騒がしくも淡々と
――古今東西、基本的に〝集団〟というやつは強く人目を引くものだ。いや人に限らず、とにかく〝多〟が一所に集っていれば注目は避けられない。
ゲームの中とてそれは変わらず、大人数のプレイヤーが集まり賑やかなざわめきを形成していれば、大抵の者は「お、イベントか?」と足を止めるものだろ。
それが序列持ちを筆頭に、名だたる強者として知られている者がほとんどである『レイドパーティ』ともなれば猶のこと。
各々が自慢の装備品を隙無く纏い、見るからに戦意に満ちた様子であることも踏まえれば……これからなにかをやらかすつもりなのは、一目瞭然であるからして。
――なにあの集まりヤベェ。
――突発イベント?
――ウチの序列持ち全員おるやんけ。
――雛世様お美しい。
――リィナちゃんこっち向いてー!
といった具合に、どうせ『どこを選ぼうと目立つだろう』ということで。
潔く噴水広場最寄りの転移門に集った百を超える集団を原因として、イスティア街区はいつかの四柱選抜戦を思わせる賑わいに満ちていた。
『東の序列持ち全員いる』と口にした男性が「うい様がいねえぞ」と剣聖推しに引っ叩かれていたり、自分そっちのけで巻き起こった青色コールに膨れっ面を見せたどこぞの赤色を見てファンが沸いていたりとThe・無法地帯。
「……相変わらずというか、ウチの女性陣は人気高いっすね」
「そらそうよ、強くて可愛くてノリよく取っ付きやすい」
「オマケに現実でも美人揃いとくりゃ、ガチ恋勢が量産されるのも仕方ない」
「こないだ街ですれ違った雛世様に思い切って挨拶してみたら、微笑みと共に手を振られて俺は無事に心肺停止したぞ」
「なにそれ羨ましい。成仏しろよ、手伝ってやろうか?」
「俺なんか、空き地でボケッと座ってたら突然ミィナちゃんに絡まれたことあるぜ。『お兄さんなにしてんのー?』って……」
「二千回は聞いたわその自慢話ふざけんな禿げろ」
「こっちの序列持ち、基本的に『自分も一ゲームプレイヤー』として振舞う人が多いから距離感近くて最高なんだよな……」
「なるほど……ちなみに、男性陣もわりと人気ありますよね」
「あたぼうよ」
「全員カッケェからなぁ。大将殿は男子のロマンだし、ゲンさんは男の夢を体現する漢だし。あと【護刀】……じゃなかった、【無双】は戦闘狂感あってヨシ」
「囲炉裏君、話すと好青年過ぎてオジサン泣けてくるで」
「許せるタイプのイケメンなんだよなー」
「ははぁ……まあ、否定材料はないか」
アイツに〝習う〟立場になったのは今のところ俺だけって話だし、スパルタ未経験で傍から見るぶんには腹立つほど良いところしかないのも確かだよなぁ……。
さて、偶然か理由あってか名前の出てこなかったウチの先輩についても――
「「「………………………………――――えっ」」」
聞いてみようとしたところで、残念ながら勘付かれてしまった模様。
まとまって雑談を交わしていた顔見知りらしき三人の男性プレイヤーたちは、サラリと会話に混じった闖入者に遅ればせながらの呆け顔だ。
さすれば、当たり前のような顔でお話に参入させていただいていた俺は微笑と共に手を振り「サヨナラバイバイまた後ほど」とフェードアウト。
一部界隈で女神と名高い『雛世様』のそれには敵わないが、これでも数多のバイトで磨き抜いた自負ある迫真のスマイルである。
需要は知らんが、適当にお納めください――では失礼?
一瞬遅れて上がった驚きの声を背に、俺は次なるターゲットを求めて気配を消しながら〝集団〟の中を練り歩く。
『外』から見られる立場である『中の者たち』からも、更に注目を浴びる中の中。
ボディガードよろしく円を築いた序列称号保持者たちに囲まれている――緊張と呆れが半々といった表情の相棒に、なんとも言えない目を向けられながら。
◇◆◇◆◇
「挨拶回りしてる熟練のサラリーマンみたい」
「やっぱりアレも才能」
「あいつの誰彼構わない謎のコミュ力は、どこから湧いて出てるんだ」
「あれで実は、人生経験豊富なオジサンだったりしてね」
――と、ミィナから続きリィナ、囲炉裏、テトラと順に好き放題言われながら、仲間の視線を集める青年こと相棒は〝挨拶回り〟を涼しい顔でこなしていく。
自分には、絶対に真似できない行動。本人にそんなつもりがないのは当然わかりきっているが、見せつけられているようで少々複雑だ。
正午の集合を経て、最終確認の後に場所は移り――全体集合の場へと赴くや否や、躊躇いもせずにアレである。
本当に、困ってしまう。
彼の意図や内心が、どうしようもなく透けて見えてしまうから。
「……にひ」
「……なんですか、もう」
いつものように遠慮なくじゃれつくミィナの関心が、周囲のプレイヤーをざわつかせている相棒から自分へ移る。面白がっている空気を隠そうともしない瞳を見て取り、ソラは憮然とした態度でふいと顔を背けた。
相手をしたら負けてしまうと、そんな確信があったからだが――
残念ながら『いつものようにじゃれついてくる』小さな影は、これまたいつものようにセットなわけで。
「わざと目立とうとしてる。どうせ二人とも注目されるから」
「…………わかってますから、もう……!」
顔を背けた先に待っていたリィナから、あえなく言葉にされてしまう。その通り、考える必要もなくわかりきっていることを。
結局、あの人はいつも通りであるということを。
「中々どうして、ちゃんとパートナーしてるじゃん? 普段はつっけんどんな態度で気取ってる癖にさぁ!」
「…………それは相手によって、だと思いますけど」
いつもの軽口なのは重々承知、別にこれくらいでパートナーを揶揄われたと勘違いしてムッとしたわけでもない。
ゆえに、口調から遠慮が抜けてしまったのは単に気恥ずかしさからだが……途端、【左翼】の少女は目を輝かせた。
「お、いいぞーその調子であたしらに対しても遠慮取っ払ってこうか! 手始めに呼び捨てから、ほら!!!」
「ミィナ、圧が強い」
「だからいつも引かれるんだ」
「引かれてるは言い過ぎだよ!? ソラちゃんに限って引かれてはいないと思うんですけど‼ え、引くまでではないよね!?」
そうこうして、目まぐるしく賑やかさを増すミィナが面倒見の良い青年に引き剥がされるまでがいつもの流れ。
構ってもらえるのは嬉しいのだけれど、自分からはいまいち楽しい反応を返せている気がしないのが悩みどころである。
そんなこと、彼女たちは気にもしていないことはわかっているけれど――
「で、調子はどうだい?」
「お、なんだイロリン。公衆の面前でナンパ――みゅっぎゅ……!」
珍しく……というほどではないが、相棒と絡むことが多いため言葉を交わす機会の少ない囲炉裏から声を掛けられる。
即座に入った茶々を掌一つで瞬時に黙らせた手際に苦笑いを零しつつ、ソラは腰のホルスターに納めた杖を無意識に撫でながら笑みを返した。
「――絶好調、です。今日は頑張ります」
「……そう。なら、期待させてもらうよ」
そう言って穏やかに笑う彼は、訓練場で何度も顔を合わせているがゆえ多少の慣れはある相手。
それでも『序列持ち』という見上げるほどの立場には、未だに気後れをしてしまうが……恥ずかしいところは、見せられないし見せたくないのだ。
誰かさんの隣に立つと、自分で決めたことなのだから。
再び目を向ければ、そんなどこかの誰かさんは相変わらず挨拶回りを継続中。時に驚かれ、時に笑顔を交わし、時に親しげに肩を叩かれたりしながら。
本当に『どこで身に付けたのか』と首を傾げたくなるコミュニケーション能力を披露して回る相棒は、ともすればテトラが言うように『もしやオジサンなのでは』なんて疑いを掛けられていたりするのやも。
そんな冗談を思い浮かべてクスリと小さく笑みを零せば……振り払うまではできずとも、緊張や視線を誤魔化すことくらいは叶う。
「……大丈夫」
心配せずとも、お節介を焼かれなくても、大丈夫です――と、心の中で呟く。
今日を経て、自分が自分として人の視線を集めることになるのだろう。けれど覚悟はできているつもりだし、大言を宣えば望むところ。
だって、こんなの、出来過ぎている。
『守り合う』と約束を交わした人が、隣でお節介に見守ってくれるのだから。
そんな彼を囲む、人が良過ぎるような人たちまでもが……勇気を出した自分を、見守ってくれるというのだから。
だから、そう――怖いものなんて、きっとない。
「おっ」
「ご到着か」
「時間ピッタリ」
ザワリと、プレイヤーたちの波を伝わって届いた一際の盛り上がり。
取っ組み合いを仕掛けているつもりのミィナ、それを片手で容易くあしらっていた囲炉裏、相変わらず隣にくっついていたリィナ。
雑談をしたり、静かに立っていたり、上司と部下の如く連絡を飛ばし合っていたりと、近くでそれぞれに過ごしていた他の序列持ちの面々。
そんな彼らや、彼らに囲まれている自分。そして一人離れてあっちへこっちへ飛び回っていた相棒へ目を向けていた、周囲のプレイヤーたち。
更にその外。集結したレイドメンバーを傍から眺めていた、道行く者たちの大波――等しく全ての視線が、この場に現れた青銀へと吸い寄せられた。
「――…………」
幾百の視線を受け止めながら、究極とも言える自然体。
ある意味では、かの【剣聖】とは別方向で――ソラの憧れと言える少女。
自分を曲げず、打たれども折れず、俯けども決して歩みは止めない。ハルに並び、自分には絶対に真似できない在り方を体現する人。
同陣営の二人、そして北の一人。三人を連れた【剣ノ女王】アイリスは、見惚れるほどに堂々とした姿で真直ぐ歩む。
人垣が勝手に割れることにも、驚く者などいないだろう。
そうして作られた〝道〟を進んだ先で、彼女はあっという間に東の代表者こと【総大将】の元へと辿り着き――
「――お待たせ。行きましょう」
なんの感慨もないのではないかと、誤解してしまいそうなほど。
表情薄く、ただただ静かに言葉を放ち――転移門へと、手を伸ばすのだった。
そろそろですが、先に予防線を張っておきます。
下手すると二十話越えの長さになるので全編連投はご勘弁。
クライマックスに関してはお楽しみに。