無累を託せし白業の旅路 其ノ弐
前回のデータから組み立てられた予測よりも、数段は早いフェーズの移行。
変遷はまだ先と踏んでのことだろう。全力を維持するまま空を駆けていた相棒へ向け、気付けば焦燥のまま反射的に呼び掛けていた。
咄嗟のフォローも実を結び、相変わらずの無茶を無事に切り抜けた姿を見届け――胸を撫で下ろした次の瞬間、視界を埋め尽くしたのは『白』の大壁。
あちらが手を伸ばせば、届く距離。
『白座』の分け身と、目前の自分。
それ以外、至近と言える距離に存在するプレイヤーの数は二……どう見ても盾役には見えない双剣を携えた軽戦士と、布装備を纏う支援術師――少女が最低限の状況を把握するのと、十に別れた『白』の一つが動くのは同時のこと。
そして、
「――《剣の円環》」
緊張も、焦燥も、畏れも、なにもかもをかなぐり捨てて、
「《この手に塔を》ッ‼」
ソラが巨塔と見紛う『剣』を掲げたのも、ほとんど同時のことであった。
振るわれた右手に追従するように、鋒から順に虚空から出でた砂の巨剣が『白』の前腕と激突。音も吹き飛ばすような激甚の衝撃波が、冗談のように双方の足元に亀裂を入れて迸る。
「ッぅ……んぐ、ぅうう……っ‼」
重い。しかし、押し合いが不可能なレベルではない。
《天秤の詠歌》のコストが差し引かれていない万全のMIDを魔剣に籠められていれば、単独で押し返すのも無理な話ではなかっただろう。
つまり相棒の方へ天秤を傾けている現状では、これが限界。正面から受けるのでは、拮抗させるのが手一杯――けれども、それで十二分。
「……っ、ぅお願い、します……!」
「「「お願いされましたぁッ!!!!!」」」
少女が稼いだ一瞬の間に駆け付けた前衛戦士たちが、大木のような『白』の前腕と押し合っている砂の大剣を一斉に押し込む。
瞬間、やや不利に傾いていた拮抗が呆気なく崩壊して――
「《連なる巨塔》ッ‼」
極大の負荷から解き放たれた魔剣の主が織り成す連塔が、グラリと揺らいだ『白』の横腹へ轟音と共に着弾した。
先の交錯に倍する衝撃が駆け巡り、
『――――――――』
悲鳴と捉えて構わないだろう、声鳴りが響き渡る。
「いやヤバ過ぎ……‼」
「俺の女神はここにいたんだ……!」
「また推しが増えますねぇッ‼」
立場の話題性を抜きにすれば、実績もなにもない真実無名。
初めて公の場にて力を振るう少女の姿に、度肝を抜かれながらも好き勝手なことを叫びつつ――彼らもまた、多くから称えられる者たちだ。
「オラ壁張れ野郎共ぁッ! 我らがソラちゃん死守しろォ‼」
「十秒耐えろ! そんだけありゃ来るだろッ!」
「こんな序盤で落ちんじゃねえぞ! 命大事に防御重点‼」
特記戦力たる序列持ちから離されてしまった、戦場の最端。
前衛役を演じられる者は一目で数えられるほどしかおらず、後衛も支援術師に偏ってしまった『最悪のパターン』を形にしたような戦力バランス……しかしながら、意気を失う者など一人も存在しない。
戦士たちは〝要〟と称された少女と入れ替わりに、心細い戦力でも臆さず得物を掲げて『白』へと挑み掛かる。
彼らよりもなお少ない砲術師は、なけなしの火力を有効打たらしめる為に詠唱を重ね合わせて歌を紡ぎ……支援術師たちは比して詠唱を連ね並べて輪唱と成し、前衛を支えるため無数の治癒魔法による連鎖を形成する。
不利を前にしても、各々の顔から笑みが引くことはなく。
かくして、彼らが信ずる救いの一矢は――
「――ごめん、待った?」
「――待ちました、遅いです」
甘えるように文句を言う一人を除き、その場にいる誰の予想より早くに訪れた。
言葉は不要。今この場においては、目を合わせることさえも、
「《炎剣の円環》」
「 顕 現 解 放 」
互いのやりたいことは、手に取るようにわかっているから。
「《この手に塔を》」
生み出された炎剣はただ一振り。燃え盛る火炎が勢いを増すように膨れ上がった第二の魔剣は、主から下賜された魔力を糧にその〝色〟を変えて――
「――いきますよハルッ‼」
「やってやろうぜソラッ‼」
白を逸し、燦然と青に輝く焔の巨塔が真直ぐに放たれる。
遅くはないが、速くもない。驚嘆するプレイヤーたちが咄嗟の退避行動を間に合わせられる程度には、目で追い反応が叶う距離。
ゆえに、動ける竜と化した『白』の分け身とて律儀に真正面から受けてなどくれないだろう。纏わりついていた前衛たちが着弾に備えて引き下がれば、予想通りに奴もまた回避の素振りを見せて――
「覆れ――」
溢れ出す熱気に炙られるより早く、飛翔する蒼焔に追い付いた白い影が左手を翳す……否、その手に炎を掴み取る。
拍動する左腕の鎧が、一際の輝きを放ち――その手に顕現するは、姿を変えた焔の魔剣。直視を躊躇うほどの激烈な輝き、太陽と見紛う一振りを携えて、
「《玉奪の輝剣》」
『白』を穿つ白蒼が奔り、十が九へとその数を減らす。
ただ一閃を果たして、散りゆく輝剣の残滓を纏いながら。勢い余って宙に遊んだ一人と、もう一人の瞳がようやく互いを映す。
まるで思い描いた直後の未来予想図を写し取るかのように、二ッと笑みを浮かべてピースサインを寄越した相棒に対し――
「――次です! 急いで‼」
「ハイごめんなさいただいまぁッ‼」
ソラは言葉少なに指令を飛ばし、即座に応じたハルが泡を食って虚空を踏み切り離脱する。慌てながら……しかし、浮かべた笑みは消さぬまま。
時と場合を弁えて心を律した――つもりになっているパートナーの顔は、既にしかとその瞳に映していたから。
もっとも、そうした一瞬のやり取りから正しく少女の内心を読み取れる者など、限られた〝誰かさん〟しかいないわけで……。
「………………あ、あの、なにか……?」
「――なんでもありません! ご指示を‼」
「へっ!? いえ、あのっ」
「「ご指示を賜りたくッ‼」」
「なんっ……わた、なに――」
「「「ご指示を!!!!!」」」
「ひぇっ……し、知りませんっ! 早く他の皆さんの援護に行ってください‼」
「「「「「了解しましたッシャァいくぞ野郎共ぁッッッ!!!」」」」」
かの【曲芸師】を完全に従えているように見えるパートナーの評価が、ポジティブ方面を維持するままおかしな方向へと瞬時に捻じ曲がってしまったのは……果たして、不幸な事故と言えるのか否か。
「……………………」
目を白黒させつつも、相棒を「急げ」などと急かしてしまった手前、
「…………よくわかりませんけど、きっとハルのせいです」
戸惑いにはひとまず蓋をしながら――賑やかな男性陣たちを追い掛けて、少女もまた勢いよく地を蹴り駆け出した。
この人らも立場的にはモテる側なのだろうという事実。