微睡み揺蕩う白き残夢 其ノ参
――初めて仮想世界を訪れてから、早二年。
そして、序列などという不相応な肩書きを背負わされてから一年と少し。
デビュー戦とでも言わんばかり駆り出された前回の『白座』戦を皮切りに、場違いな大戦の場に身を置くことも既に慣れてしまった。
それはもう、甚だ不本意ながら――元は気ままな一人旅を求めて【Arcadia】に手を出したというのに、予定外も予定外である。
徹底的に戦いを避けるために組んだビルドが、なんだかんだと様々な戦場の場で有効に働いてしまうのは……果たして、幸なのか不幸なのか。
歳を言い訳にして駄々を捏ねるのも、それはそれで面倒臭いし何よりダサい。せめて真に『東の序列持ち』として相応しい後輩が自分を追い落としてくれるまでは、適当に、ほどほどに、押し付けられた席を演じてやり過ごすとしよう――
それはそれで、他者の目からは斜に構えた子供のように見えたり、ダサく見えたり、嫌味に見えたりするだろうことも、わかっていたけれど。
幸い、この世界の住人は右を見ても左を見てもできた大人ばかりだった。
明らかに幾つも歳が上だろうとわかる者も、或いは自分と似たような年齢の者も。誰も彼もノリよく思いやりがあり『他人と仲良くする』ことが上手い。
現実世界のしがらみが、馬鹿馬鹿しく思えるような居心地の良い世界。肯定されこそすれ、否定はされない世界。
厳正な入界審査によって理想郷を築いた運営や、その在り様によって特別を認めさせた『お姫様』には、後発組として頭が上がらない。
今の空気がなければ、自分は序列持ちなんて面倒なものを押し付けられたタイミングで、間違いなく仮想世界を去っていただろうから。
そうなっていれば――今こうして呆れ果てるような光景を目前に、らしくない笑みを浮かべていることもなかったのだろうから。
不本意ながらも慣れてしまった大戦の光景。しかしながら、ここまでイカれ狂ったお祭り騒ぎは流石に覚えがない。
見上げれば首が痛くなるような巨躯の〝竜〟に挑み掛かる、数多の戦士。
無数の得物が閃き爆炎が飛び交うその頭上。天蓋と成らんばかりに空を埋め尽くす、自在に飛翔する砂塵の剣の群れ。
そして『白』の砲塔から放たれる弾幕と刃の雨を掻い潜り、目にも止まらぬ速さで天を駆け巡る真白の軌跡。
見上げる者は、出番を待っている自分だけではない。
「あぁもうマジで普通に空飛んでるあの人ぉッ‼」
「超楽しそうズルい俺もアレやりたいいい!」
「パートナーちゃんヤバ過ぎだろ序列更新あったっけぇ!?」
「ドイツ語! なんかドイツ語的なの叫んでました!」
「つまり空くらい飛べれば俺にも可愛いパートナーができるってことだな‼」
「つまりの意味がわかんねぇ!――オラ来るぞ壁隊気張れぇッ‼」
「「「っっっしゃオラァッッ!!!」」」
訳のわからない馬鹿なことを口々に叫びながら、予備動作を見逃さなかった前衛戦士たちが各々のスキルエフェクトを棚引かせ『白座』が振るった尾を迎撃。
埒外の体現者たる代表二人には及ばずとも、七人がかりでの対応によって巨大質量を受け止めることに成功――揺るがすまで至らずとも、働きは十二分だ。
瞬間、動きを止めた『白座』の頭部及び胴体へ砲撃役の魔法が雨霰と降り注ぎ――その残滓と余波を突き破り、埒外たちが殺到する。
先駆けた【無双】の一刀が喉元を裂き、
並び踏み切った【双拳】の拳と【剛断】の大剣が同時に鼻面を捉え、
【剣ノ女王】の青銀と【総大将】の黄金が、再び『白』を打ち揺るがす。
そして、
「写せぇッ‼」
「仰せのままに……!」
追撃は即座。組み合わせた両拳を頭頂へと叩き付けたゴルドウの号令に呼応するように、彼の頭上に幾つもの黄金が出現する。
その数は五――半透明で、マスクの奥には顔が存在しない写身人形。
「《五重奏》‼」
【全自動】の召喚した人形の追い打ちが着弾。オリジナルには劣ると言えど、五重の同時攻撃ともなれば総計では上回ることも不可能ではない。
しかして、比して豆粒のような〝怪物〟たちの猛攻を受けた『白座』は――効いているのか、いないのか。
地響きを上げて身を震わせながら、鯨のような声鳴りを轟かせて、
「――《目覚めの瞬き》」
合図も警告も、不要にして無用。示し合わせることもなく即座に構築された連携の流れに従って、全てのプレイヤーが『白座』から距離を取ったその瞬間。
魔法士たちの一斉砲撃を上回って余りある極大の熱線が、空間を揺るがすような咆哮を押し返すかの如く炸裂した。
戦場のド真ん中をキープする自分の後方から、躊躇なく放たれた第一射――魂依器【六耀を照らす鏡面】のスタートアップは、無事クリーンヒットだ。
振り返れば、交わった視線の先からウィンクが一つ飛んでくる。
各々の相性が噛み合い過ぎるがゆえ、度々バディとして組まされることの多い先輩こと【熱視線】――反則級の砲火力を誇る『東の双翼』が台頭するまで、遠距離最大火力と謳われていた元序列四位。
そして本人には秘密だが、怒らせたらヤバそうな相手として不動の位置を獲得している人物でもある――しからば、自分もそろそろ働くとしよう。
万が一にもサボっていると疑われては、格好が付かないから。
序列九位【不死】――戦わずして勝つ、或いはそもそも戦わない、ゆえに死なない。
ほとほとイスティアらしくないスタイルではあるが、気ままな一人旅のためだけに構築した己がビルドを疑ったことは一度もない。
結果としてシステムからも『お墨付き』をもらってしまったのは困りものだが――今こうして、このお祭り騒ぎに〝要〟として加われる機会を得られたのなら。
「目立つのは好きじゃないけど……楽しいのは、悪くないよね」
そう、悪くない――できた大人と称すには首を傾げざるを得ないが、誰より楽しげな後輩ができたことも。
ソロを至上として独りを気取っていた自分が、気まぐれにクランの一員として名乗りを上げてしまった予想外も。
まあ、いろいろ楽しそうなんじゃないかな――そんな風に、この先の遊びに素直な期待を持てていることも。
悪くない。だから、これに関しては面倒だとも不本意だとも思わない。
前触れなく、しかし予測通りのタイミングで、目前の地面に空から舞い降りた一本の砂剣が突き立った。
律儀で素直で、心配になるくらい純真なもう一人の後輩からの合図。
おそらく、開戦前の自分の軽口を全うしようと頑張ったのだろう。わりと余裕のない速度で勢いよく突き刺さったその様に、微かに笑みが漏れた。
「了解、任せなよ――見眩解放」
闇が零れて、影が拡がる。
黒羽が舞い、不可視の手が伸びてゆく。
目前の剣の柄を握れば、影を辿り戦場が掌に納まった。
……改めてそれを確認した時は、思わず笑ってしまったものだ。用いられた素材は察していたが、そんな偶然があるものかと。
通常種か希少種かという違いはあれど、だ。クランを組むために集った三人が意図せず同類の装備を纏っていたなど、中々の確率と言えるだろう。
ハルが纏う【蒼天の揃え】……改め、【蒼天六花・白雲】。
ソラの纏う【蒼空の天衣】。
そして一年前からテトラの半身と化している、【幸運を運ぶ白輝鳥】の変異種から生まれた語手武装――【真説:黒翼を仰ぐ影布】。
同じ〝運〟を司る羽根から作られた戦衣という偶然の共通点が、如何にもわざとらしい運命を感じさせて……恥ずかしいやら、むず痒いやら。
全くもって、らしくない。らしくないと、わかってはいても――どれだけ大人のフリをして気取っていようが、自分も所詮は十五歳だったのだろう。
「抱け――――《黒天の鵬翼》」
どうにもこうにも、盛り上がる要素が天井知らずで。
子供っぽく頬が緩んでしまうのを、どうしても抑えられないのだから。
【真説:黒翼を仰ぐ影布】語手武装:戦衣
空飛ぶ疫病神こと【幸運を運ぶ白輝鳥】の変異種である【凶運を貪る黒闇鳥】からドロップしたテラー素材を基に、とある職人が仕立てた全身防具。
登場時に主人公が「自分の装いと似てる」的なことを言っていましたが、
そりゃまあ似てるのも当たり前だよねっていう。
元が色違いの同類である上に、職人に関しても(ここで後書きは途切れている)