微睡み揺蕩う白き残夢 其ノ肆
今回の白座討滅戦における最大の問題。それは少数で無数の砲塔を潰すべく、常時出力全開で事に当たる俺たちの負担がデカすぎるという点だ。
労力がどうこうではなく、単純にMPが保たないという話。
もちろん小隊全員が魔力回復薬を持ち込んではいるが、アルカディアの魔法薬は微々たる効果量から考えてもあくまで保険程度の代物。
ゆえに、普通であれば魔力が追い付かない。魔剣生成&操作を全力で回しつつ《天秤の詠歌》を運用しているソラは当然として、先理眼を常時起動している俺も爆速でMPゲージを減らし続けている。
ルクスもルクスで、ソラのように魔剣を自在に操るのを放棄しているのだろう撃ち切りスタイルだ。そのため、撃っては解いてのロスにより彼女もMPの枯渇は遠くないだろう。
そこで出番となるのが、我らが先輩こと黒尽くめの少年だ。
テトラの保有する語手武装【真説:黒翼を仰ぐ影布】の能力は、闇の支配。
震えるほど格好良くて誠に結構、だからなんだよどういう性能を持ってるんだよというツッコミは避けられない――が、それに対して解を出すことは不可能。
なぜなら俺の【仮説:王道を謡う楔鎧】を含めた現在確認されている五つの語手武装のうち、かの黒衣は全く情報公開がされていない唯一の品であるからだ。
曰く、担い手が言うには――
「屁理屈というか、拡大解釈の塊みたいな奴なんだよね」
「ほう?」
「そんな感じだから、僕も正直なところ首傾げながら使ってるみたいな」
「なるほど……?」
「だから公開してない。不確かな情報をバラ撒くことになるし、僕自身の解釈がブレると能力使用にも支障が出るかもしれないから」
「………………そ、そっかー」
「ハル、お手本みたいな棒読みですよ」
――とのことで。
黒衣に関する詳細情報は綺麗さっぱりアンノウン。謎の闇フィールドを生成するだの、幸運ステータスを吸い尽くされるだのといった能力の端々は確認されているのだが、その現象の由来や正確な効力が判明していない謎武装である。
いや、らしいというかミステリアスで良いと思うよ。キャラにも合ってるし、対人戦がある以上は個人のビルド情報なんて秘匿するのが当たり前だしな。
今回のように誰にも真似できない働きを全うすれば――それこそ、誰も文句など付けられないというものだ。
「――……っし、とりあえず、百秒は保つ、なぁっとッ!」
最後の砲塔を真っ二つにし終え、これにて一巡目の役割は無事遂行完了。クリアタイムは九十秒弱、多少なり余裕を残したまずまずの戦果だ。
疲労や集中力の摩耗によるパフォーマンス低下には注意が必要だろうが……下の盛り上がり具合から察するに、遠くないうちフェーズの移行が起こるだろう。
そうしたら、対空番長は一旦のお役御免。即ち、とりあえず〝補給〟さえあれば一切の問題はナシってこった。
《先理眼》の継続コストと《空翔》使用の度に僅かながら要する《アクア》のコスト、両者を合わせてもMAX八割程度の消費で一巡はなんとかなる。
そしてその補給に関しては、超特急の快速便にて既に発送が始まっていた。
――【真説:黒翼を仰ぐ影布】の権能は、闇の支配。詳細はNGと前置きしてのことだったが、テトラが言うには『闇の権能=呑み込む』というイメージとのこと。
例えば、百名を超えるプレイヤーがわんさかスキルや魔法をぶっ放すことにより、空間に溢れた魔力の残滓を。
例えば、影を張り巡らせることにより広大な戦場そのものを。
例えば――【剣製の円環】の魔剣という、ソラの魔力で見えないパスが繋がっているアンテナを媒介として……俺たちパーティメンバーを。
彼が従える〝闇〟は、等しく呑み込み、共有する。
つまるところ、今回の白座討滅戦におけるテトラの最重要任務は、
「ッハ――――ぶっ壊れ」
俺とソラとルクス。消耗の速度を無視してリソースを注ぎ込むメンバーに、尽きぬ魔力の源泉を接続共有すること。
ステータスバー下部にバフアイコンが点灯し、右手に携えたアンテナから夜空のような闇が溢れ出す。砂剣を伝い、テトラの影手がアバターに浸み込み――尽きかけていたMPゲージが、瞬く間にフルチャージされた。
俺だけではなく、視界に映るメンバー全員のゲージが。
制限は山程あるらしいが、瞬時に複数人のMPを全快させられるような手段を個人が持ち得るのは異常も異常。たった一人の存在で、自陣営から『消耗戦』の文字を半分消し去る無法の力だ。
治癒魔法という択が存在するHPとは違い、現在のアルカディアにはMPを回復する手段は魔法薬を除いてほぼゼロ。
稀少性も抜群だ――その能力の有用性だけでも、彼が序列持ちに加えられたのが不思議ではないと世間に言わしめるほどに。
アラームのささやかな音色。開戦後、二度目の強制転移を告げる調。
流石に飛行中、落下中にアレを喰らって安全安心の着地は期待できない。ので、地面への激突死は回避するべく小兎刀で敷いた道を辿り地上に帰還。
途端に雪崩の如く押し寄せる、周囲からの賞賛その他のお声には「いえいえそんな」と無難な反応を返しつつ……見上げた視線の先には、変わらぬ『白』の威容。
……いや、変わらぬなんてことはないか。
「若干お肌が煤けていらっしゃるようで……さて、あと何回かな?」
二回か、三回か、はたまたそれ以上か。
こちとら意気も燃料も文字通りの無限大。体力に関しては当社比一倍、つまりは安定の一割固定《鍍金の道化師》スタイルでお送り中だが……。
――まだまだ楽しくなってきたところだ、いくらでも付き合うぜ怪物め。
「二回目、来るぞぉッ‼」
どこかで上がる、保険の忠告。そして開戦から二度目、遭遇から三度目の転移が起動して……未だ目立った動きを見せない『白座』が、小さき者を掻き回す。
戦の運びは、順調も順調。しかしその進捗は可視化されず。
下手をすれば、まだまだ一パーセントにすら満たないのかもしれない対『白座』戦――先の見えない大規模戦闘は、始まったばかりだ。
4パーセントくらいかな、なお進捗により難易度は変動する。
決してあと96話続くという意味ではないです。