続ける、得点ボードのカウンター。
そして、立て続けに天蓋を叩き続ける数多の光柱。
――あぁ、性懲りもなく、まただ。
また、本当に……本当に、本当に、本当に本当に本当に――
「堪んねえよなぁ……!」
戦場を駆け回る白蒼の影が、十秒前に通り過ぎた一角にて。
生粋の筋力戦士としては『立つ瀬がない』と泣き言を漏らしたくなるような〝速度〟と〝力〟の両立をもって、拮抗を作り上げた一人の青年は遥か彼方。
呆れるほどに華々しい絵を描き続ける、新たな友人。一度スイッチが入れば『難しいことは知ったことか』と、悦楽へ手を伸ばし続けるその姿。
敵も味方も構わず、等しく――気付かぬ内に引き摺り込む、毒沼。
まだまだ、結んで間もない友人関係。言葉を交わす機会を得られたのも数えられる程度、辛うじて人となりが薄っすらと掴めたか否かといった具合。
だというのに、同じ戦場で肩を並べるだけでこれだ。
否が応にも目に入るド派手な戦闘スタイルで目を引かれれば、飛び込んでくるのは『死ぬほど楽しい』と言わんばかりの強烈な笑顔。
疑いようもない、自らが仰ぐ『お姫様』の同類――即ち、天性の人たらし。
無論、限りなくポジティブな意味で。
あぁ、自分も一緒にと昂らざるを得ない――天然かつ最高の扇動者だ。
「押さえろ【見識者】‼」
「――ッ、一秒!」
「十分だッ‼」
剣を手に前衛を張りつつ指揮を執りながら治癒魔法を詠唱待機。突っ込んでぶん殴るしか能のない単純極まる身としては、感嘆する他ない器用万能の立ち回り。
【総大将】の右腕の呼び名に恥じない、堂々とした働きを披露する赤いローブ姿の横を駆け抜けざま、意志疎通は瞬時のこと。
この身は敏捷特化どころか、AGIには最低限のステータスポイントしか割り振っていない。ゆえに分裂前の本体ならばまだしも、体積を減らし敏捷性を獲得した分け身の動きにはついていけないだろう。
ならば、止めればいい。
「見開け――《記録の詠み手》」
東陣営元序列七位、【見識者】がその瞳を開く。
緑から、漆黒へ。遍く光を呑み込み、輝かずして煌めくオニキスの如き双眼が対極たる『白』の分け身をその目に捉えて――
『――、――――』
接近する〝鳶色〟を薙ぎ払うべく尾を振るおうとしていた巨体が、不自然にその動きを途切れさせた。あたかも、遅延にでも見舞われたかのように。
そしてそれが、その一体の致命となる。
「刻め――【御印の契誓剣】ッ‼」
敏捷に代わり膂力をもって鈍重な身を跳ね上げた【剛断】が『白』の頭上を取り、両の腕で背から放たれた身の丈に迫る大剣が振るわれる。
黒の巻き布が解け、現れた両刃の剣身に刻まれているのは解読不能の不明文字。しかして、アルカディア随一の筋力ステータスを誇る南陣営序列五位の一撃は狙い違わず『白』の頭頂へと吸い込まれ――
カツンと軽い音を立てて弾かれた大剣は、次の瞬間木っ端微塵に砕け散った。
「ゲームセット――は、気が早いか」
散りゆく己が得物を気にも留めずに頭部へ取り付いたオーリンが、『白』の体表へと片手を突き立て歯を剥いて笑う。
なにも知らなければ、不発どころか大事故にしか見えないであろう一撃の結果――生じた異常は、二つ。
一つは、大剣の刃が触れた地点を中心に『白』の体表へ展開した魔法陣。
そしてもう一つは……陣と同色に光り輝く真紅のオーラを煌々と立ち昇らせる、【剛断】の四肢。
第五階梯魂依器【御印の契誓剣】――秘めた能力は、ステゴロの強要。
名を呼ぶと共にかの刃に触れられた対象は、術者と強制的に契約を結ばされ――互いの徒手空拳が、相手に対する最大火力に固定される。
即ち――全力のストレートパンチだろうが、小突く程度のデコピンだろうが、当てさえすれば全てが等しく必殺の一撃に変貌するということだ。
「悪いが早い者勝ちだ……ぜッ‼」
マウントポジションからの、右拳一閃。
大した力も籠められていないファストブローが『白』の額を捉えた瞬間、質量爆弾でも喰らったかのように竜の巨体が大地に叩き付けられた。
当然、頭上にしがみ付いていたオーリンもその衝撃にたたらを踏み――
コツコツと再び額を叩いたそれさえもが、渾身の一撃へと変換されて『白』の分け身を情け容赦なく叩きのめす。
そして右手、右足、左足と……順繰りに放たれた攻撃に従い、彼の頭上に浮かぶ数多の刃で形作られた王冠が輝きを放った。
特殊称号『剛断』の強化効果《断別せし剛躯》。
齎す権能は、己が四肢への斬撃属性付与。そして両手両足による攻撃をそれぞれ全て命中させた瞬間――対象に、四発分のダメージを合算した追撃を発生させる。
「んじゃまあ……三体目だ」
南陣営序列第五位、【剛断】オーリン――またの呼び名を『近接最高火力』。
打ち下ろされた左の拳は、無残に陥没した『白』の額を軽快に叩き……落雷のような轟音を上げて、その巨大な頭部を剛断せしめた。
動きを止めた竜、周囲のプレイヤーから湧き上がる喝采、そして目が合った【見識者】には『恐ろしい』と言わんばかりに肩を竦められ――
しかし、オーリンは骸の上で苦笑いを零す。
「あー……いや、五体目だったか」
自らがトドメを刺す寸前、一手先んじて相手取っていた竜の首を落とした【無双】の姿。更には戦場の逆端、ほぼ単身で二体目のキルカウントを打ち立てた『お姫様』の姿を見止めて……己の言葉に、修正を加える。
そして、
「あーあー……本当に、思い出すな」
戦場を迸った白蒼が、眩い輝きを放つ白剣を閃かせ――六体目が崩れ落ちた。
あの日アーカイブ映像の中に見た、柱を次々と薙ぎ倒し仮想世界に旋風を巻き起こしたその姿を……本当に、心の底から堪らない。
「なあロッタさん」
「なにかなオーリン君」
「あいつ、歳いくつなんだろうな」
「……藪から棒に、なんの話だい?」
前回チャレンジの蹂躙劇が嘘のように、瞬く間に終わりが見えたセカンドフェーズ。戦場を見渡し、今から駆け出したところで意味はないと判断を下して……暢気に言葉を交わす男二人の視線の先には、慌ただしく飛び回り続ける青年が一人。
「いやなに、一緒に酒でも飲んだら楽しそうだと思って」
「あぁ、それは……確かに楽しそうだ」
噛み殺すような笑いを共に漏らしながら、呆ける周囲のプレイヤーたちと同じように……地上も空も問わずに駆け回る星を、夢中になって瞳で追い掛ける。
笑顔を絶やさず、賑やかに、恐れなど知らぬと強大な敵へ挑み掛かるその姿が、笑えるほど――小さな頃に憧れた、スーパーヒーローと重なっていたから。
自分が楽しんでいる姿を見せつけることで『楽しそう』ではなく『楽しい』と思わせられる人は、ある種の天才であると誰かが言っていました。
【御印の契誓剣】魂依器:大剣
オーリンの持つ第五階梯魂依器。外見は柄から伸びる黒い巻き布を鞘代わりとする、不明文字塗れの両刃大剣。雰囲気的にはわりと呪物。
通常使用時はシンプルに超重量の大剣として運用可能。名を呼ぶことを鍵言として能力を発動させた場合、対象に触れた瞬間に砕け散り作中通りの効果を齎す。
『互いの徒手空拳が、相手に対する最大火力に固定される』と描写された通り、一方ではなく相互。つまり相手の右ストレートやデコピンetcを被弾した場合は自らが大ダメージを受けることになる。
そのため対人、対エネミーを問わず敏捷型の相手とは極めて相性が悪い。が、鈍重な相手や何らかの手段で動きを止めた相手に対しては『近接最高火力』の呼び名に違わぬ鬼火力を発揮する、対大物狩りの大黒柱(なお遠近問わずの〝瞬間最大火力〟は言わずもがなどこぞのお姫様の必殺技)
効果終了後、砕け散った大剣はMPコストを支払うことにより復元される。
特殊称号:『剛断』 強化効果:《断別せし剛躯》
ほぼほぼ作中で説明された通り、術者の四肢を用いた攻撃に斬撃属性+αの強化効果を付与する。イメージ的には主人公が用いているスキル《ウェアールウィンド》に近く、発動と同時に四肢それぞれに一発ずつエンチャントが施され、全てを命中させることで追撃が発生。四肢四撃を果たして追撃を起こした直後に強化効果はリロードされ、再び一発ずつのエンチャント~以下ループ。
追撃を起こすためには四肢それぞれで一発ずつ攻撃を命中させる必要はあるが、厳密に各一発ずつである必要はない(左脚→右拳→右拳→左拳→右脚のようになっても効果は中断されず追撃効果は履行される)
デメリットとして術者は効果発動中、武器を用いての攻撃で一切のダメージが与えられなくなる。加えて、攻撃を空振りしてしまうと代償として体力の四分の一が削られる。