無累を託せし白業の旅路 其ノ壱
数え間違えていなければ、五巡目のこと。
前触れなく……少なくとも、こちらにとっては唐突に。戦場を駆け巡った変遷の予兆には、全てのプレイヤーが同時に気付いたことだろう。
否、若干一名の例外がここに――
「ぃやっべ……!?」
おそらくは、直感などは関係のないシステム的な〝虫の知らせ〟的なアレなのだろう。明確になにかが起こるという声なき通達に先んじて……。
左手に握る【空翔の白晶剣】に埋め込まれた紅玉が、なにかに呼応するかのように光り瞬いた。それはあたかも――『備えろ』とでも言わんばかりに。
――――――ッ!
遥か下方から、誰かの声が聞こえた気がした。
心配はごもっとも……急に光り出した愛剣にビビって予めブレーキを踏んでいなけりゃ、切り返しが間に合わなかった……!
安全思考などかなぐり捨てて、躊躇なく真下へ針路を取り《空翔》を起動。既に視界がブレ始めている――強制転移の予兆、猶予はあと僅かだ。
ぶっつけ本番で挑んでいる以上、空中で飛び回っている状態から転移を喰らった場合はどうなるかという問題に答えはない。
何事もなく地上に引きずり降ろされるだけなのか、そのままランダムで空中に放り出されるのか……最悪、慣性を保持したまま地面に放り出されて被おろし金にならないとも言い切れない。
テストプレイなしの強制アドリブ、しかも『事故って死んだからやり直し』というわけにもいかないってのが辛いところ。
コイツの〝学習〟がどう作用するのかも未知数。下手すりゃ空を飛び回る変なのに即応して、砲台のターゲットルーチンが丸ごと変わる可能性すらあるのだ。
一発勝負の理不尽設定、なおその理不尽を強要される初回が最も低難易度である模様……ご意見メール待ったなしだぞクソッタレ。
「《フラッド》‼」
愛剣を鞘に放り込みつつ虚空を蹴り飛ばすと同時、真直ぐ前に。つまりは、向かう先である地面へ向けて左手を突き出す。豪速で大地の染みルートへ直進したアバターの行く手に――溢れ出でるは、水。
水魔法《フラッド》、またの名をテラアクア。そしてどこぞの情報サイトに記載されていた説明文は、シンプル極まるただ一行のみ。
『絶対に閉鎖空間で使うな』
まあ簡単に言えば――俺のMIDステータスでぶっぱすると、学校の二十五メートルプール一杯分ってところかな?
「――がぼッ……!」
コントロールなんざ不能。ただ『大量の水を一瞬で生み出すだけ』の魔法に突っ込んだ身体が、実にゲーム的で大袈裟な負荷処理に絡め取られ一気に減速。
反動ダメージとてなんのその――俺がフラッドを展開するとほぼ同時、ピタリと行く手に現れた緑光のゲートは既に通過済みだ。ソラさん is God。
しかして、
「――無茶苦茶しやがって、心臓縮むぜ」
「ゲッホ、おぐ……へ、へへ……」
限界まで速度を殺し、地上付近で放り出された俺を矢鱈とゴツいなにかが受け止める。いやはや申し訳ねえ、立派な金ピカ鎧が周囲諸共ずぶ濡れだ。
俺も俺とて心臓が縮んだが、しかしどうにかこうにか間に合った。
残念ながら礼を言っているほどの時間も、周囲の水被害を気にする暇も既にない。頼もしさの権化の如き剛腕からヒョイと飛び下りれば、もう一瞬前。
その一瞬の猶予にて、マスクの奥で爛々と輝く瞳と視線を交わせば……いい加減、我らが【総大将】とも多少のツーカーは叶うというもの。
きっと、あと三秒もあれば俺たちは全く同じ言葉を口にしていたことだろう。
それ即ち――こっからが本番だ、と。
百秒間隔で行われる転移の乱れ。そして空からは、残っていた砲台が消え失せた。それらは情報通り、奴が真に目を覚ます前触れ。
視界がブレて、世界が混ざり、
『――――――――――――――――』
声鳴りがして、次なるフェーズが幕を開ける。
開き続けた目に視界が戻り――――様相を変えた戦場が一気に広がった。
大窪地中央から、姿を消した『白座』の巨体。
そしてこれまでの強制転移と同じく、方々に散らされたプレイヤーたちの中へ紛れ込むように……十体の、小さき白。
ここからが本番、そして
「腕と成せ――【仮説:王道を謡う楔鎧】ァッ‼」
「集い来たれ、氷華――《晴心一刀》……!」
「気張るぞオマエらぁッ!――《轟き鳴らす金色の獅咆》‼」
「――《憧憬の体現者》」
「おっしゃ上げてこうぜッ!――《断別せし剛躯》ッ‼」
一気果敢、フルスロットルの開幕。
各々の声は届かずとも、戦場同じくして気勢と熱は深々と。
打ち合せ通り――【無双】、【総大将】、【双拳】、【剛断】、そして俺含む五人の近接特化特記戦力が冠を戴き、出し惜しみなしの全力開放に踏み切る。
対『白座』セカンドフェーズ、十体の分裂体との殲滅戦。
前回のチャレンジを敗戦たらしめた究極の初見殺しに対して、三度目の今回。俺たちが選んだ戦術は――
「 ぶ ち か ま せ ぇ ッ ッ ッ !!!」
順繰りなど彼方へ蹴飛ばし、フェーズ移行直後のワンターンキル。
リセットされた強制転移のタイムリミットが、イコール俺たちの作戦限界時間。つまり――百秒以内に、一から十までぶちのめすッ‼
「《空――――――」
今フェーズにて、俺が背負った役目はインターセプター。
端的に言えば、活動範囲は戦場全体。手の届く限り、片っ端から駆けずり回ってフォローの手を尽くしてのければいいってこった!
「――――――ッ翔》ォアッ‼」
目の届く範囲、状況は『記憶』した。しからば、まずは〝最寄り〟から……!
大地を蹴り砕き、虚空をぶち抜いて一体目に迫る。『白座』の分け身――その姿は、十分の一まで体積を減らし劇的シェイプアップを果たしたミニチュアの竜。
ミニチュア、されど竜。芋虫のような腹は引っ込み、脚は逞しさを残しながらも細身となり、長大な尾も引き締まったが巨大は巨大。
相棒の緊急ヒールで一度は引っ込んだ《鍍金の道化師》の王冠を顕現させながら、彼我の距離を瞬時に噛み千切れば一面の白で視界が埋まった。
……さて、重ねてこのフェーズは初見殺しだ。つまり、哀れなプレイヤーの意表を突いて頭数を減らし、そのまま殲滅してやろうという思惑の具現。
ならば、あちらの初動もそれに則ったものであることは然り――これまでの鈍重な動きとは桁違いの速度で、その前腕は既に振り上げられている。
よし来た、かかってこい――受けは紙っぺらだが殴り合いには自信があるぞ!
《コンストラクション》からの《エクスチェンジ・ボルテート》起動。喚び出したるは、黒紅の重量爆弾(爆速推進装置付属)……‼
「――――《点火》ァッ‼」
ミニチュアライズしてなお大木の如き白の前腕と、主の生命を燃料に唸りを上げて加速した【愚螺火鎚】が真正面から激突。
星が散り、眩暈がするような衝撃が至近距離で突き抜けて――
「ッハ、情報通りぃ……!」
――ギリギリながらも、押し勝ったのは、俺。
分裂は下手すりゃ致命の極悪ギミックだが、一体一体の膂力含むスペックは順当かつ大幅に落ちている。十分の一……もしくはそれ以下といったところ。
しからば、可能だ――戦場全域で対処が間に合いさえすれば、完勝を叩き付けることは夢ではない。作戦通りこのまま、なにもさせず潰し切る!
………………お、なんだよロッタじゃん。元気してた?
「あと頼んだぞ【見識者】‼」
「任せときなよ【曲芸師】‼」
手が追い付かないであろう局面へと飛び込み、フォローぶっぱ後に即離脱。
初撃を打ち返し、反応が追い付いた周囲の前衛諸氏とスイッチをすればこの場は一旦お役御免だ。付近には頼れる兄貴ことオーリンがいた、記憶した距離的に五秒もあれば援軍としてやってくるだろう――ということで、いざ《空翔》。
純ヒーラーの癖に剣を構えている友人と精神的にサムズアップを交換しつつ、踏み切る。お次は隣の一体だ、ハイそのお手てストップちょっと待ったァッ‼
距離を取ろうとしている〝ドレス姿〟の一人へ、横薙ぎに振るわれかけた前腕を目掛け切り替えからの戦斧投擲。
唸りを上げて宙を奔った【巨人の手斧】が、狙い違わず足先に刃を埋めて――同時に辿り着いた俺の左手が、その斧頭を掌で捉えた。
しからば……結式一刀、無刀術。
「《震伝》ッ‼」
ダメ押しの《空翔》起動、踏み込みによって生まれた莫大な推進エネルギーを、無理矢理半分技術半分で押し当てた掌へと余さず注ぎ込み――
形容しがたい轟音と共に黒刃を押し込まれた『白』の前腕、その推定足首から先が千切れ飛ぶ……ちょっと待って予想外。予想外と言わざるを得ない会心の一撃だ、状況把握に一秒欲しい。
わざわざ辺りを見回す必要はない、そんなことをせずとも、走り出す前に周囲の状況は頭に刻み込んである――あぁ、オーケー。
猶予は八秒フラット、それだけあれば畳み掛けられる。
「――雛世さんッ!」
果たして、俺の号令など全くもって必要はなかっただろう。
振り向くまでもなく……艶やかな梔子色のドレスがひらりと、既に隣で華麗に踊っていらっしゃったから。
「《見開く双眼》」
真直ぐに構えられた、紅の大型拳銃。残念ながら、耳を塞ぐ暇はなく――放たれた極大の熱線が、ほぼゼロ距離で瞬時に白へと炸裂した。
反射的に右の【双護の鎖繋鏡】で顔を庇いそうになるが、いつかのように掠ったわけでもないのでダメージはない。
熱線を放射する魂依器を涼しい顔で掲げている〝お姉様〟の手前、ビビり散らかすのをグッと堪えて――おう遅せぇぞ、お前なら一秒は早く着けただろうが。
そしたら……せえのッ‼
「一の太刀」
「《燐華」
「――《飛水》ッ‼」
「――弌刀》ッ‼」
【熱視線】の第二射が途切れた、その瞬間。
俺が抜き放った翠刀と背後から並んだ蒼刀が同時に迸り、明確に〝悲鳴〟と断じられる声鳴りを上げた『白』の分け身の首筋を左右から斬り抜けた。
……クッソ悔しいが、《空翔》の推力で無理矢理に技を再現した俺の方が刃の通りが浅かった気がする。覚えとけよ、次は負けねえからな!
「ハルッ!」
「ハル君!」
「わかってますともッ……‼」
周囲から援軍も続々と集い、この一体は終わりが見えた。
ならばここにはもう俺の居場所はない。先輩二人の号令を待たずして、この脚は既に虚空を踏み占めていた――さてさて、そしたらお次は迷うまでもなく。
「《空翔》‼」
序列持ちに負けず劣らず、獅子奮迅の働きを披露している我が相棒の元へと。
白座討滅戦、第二幕開始。
なお書き溜め進捗