戦の前のなんとやら
――さて、まだまだあるぞ対『白座』の特大ハードル。
とんでもねえ権能はひとまず置いておき、肝心の本体性能の方は如何ほどかと言えばそっちもそっちでとんでもねえ。
まず前提として、奴はあの極めて鈍重そうな巨体のイメージに違わず『動き回るタイプのボス』ではない。
初見時に俺を羽虫の如く掃おうとした尻尾ビンタを始めある程度のアクションは行うが、基本的にはどっしりと構えた上で戦線を張るタイプだ。
では例によって【輝石喰らいの女王】と似た方向性かといえば、そういうわけでもない。確かに『弾幕型』と称せないこともないのだが、アレを果たして『弾』と呼んでもいいものやら……。
まあ、どうあれ手数がとんでもねえことは間違いない。腰を据えた奴に対して、俺たちの方は常時阿鼻叫喚のお祭り騒ぎになることは確定路線だろう。
んで、そんな容易く脳裏に描ける地獄未来図を潜り抜けた先。
『弾』と『本体』とで物理or魔法の耐性が異なるという心折設計を薙ぎ倒して、仮に奴の体力を多少なり削ったとする――そこからは、フェーズ2。
『赤円』討滅後にアップデートされた強化形態……というよりは、単純な別形態。複数の分裂体との楽しい乱戦が幕開けといった次第だ。
二年前に【赤円のリェルタヘリヤ】へ挑む以前、俺が過去に目にした『アイリス含む総勢百名のレイドが瞬殺を喰らった』件が一度目のチャレンジ。
そしてその一年後――つまり今から一年前。二度目のチャレンジに赴いた選抜メンバーを蹂躙したのが、その分裂形態。
元の本体とは異なり、アグレッシブに動き回るタイプのバケモノ複数&据え置き強制転移ギミックの鬼畜極まる併せ技……そりゃ初見突破なんざ無理な話というか、むしろそれでも半数はぶちのめしたという過去の戦績に俺は引いたよ。
一年前でも、人外連中は人外だったらしい。全くもって頼もしい限り。
――というわけで、
「ま、結局あれこれ考えても仕方ねえってのは変わらん。情報が乏しい以上は、各自臨機応変に最高のパフォーマンスを発揮してもらうしかない」
各々の立ち回りについての最終確認を行いつつ、情報共有のおさらいをした末にゴッサンが諦観交じりに締める。
まさしくその通りというか、結局はそれ。
正々堂々の〝初見同士〟というわけだ。こっちの『未知』で向こうの『未知』を上回り、力を持って薙ぎ倒すより他に道はナシ。
「――ハル、そんでソラ」
「ん」
「はいっ」
繰り返し確かめられる方針に頷く面々を見回して、最後に回って来た視線が俺たちに向けられる。
椅子が足りないので七位の席に押し込んだソラと、その隣に立っている俺に。
「どう足掻いてもある程度のスタンドプレーを強要される白座戦は、各々が主役だ――が、お前さんらが〝要〟なのは変わらねぇ。ルクス共々、頼むぞ」
「そりゃもう、全力で」
「頑張りますっ……!」
プレッシャーを掛けられてしかるべきポジションなのは、重々承知。
今回は俺たちの働き次第で、レイド全体の戦闘効率が大きく左右されるといっても過言ではないからな……いや、マジのガチで。
ソラやルクスはともかく、俺は足でも滑らせて死のうものなら未来永劫『戦犯』として弄られ続けることだろう。震えてきた。
「武者震いしてるとこ悪いが、身体を張ることになるお前さんには特に注意しとくぞ。取捨選択なんて言い方はしたくねえが、優先順位を間違えんなよ?」
「わかってる。限界まで頭回して最善に努めるよ」
素直に頷けば、大将殿は一度大きく頷いて――
「おし……そしたら、一旦解散! 休憩するなり、調整するなり、飯でも食うなり――各自コンディションを整えて正午、改めて集合だ」
快活に鳴り響いた拍手の音が、ミーティングの終了を告げた。
◇◆◇◆◇
「――……で、空き時間でまさか【剣ノ女王】様に昼食を作らされていようとは、誰も思わんだろうな……」
「私も、【曲芸師】にご飯を作ってもらってるとは誰も思わないはず」
「仮に知られてたら、今頃『白座』討滅なんてそっちのけで大炎上だろうよ……」
一通りの調整や打ち合わせについては、前日までにしっかりと終わらせている。なので今更ゴタゴタと慌て出すよりは、リラックス重点が賢い択。
訓練場でのコンディション確認は、そのまま確認程度で即終了。集合が正午ということもあり、昼食は早めに済ませてしまおうと仮想世界でソラと別れ――
ご飯を求めて部屋を訪れたアーシェに取っ捕まり、今に至る。
「……パスタ?」
「誰かさん曰く、料理ができる男の料理だ」
火から外したフライパンの中で卵黄と牛乳を絡めれば、ソースを纏い艶やかに光るスパゲッティカルボナーラの出来上がりである。
皿に盛り付け、仕上げにパパっとブラックペッパーを散らして……ハイ美味しい、食べなくてもわかる。俺の腕がどうこうというより、お高いベーコンやチーズなどなど食材に金が掛かっているから間違いない。
ちなみに春日家は卵白を入れない派。残りものは、後で焼き菓子でも作って消費するとしよう。
「はいどうぞ、召し上がれ」
「ん……いただきます」
これも良いんだか悪いんだか、食事を取るということに関してはアーシェと過ごす一時にも慣れてしまった。
同居ではないにしろ事実として『一つ屋根の下』である現状、もう一人に対して罪悪感もあるが……それについては、お上に申請後解答待機中なので待つ他ない。
埋め合わせというかなんというかは、その後に誠意をもって対応する方向で。もっとも、それまでこのお姫様が自重なりしてくれるのが一番丸いのだが――
「美味しい」
「そりゃどうも」
真正面からニアを焚き付けた勢いそのまま、自身も遠慮などする気は更々ないらしい。相変わらず、押し掛けるわ押し掛けるわ押し掛けるわでやりたい放題だ。
「調子は」
「ん、絶好調。そっちは」
「ヘレナが沢山、頑張ってくれてる」
「【侍女】様様だな」
「彼女がいないと、大人数の統制管理なんて絶対に回らない。私なんて実際お飾りみたいなもの」
「いいんじゃないの、適材適所ってやつで。ゆうて、お前も俺からしたらメッチャクチャ頭回るタイプだけど」
「本当に賢い人と比べたら、中途半端。私からすれば……勢いでなんとかしてしまう、あなたみたいなタイプが羨ましい」
「……………………………………………………褒め、言葉と受け取っておく」
「褒めてる」
「………………」
「……見せかけだけで、実はたくさん考えていることも、わかっているけれど」
「アイリスさん」
「うん」
「食べ終わるの早くない?」
「美味しかった。ご馳走様」
「……お粗末さまでした」
そんな緩いようなそうでもないような、少なくとも緊張感は欠片も感じられない昼食の時間を過ごして――過ぎて、確実に近付いていく。
いよいよと、待ち侘びた、
いつかの日、仮想世界を舐めきっていた俺の胸に火をくべた――
途方もない宿敵との、再会の時へ。
書き溜めねば。