白座を目指す者たち
昼食を済ませてアーシェと別れ、再びのログイン。集合時刻の三十分前と少しばかり時間が空いているが、恥ずかしながら痺れを切らしてしまった。
幸い、今更多少なり身体を動かした程度でバテるような鍛え方はしていない。暇潰しがてら訓練場で最終調整でもしておこう――
「――おっと」
「へっ、ぁ……」
そう思って仮想世界へと舞い戻れば……本日二度目のクランルーム、その共有スペースには既に先客が。
テトラは怪しげな実験室と化しつつある自室のカスタマイズにしか興味がないし、俺とソラは特訓だなんだと真実それどころではない。
ゆえに、家具を置いたりといった手を一切加えられていない我らが居城は、未だ伽藍洞の実に寂しい空間だ。
異空間上に存在するらしい『ルーム』はシステム的に『外』へこそ出られないが、窓は存在し見せかけだけの風景は見られるようになっている。
ので、クラン名に相応しい長閑な花畑と一面の蒼空だけが、現状唯一の視覚的癒し要素。落ち着いたら、早めにアレコレ手を加えないとな――さておき、
「こんなところで練習中とは、制御に関してはもう自信たっぷりとお見受けする」
「い、一応、訓練場と同じ不壊属性というのを考慮した結果で……」
ややはしたない、というのは自覚していたのだろう。
俺の弄りを受けて恥ずかしそうに目を逸らしたソラは、手にした〝杖〟を振り宙に浮かべていた炎剣を消した。
「そっちも、扱いはバッチリみたいだな」
「えへへ……」
以前までであれば、一振り生み出した〝指揮剣〟を用いていた魔剣の操作。別にあれ自体になにかしらの効果があるのではなく、単にポーズを取ることで思考操作の補助としていたわけだが……。
【剣製の円環】が第二階梯に進み手に入れた新たな力は、残念ながらその〝指揮剣〟をこれまでのように用いることができなかった。
なぜかと言えば、話は単純――持てないからだ。
凝縮された炎熱エネルギーの塊であるかの細剣は、悪戯に燃え盛る炎のように周囲へ遠慮なしの熱気を撒き散らしたりはしない。
が、何本、何十本と生み出せば陽炎が生まれる程度には熱を放っている。つまり、別に概念的な特別製の火とかいうわけではなく普通に熱い。
そしてその熱は、直に触れてしまえば主の肌すらも焼いてしまう……要するに、杖代わりに握ろうものならソラも普通にダメージを受けてしまうのだ。
ならばこれまで通り指揮剣は〝砂〟で作ればええんちゃうのとなるが、これまたそう簡単な話ではなく。
【剣製の円環】の進化に伴って《魔法剣適性》ツリーに現れた、《属性転換》というスキルが関わってくるのだが――まあ単純に、二属性を同時に扱うことが不可能であるということだ。
〝砂〟と〝炎〟は、その都度に属性を切り替えなければ使い分けることができない。将来的にどうなるかは不明だが……残念なような、安心したような。
なんでもござれなぶっ壊れ街道を邁進していた『魂依器』に、わかりやすい制限が現れたのは、こう……現実味が出たというか、なんというか。
それそんなに大した制限か? と、言われたらそうなんだが――
ともあれ、そういうわけで。一時は指揮剣なしの制御を練習していたソラだが、やはり上手くいかないということで外付けの代わりを欲した。
そうしてカグラさんに作ってもらったのが、この〝杖〟というわけだ。
【黎明の宿杖】――ルクスから譲り受けた【薄暁の霊樹片】とかいう出処不明な謎の木片に、死蔵されていたソラの【菌床の古木】を掛け合わせて制作された短杖である。
実のところ、件の素材は俺も兎短刀の〝鞘〟として使用済み。思い返せば実に懐かしきかな、初めて二人で得た戦利品がようやく表に出揃った次第。
長さは二十センチほどとコンパクトで、極めて細身。音楽で用いられる指揮棒ほど華奢ではないにしろ、外見的なイメージとしてはかなり近いと言えるだろう。
持ち手の黒から杖先の白んだ木色へ至るまでのグラデーションが、名を体現するように夜明けを思わせるオシャレな一品だ。
……ちなみにカグラさんが太ももに付けさせようとした〝ホルスター〟は、ソラさんの断固とした『NO』によって細い御腰に装着されている。
膝丈スカート姿だからね、お兄さんもそれがいいと思うよ。
いくらこの世界ではシステムの加護によって見えないようになっているとはいえ、杖を抜く度こっちがハラハラして事故って死にそうというかおそらく事故って死ぬことになる。間違いない。
「――そういうハルは、慣れましたか?」
「あー……正直、微妙」
と、杖を納めたソラの視線が向かう先は、俺の右腰。背部にある【兎短刀・刃螺紅楽群】と外見はお揃いである黒革の鞘に納められた、一本の直剣。
この期に及んで既に所持している武器種を増やした、というわけではなく……不必要な重石となっているコイツの正体は、相も変わらず反抗期の愛剣様。
数日前から実体化したまま戻らなくなった、【空翔の白晶剣】である。
「腰が重い。違和感がヤバい」
「あはは……持ち歩くことなんて、なかったですもんね」
それはもう、重量がないに等しい兎短刀を除けばこれまで一度もな……いや、最初期の〝森〟ではあれこれ持ったまま進んでいたが。
一体全体どうしたんだか、わがまま放題の我が半身は。いつもの霊体じみた半透明ですらなく、完全に物質化していらっしゃるし訳がわからない。
挙句インベントリには弾かれるし、当然の権利の如くコンストラクションによるチェンジもガン無視。やりたい放題である。
というか、できたのかよ物質化。なんで主人に全能力開示してないの???
「……わからないですけど、きっと」
実体化しっぱなしだけに飽き足らず。自律機動の要請にすら、うんともすんとも答えやしない――そんな問題児の柄頭をコツコツと小突く俺の様子を眺めながら、ソラはどこか可笑しそうに微笑んで言う。
「僕を使って――って、言ってるんだと思いますよ」
「あぁ、まあ………………………………こいつ、僕っ子なの?」
「い、いいじゃないですか。イメージですよ、イメージ……!」
ソラを反撃で揶揄いながら、俺もまた苦笑交じりの笑みを一つ。
「ったく……そんな露骨なアピールなんてしなくたってなぁ」
お前を使わなきゃどうするって話だろうよ、相棒。
わかっているとも。これは別に、俺だけのリベンジではない――俺たちのリベンジだ。間違えないさ、安心しろって。
「時間、もうちょいあるな……訓練場行こうぜ、誰かいるかも」
「……ふふ、ですね」
連れ立って歩き出すソラに、俺は過去に白座と交わした『因縁』という名の無謀な無茶苦茶を詳しく話したことはない。
けれど、こちらの相棒は秘めた内心など容易く察しているようで。
そうだよ、楽しみだとも、待ち侘びていたとも――ツルハシから姿を変えた愛剣を、再び『白座』へと叩き付けてやれる、その時を。
太ももホルスター、使い辛そうという理由もあり断腸の思いでNG。