微睡み揺蕩う白き残夢 其ノ弐
一度目の強制転移――そして、『白座』第二のギミックが起動する。
ランダムシャッフルを喰らい瞬時の周囲確認、状況判断を強いられたプレイヤーたちを他所に、鯨の鳴き声を思わせる咆哮を上げた〝竜〟に異変が生じた。
それはまるで水が千切れるかのように、水滴の如く奴の身体から分離した白点。しかしながら、点に見えるのは比較対象となる白座の体躯が巨大過ぎるがゆえ。
空へと浮かび上がったそれの正確な大きさはわからないが、あれ一つでプレイヤーを押し潰せるくらいの質量はあるだろうことは遠目にも察せられる。
そんな〝点〟が、数十を超える沢山……つまりは無数。
その正体は、異形の弾幕を放つ分け身の砲塔。
――なにを隠そう、俺たちの役割対象ってやつだ。
「潰 せ ぇ ッ ‼」
どこからか上がった大将の声に、背中を蹴飛ばされるまでもなく。
「《空翔》」
躊躇などかなぐり捨てた開幕フルスロットル。己がHPと水飛沫を散らして、俺は真直ぐ空へと飛翔した。
白座の頭上に浮遊するあの砲塔は、手当たり次第に最も近いプレイヤーをターゲティングして集中砲火を行う性質を有している。
ならば、純粋に空を駆けることを可能とする常識破りが加わった今回――
「かかってこいや――追い付けるもんならなぁッ‼」
俺の働き如何により、クソ厄介なギミックの一つを下にいる仲間がガン無視できるって寸法……ただし当然ながら、俺は地獄を見る羽目になる。
宙に浮く白の分け身から一斉に放たれるのは、弾幕の如き〝触手〟の群れ。
敵を絡め取り拘束するなんて生易しいものではなく、情け容赦なしに穿ち貫く幾百の槍である。追い付かれれば死あるのみ――追い付かれなきゃいいんだよ‼
障害物なし、スペース無限とくれば《空翔》の独壇場に思えるが、残念ながら好き勝手に飛んで逃げるわけにはいかない。
俺の役割は、あくまで囮。一つ残らず砲塔を引き付けるために、その全てに最も近いプレイヤーであり続けなくてはならない。
更に、先程ゴッサンから放たれたオーダーも『引き付けろ』ではなく『潰せ』。つまり俺の役割は囮だが、俺たちの役割は――
「ルクスさん!」
「オーケーいこうかぁ‼」
「「《剣の円環》――」」
制限時間は百秒。強制転移で俺が引きずり降ろされ、矛先を散らした触手の槍がレイドメンバーに降り注がないよう―― 周期的に繰り返される転移と砲塔拡散が行われるたび、一つ残らずアレを撃滅し続けること。
「《二千連》ッ!」
「《連続投射》‼」
二つの円環が起動し、『白』の無数を遙かに超える『砂塵』が空へと押し寄せた。
ソラの操る、自在に宙を駆ける二千の砂剣。
そして【宝栞の旅手帖】でコピーした【剣製の円環】を自分なりに従えたルクスが放つ、矢玉の尽きぬ超連続狙撃の登り雨。
いやはや、壮観ここに極まれり――なんて暢気なこと考えてる暇なんざ、一ミリもねえんだよなぁッ‼
「《先理眼》――……ッ‼」
あらかじめ『誤射は配慮しなくてヨシ』と大言を吐いている手前、万一にでもうっかり被弾して墜落なんて格好悪すぎて洒落にならない。
MP消費に関しては今回に限り心配無用――出し惜しみはナシだ、ここぞとばかり常時起動で行かせてもらう………………と、ちょっとお待ち?
「ッは、わーってるよガタガタ動くなっつーの……!」
迫る触手を掻い潜り、飛翔する魔剣を掻い潜り、矢継ぎ早の《空翔》連打。スキル及び体勢制御に大わらわで、とっくに頭は馬鹿になっている。
そんな状態で集中を乱されちゃ、あっという間に事故死一直線だ。右腰に吊った鞘の中で暴れ出した愛剣の柄を左手で握り、落ち着け相棒と宥めすかす。
そう心配すんなっての。
――誰あろうお前の主人が、ただ逃げ回るだけで満足すると思うてか?
内心が伝わったのか否か、シンと静まったじゃじゃ馬に思わず頬が吊り上がる……いや、笑ってんのは随分前からずっとか。
あぁ、楽しいとも――それじゃ、もっと楽しくしてやろうか!
「ソラッ!」
声は届かない、しかし届く。
盾が繋ぐ鎖が紡ぐ絆を伝い、求めは通じる。しかして、パートナーからの応えは確かに俺へと返された。
白座の砲塔を狙い、それらから放たれる触手を切り刻む動きから離脱した砂剣が七本。その内の一本を、盾を携えた右手の内に掴み取る。
嵩張るとて振れないこともないが、俺が武器として振る必要はない。なぜならこれはアンテナ代わり――魔剣の主より下賜された臣下の、手綱であるゆえに。
「囮は終わりだ、ついて来い……‼」
《先理眼》が齎す攻撃予測線と、パパッと計算した己が突破力の自負が告げている――小細工無用、一点突破で余裕も余裕!
「《空翔》ォッ‼」
虚空を踏み切り、全力アクセル。俺の持つ一本に紐付けされた六本の魔剣が、ソラのスキルの限界をも超えて螺旋を描きながら超速に追従する。
回避は不要、進路上の触手を悉く取り巻きの刃で切り捨てながら……碌に見えちゃいないが、タイミングは今。
瞬間記憶したターゲット、砲塔の一つとすれ違いざま――抜き放ち、両断。
「――――――ッハ……!」
手応えもなにも、ありはしなかった。
それぞれに魔剣が数十本単位で攻めかかっているところを見るに、砲塔一つひとつの耐久力は相当のものと思われる。
だというのに、これ。
まさしくの、空を斬ったような感覚。
「随分ご機嫌じゃねえか――暴れてやろうぜ相棒ッ‼」
気のせいか否か、仄かに発光して見える剣身は『白』に負けじと真白く輝き――鞘から放たれた【空翔の白晶剣】は、漸くの晴れ舞台に高揚を隠さぬが如く。
かつて白の残滓を喰らった刃を閃かせ、眩い軌跡を蒼空へと刻み付けていった。
【空翔の白晶剣】魂依器:直剣/指輪
その鉄は覚えている、御使いに仇なした己が宿業を
その刃は覚えている、柱に牙を立てた己が誉を
その剣は忘れない――神威に屈さず翔けた、己が主の英姿を
・特殊効果『白座を目指すモノ』
【白座のツァルクアルヴ】及び、その眷属に対する特効補正。