境界の領域へ
わざわざ挨拶回りをして自分に注目を向けさせたというのに、最後の最後で己が仕向けた視線誘導を台無しにするような真似はしない。
いつものが他人の目にどう映るかくらいは理解している――ので、懐かしき〝霧〟に紛れて先行者たちの目を掻い潜り、やや離れた位置に着陸。
ソラさんもソラさんで俺の悪ノリには慣れを深めているもので、幸いペチッと一発軽いお叱りを受けるだけで許された。
そもそも崖下は伸ばした手の先が見えなくなるほどの濃霧で満たされているのだから、下からの目を気にする必要はなかったのでは?
落下の最中、遅ればせに「あっ」と思ったその気付きに関しては――
「如何にも〝魔法〟って感じだなぁ」
「どやぁ……」
まあ、どうにかする手段があるからこそ『事故っても先行組が助けてくれる』とムートン氏も言っていた訳で。
崖下へと辿り着き滑落者救助保険の任を解かれた後、先頭を行く序列持ちの面々に合流して順路を進む道すがら。
集団の周囲をくり抜くように綺麗サッパリ霧が取り除かれた風景を眺め感心したように呟けば、隣からお手本のように調子に乗り切った声音が届いた。
一瞬前まで先頭でアーシェに絡んでいたはずだが、いつの間に転移してきたのだろうかこの【旅人】は。こわ、知らんぷりしとこ――
「風魔法、ですよね……?」
とまあ、俺に代わって素直な相棒が相手をしてくれるだろうから。
「そだよー。霧とか毒とか瘴気とかを吹き飛ばしてくれる、とっても便利な魔法さ! 範囲は優秀! コストも安い! 冒険でも大活躍!」
「は、はぁ……なるほど……」
一体全体、誰に対して売り込みを掛けているのだろうか。一言一言に籠められた無尽蔵のエネルギーに、ソラさんも秒で押されて苦笑いを零している。
初対面から何度か顔を合わせる機会はあったが、彼女はいつであろうともこの調子。ぶっちゃけ、ノリと勢いだけで生きているような様を見て『本当に大丈夫かコイツ』と失礼なことを考えたのも一度や二度ではないが……。
その辺は流石の北のトップというか、預けられた期待は無事にクリアしてきたので心の中で謝罪をする他ないというもの。
こんな感じだが、肝心の【剣製の円環】運用に関しては心配いらないだろう。
「ねえどしたのハー君テンション低いよー?」
「そんなことないぞ、テンションゲージは八割強をマークしてる」
大人しく相棒との会話を聞き流していれば、すかさずテンションお化けから魔の手が伸びてくる。どこぞの藍色娘しかり、己のテンションを基準に他者を『ノリが悪い』と判断するのはヤメろと言いたい。
まあニアに関しては、アレ別にテンションが高いわけではなく基本テンパってるだけなのだと理解も進んじゃあいるのだが。
「今から元気撒き散らし過ぎて、途中で息切れとかは勘弁してくれよ?」
要らぬ心配なのは百も承知で一応の忠告を投じれば、なにを思っているのかルクスは至極楽しそうな笑みを浮かべる。
「んへへぇ心配ご無用ご無用……けどまあ、リーダーにそう言われちゃ了解と返す他ないよねぇ!」
「残念ながら、リーダーは俺じゃないぞ」
「なんでこの顔ぶれで私なんでしょうか……」
落ち着きなく周囲をウロチョロする〝パーティメンバー〟と適当にスキンシップをこなしていれば、虚空に目を向けたソラさんが小さな溜息を一つ。
なにを見ているのかと言えば、俺の視界にも表示されているユーザーインターフェース――即ち、小隊メンバーのステータスバーだろう。
四人分のHP&MPゲージが並ぶ一番上には、パーティーリーダーを意味する小さな王冠のアイコンがくっ付いた【Sora】の名前が輝いている。
『色持ち』討滅戦の参加上限人数は、序列持ち十名プラス一般枠百名の計百十名。アルカディアの通常パーティは六人編成なので、上限一杯まで参加者が集まると割り切ることができない。
そのため基本は六人で組むとしても、特記戦力の序列持ちを始めとして幾つかのパーティは四から五人での編成となる――俺たちも、そのうち一つ。
先日【蒼天】を結成したメンバーにルクスを加えた計四名が、今回の『白座』戦における我がパーティの内訳だ。
いや、我がパーティというか我が相棒のパーティか――見事な凸凹面子と見せかけて、実際は鬼のようなシナジーを持つ顔ぶれである。
正確にはぶっちゃけ俺が浮いているのだが、その辺は相棒との個人連携を踏まえてシナジーとしていただければと……。
「あの、本当に……私、指示とか出せませんからね? 畏れ多いというのもありますけど、自分の仕事で手一杯になるでしょうし……」
「とかなんとか言いつつ、やる時はやるのがウチのソラさんです」
「それは期待大だねぇ!」
軽口を挟めば、ペシィとまた可愛らしいお叱りが一つ。いやまあ軽口というか冗談抜きで、ソラは普通に司令塔向きだと俺は思っているわけだが――
「――指揮はともかくとして、合図くらいはちょうだいよ。僕も前に出なきゃいけないし、常にゲージへ気を配る余裕はないだろうから」
と、横からひょっこり顔を出した四人目のメンバーが軽い調子で注文を出せば、我らがリーダー兼マスター殿は「ぅ……」と珍しい表情を見せる。
頑張りたいけど不安が大きい。
あるいは、嫌ではないけどできれば勘弁してほしい――そんな顔だ。
わかるわぁ。俺もネトゲのボス戦で重要ギミックを担当させられた時、嬉しいような嬉しくないような何とも言えん気持ちになったものよ。
「ま、あんま気負わなくても大丈夫だって」
「どうせ始まったら、気遣いや遠慮なんてしてらんなくなるよ」
「そーそー! 楽しんでこー!」
「頑張り、ますけどぉ……」
これはこれで、ビルドの相性を抜きにしても意外と噛み合っているというかなんというか……消去法で苦労人ポジションになってしまうソラのフォローは必須だが、テトラとかいう絶妙な気遣い屋もいるので上手く回るだろう。
助っ人枠のルクスはともかくとして、【蒼天】の今後もアレコレ賑やかな未来が期待できるというものだ――さて、といったところで。
「――レイドというより、ピクニックみてぇな雰囲気だな」
「仲が良くて、とても素敵だと思うけれど」
とは、気の抜けた笑みを浮かべるゴッサンと微笑ましげな雛世さんの言。
「気を引き締めろよ。無様を晒したら承知しないぞ」
囲炉裏からは冗談交じりの声音で、冗談ではない軽口を個人的に頂戴する。
「……まあ、気負わずいけ」
などと、ゲンコツさんからも非常にレアな励ましの言葉をいただき、
「頑張ろうね」
「大暴れ、期待してるぜ」
フジさんとオーリンのペアとは軽く拳をぶつけ合う。
街の転移門で別れたミィナとリィナからは、既に激励を受け取り済みだ。調子に乗って背中を超連打してきた赤色には、感謝の右掌で応えておいた。
そんなこんなで進む先、先頭で足を止めていた青銀の隣に並び立てば――
「………………いよいよ」
「あぁ、いよいよだな」
グルリと円を描く大壁の亀裂。そのうち一つから覗き込んだ大窪地の中央に、その色は変わらず静かに在った。
直径数キロの広大が過ぎるバトルフィールドの中にあって、なおも細部を見て取れるほどの圧倒的な巨体。
鯰のように平たい楕円形の頭部、そしてそのほとんどを占める巨大が過ぎる口。膨れ上がった芋虫のような腹部、巨木のような脚、広げれば天蓋と成るであろう大翼……そして長大な尾の先端で瞼を下ろしている歪な人面。
【白座のツァルクアルヴ】――『色持ち』の一柱にして、『白』を冠し『境界』を司るモノ。
ルーキーだったころ、俺の胸に尽きせぬ感動を刻み込んだ〝熱〟の根源。
「相も変わらず、やべぇ見た目していらっしゃるわ」
「顔が怖い。私も、少し苦手」
「顔って、どっちの顔?」
「どっちも。『赤』はもう少し可愛げがあった」
「…………あったか? 可愛げ。いや、確かにサイズ的には可愛げがないとも言えんアレだったけども――」
「……アーカイブ、見たの? 見られたくないって、言ったのに」
「そりゃお前、一応は例として勉強しないと……」
「………………わかった、いい。今回で上書きする」
「上書きなんてしなくても、十分格好良かったぞ」
お世辞というわけでもない俺のフォローは、届いたのか届いていないのか。小声で言葉を交わした後に、アーシェは後ろを振り返った。
【侍女】が参じていないこの場において、集団の音頭を取って然るべき人物は二人。即ち東のトップと南のトップのどちらかだろう。
適材適所だ、北のトップは大人しく座ってろ。
ともあれ、一般枠のほとんどが『プレイヤーの剣』ことイスティア勢で構成されていることを考えれば、ゴッサンが指揮を執るのが自然というもの。
なればこそ、見せつけられる。
堂々と先頭に立ち、振り返ったその姿へ――当たり前のように、全ての視線が〝なにか〟を求めて集う光景を。
誰一人として疑問を抱くことなく、頂点として仰ぐその在り様を。
四柱戦争の出陣前。我らが【総大将】が見せてくれた熱に満ちた演説を求める者は、おそらくいないだろう。
「三回目。今度は、絶対に大丈夫。だから……」
作戦の共有を始め、密なミーティングはこの日に備えて既に終えている。ゆえに、煩雑で長々とした言葉は既に無用の長物。
今この瞬間……静かながらもよく響く、甘くも凛としたその声を聞く者たちが望むのは――彼らの『姫』が紡ぐ、ただ一声なのだろう。
「――勝とう、皆で」
どこまでも穏やかな彼女の雰囲気に倣ってか、東らしい賑やかな雄叫びは上がらず。噛み締めるように隣の者と拳を打ち合わせる音が、そこかしこで響いて――
「ハル」
「おう」
前へと向き直り、一歩踏み出したアーシェが続ける言葉は〝同僚〟へ向けられたもの。高揚に打ち震えている仲間たちに知られたら、ノータイムで袋叩きに合いそうな素の声音と表情でもって……嬉しそうに笑う彼女の後を追う。
この時を待ち侘びていたのは、お互い様だ。
精々、存分に――
「楽しみましょう」
「楽しんでいこう」
向かう大舞台に、一切の不足なし。
共に挑む仲間は、〝あの日〟の俺が予想だにしなかった天上の顔ぶれ。
それでは、満を持して始めようか――俺史上初となる、最大規模の攻略を!
張り切って行こうぜ!