微睡み揺蕩う白き残夢 其ノ壱
対【白座のツァルクアルヴ】におけるレイド陣容の比率は、前衛と後衛で6:4。そのうち後衛は火力役と回復支援役で更に半々に分けられる。
構成のバランスについては、ヘレナさんを始めとした〝首脳陣〟を信頼する他ない。新参の俺が疑う余地などなく、これがベストメンバーなのだろう。
ちなみに見知った顔として、ロッタやゾウさんの姿もあったりする。
万能前衛枠として壁隊のパーティリーダーを任されている我がフレンド【ElephantThree】氏はともかくとして、もう一方のフレンドが当たり前のように回復役として参加しているのがツッコミどころしかない。
おたく選抜予選で複数の近接プレイヤー相手に無双してませんでしたっけ? 魔法戦士ですらなく純粋ヒーラーが本業ってどういうことだよいい加減にしろ。
さておき――役割分けがされている以上、本来であればこのレイドパーティで陣を形作り強大なボスに挑み掛かるのが常道。
プレイヤーたちも己の〝持ち場〟というものに慣れがあるためか、意気揚々と窪地へ踏み込む際には自然と前衛後衛の位置関係を構築していた。
そう、していた。
レイドパーティ総員百十名が戦域へと踏み入った瞬間、空気の変質にリアクションを返す間もなくあの異常が発現。
相も変わらずの、異質な転移。
転移門等を用いた際のライトエフェクトを伴うそれとは違う、手掴みで強引に引き寄せられたかのような感覚を覚える――神の御使いの業。
視界がブレて、空間が飛び……目の前に広がるのは、
「――これだよ……ったく」
ただひたすらに〝重さ〟を伝えてくる、白の化身の御姿だ。
さっと周囲を見回せば、開幕の強制転移は皆が眼前にまとめて飛ばされたらしい。しかしながら、陣形も列もいきなりメチャクチャ。
もう既に、始まっている。
呆けている暇はない。セットアップをするためにも、早々にソラと合流しなければ――奴が目を覚まし、動き出す前に。
「――おら動け野郎共‼ 気合入れろ、ぶちかますぞッ‼」
当然、この場には転移に呆けてボケッとするようなニュービーはいない。号砲となる【総大将】の声が上がるや否や、
「前衛上がれぇ‼ 初撃来るぞ盾役構えろッ!」
「オラ走れ逃げっぞ後衛! まずはガン逃げ重点とにかく距離取れぇ‼」
一斉に動き出したプレイヤーたちは、一人残らずが仮想世界の頂点に位置する最精鋭。『白座』との相性を加味して選抜された彼らが、そのままトップ百というわけにはならないだろうが――それでも間違いなく、上位コンマ数パーセントを下ることはない選び抜かれた勇士たちだ。
個人戦力を極めた各方面の自己完結型プレイヤーの集い――即ち今ここに、自ら考えて動けぬ者など存在しないということ。
「タイマーセット、忘れてる奴いねえだろうなぁ!?」
「魔法士連中は固まれ、詠唱キープしろ! 一発目から重ねてくぞぁッ‼」
各々が状況を判断し、その場において適任な者が迷いなく指示を飛ばす。
理不尽に流動を強いられる『白座』戦における絶対条件は、臨機応変。そのために集った、百人隊長――ならぬ、百人全員隊長レイドだ。
「――頼もし過ぎて、負ける気がしないってやつだな」
「……始まったばかり、ですよ」
鋭く動き出したレイド部隊の合間を縫い、レーダーを頼りにソラとの合流は無事完了。人混みの中に見つけた相棒の顔は……やや硬いか。
過去に足を取られ、無様に尻餅を突かされた地響きが身体を揺らす。
御前へ引きずり込まれようとも臆さず駆け始めたプレイヤーに呼応するかのように、白き巨体が面を持ち上げる。
ゆっくりと開かれた瞼の奥、白く濁ったその瞳が――全ての者を、睥睨した。
さあ、来るぞ。
『白』の初動は、長大な尾による薙ぎ払いだ。
「――ゴルドウ」
「――おうともよッ‼」
開戦の一撃。地響きを上げて振るわれた尾、その余波を後ろへ流すまいと構える盾役部隊をすり抜けて――青銀と金色が駆ける。
片や、構えるは『剣』。仮想世界に一振り、特別を体現する神代の刃。
片や、構えるは『拳』。仮想世界に一つ、七の階へと至った魂依の鎧。
神与器【Xultiomart-type Calibur-】――カテゴリエラー、例外の剣。
魂依器【英傑の黄金鎧】――魂依器ランキング武器カテゴリ一位、至高の戦衣。
『――――――――――』
「ふ、っ――……‼」
「ゥオラァアアアアアアアッッ‼」
その瞬間、白と、青銀と、黄金が交錯して――比喩ではなく、空間が歪んだ。
人の身を超えたアバターを容易く打ち揺るがす、轟と称す他ない衝撃と音の大瀑布。『白座』のファーストアタックと、それに挑んだ小さき二人の旗頭。
勝者は――――力を重ねた、小さき者だ。
「――――っ……いまッ‼」
「――つ づ け ぇ え え え え え ッ ッ ッ ‼」
見事に尾を打ち返し、巨体を揺るがした己が代表の号令にぶち上がらない者などいようはずもない。真なる開戦の狼煙が雄叫びとなってそこかしこで上がり、
そして、挨拶代わりの〝砲撃〟が白座へと殺到した。
「――…………っ」
イメージでの予行演習は、きっと一人でも散々やっていたことだろう。
俺の相棒は真面目で一生懸命だからな、アーカイブを何度も見返しながら今日この日に備えていたであろうことは、想像に難くない。
でも、だよな。
当たり前というかなんというか――気圧されるのも、ある種の感動で声が出なくなってしまうのも、笑えるくらい気持ちがわかるよ。
巨大な〝竜〟に挑む、小さな者たち。
弾ける爆炎に、閃く剣光。
右を見ても、左を見ても、溢れ出でるはファンタジー。
――最高だろ、こんな光景、絶対に現実じゃ見られない。
「ソラ」
「…………」
声を掛ければ、大きな瞳一杯に目の前の光景を映して息を吞んでいた相棒が俺を見る。微かに赤く上気した頬を見れば――その内心は、手に取るように。
別に、ボケッと突っ立っているわけではない。与えられた〝役目〟を果たすために、出番を待っているだけだ。
次々に白座へ挑み掛かる仲間たちを見送りながら、自分たちの番を。
そうだろ相棒。あぁ、天下の四谷ご令嬢ともあろう者が――そんな『もう待ちきれない』と言わんばかり、高揚しきった顔しちゃってまあ。
しからば――《コンストラクション》。
喚び出すは、二枚一対の大盾【双護の鎖繋鏡】。歪な二枚が組み合わさり一枚の円盾となって現れた蒼白の鏡甲、その片方へ右腕を通す。
待ちきれないなら、準備を先に済ませておこうぜってな。
「予言しよう――きっと、死ぬほど楽しいぞ」
「……心臓、壊れちゃうかもしれません」
逸る鼓動を抑えるように、少女は一度その胸を抑えて……差し出した左手を、自身に誂えられた蒼の盾へと通した。
結合状態での、二人同時装備――条件達成。
「「――《片割れを映す》」」
鍵言が承認され、別たれた盾から光り輝く金鎖が奔る。
『白』と『蒼』を繋いだ細鎖は、瞬く間にその姿を消して――しかし、その繋がりは確かに相手の存在を互いの手に伝えていた。
存在だけではなく……その〝力〟までをも、確かに。
【双護の鎖繋鏡】――俺とソラのペア専用装備がその身に秘めた能力の一端は、STRステータスの統合及び一部感覚の共振。
ステータス統合に関しては、そのまま俺とソラのSTRを足した数値が両者に適用される。つまり素の状態であれば、俺の250とソラの100を足した350のSTRを二人共に振るうことができるということで――
「《天秤の詠歌》」
と、このように……ソラのとっておきを上乗せすれば、STR:650の筋力オバケが二人も爆誕してしまうということだ。
ソラはそれでも精神の方が高いから、脳筋の誹りは無事回避ギリセーフ。イーブンかつ脳筋ウェルカムな俺は、ご機嫌に筋肉を叩き付けさせてもらうとしよう。
感覚の共振に関してはアレコレ使い道があるのだが、こと乱戦においてはペアで連携を取る上で特別に便利な用途が存在する。
平たく言えば、レーダーや目視に頼らずとも互いがどこにいるか常にわかる。
今回〝役割〟を全うするにあたり編み出した新連携に関しては、ソラが俺の位置を正確に把握している必要があるため正しく必須のピースだ。
いやはや、天晴【遊火人】――存分に使わせてもらうぜ、専属魔工師殿。
さて、堂々の開戦から一気果敢なプレイヤー側の攻め手が続く白座戦だが、やはり進捗がわからないのはシステムの加護に慣れた身としては違和感がデカい。
HPゲージが可視化されない――現実的に考えれば自然というか当然のことだが、ゲーム的には不便極まりないRPGらしからぬ設定だ。
他のエネミーであればボスを含めて存在するシステムなだけに、余計に違和感が募る。こんなところも、『色持ち』は特別製ということか――といったところで、
ピピピッ……と、脳裏に響く些細なアラーム音。
なんのことはない、全てのプレイヤーが使えるちょっとした便利機能……繰り返しに設定されたシステムクロックが告げるのは、カウントゼロの報せ。
今回のレイドにおける〝生命線〟に他ならない。
「――強制転移、来るぞォッ‼」
保険も兼ねて、誰かが叫んだ注意勧告が耳に届く。
カウント百秒、初回ギミックの起動。それは果たして、開戦の先……微睡みから覚醒を経た白座との、真なる開戦を意味する二度目の狼煙だ。
感覚に、予兆となるノイズが走る。
世界がブレ動く、その瞬間――交わし合った視線だけで、意志疎通は十二分。
離れようとも、姿が見えなくなろうとも……互いを繋ぐ金鎖がある限り、
「――頑張り、ましょうっ!」
「――おう、楽しもうぜッ!」
この戦場で、俺たちはずっと隣に在るのだから。
『白座』討滅戦、第一幕開始。
四柱全編ほどではありませんが長くなりますので
連投はクライマックスまでお待ちください。