白、染まりゆくは
「――ふーん。じゃ、やっぱ自分たちで作ったんだ?」
「それが一番気楽で丸かったからな」
「丸いって……事なかれ主義を気取るには今更過ぎない?」
「人をトラブルメーカーみたいに……俺も確かに騒ぐのは嫌いじゃないけど、だからといって故意に騒ぎを起こしたいとは思ってないからな?」
「あっそ。はい左手上げてー」
「聞いてくれます???」
最終調整と銘打って衣装の各部を弄りながら、あれやこれやと話しかけてくるニアと言葉を交わすことしばらく。
最近チラっと仄めかしていたクランの件に話題が移るも、作業中の彼女は相も変わらずの塩対応。自分で話を振っておいて……と思わなくもないが、淀みなく作業をこなす手際が格好良過ぎてつい文句を呑み込んでしまう。
職人ってズルいよな。旦那やカグラさんもそうだが、なんかこう多少の理不尽な振る舞い程度は謎の迫力で封殺してしまう凄味があるというか――
……ま、単に俺が『プロフェッショナルな人間』というやつに、ある種の憧れを持っているだけだからかもしれんが。
仕事人って格好良いよな、純粋に。
「んー……こんなとこかなー? グイグイ身体捻ったりしてみて、違和感ない?」
「ない。なさすぎて逆に違和感あるくらい」
例の部屋着のような自動フィッティング機能は、聞けば多少なり能力のリソースを割かねばならないらしい。なのでガチ勢に限らず、戦闘用の装いは都度こうして個人に最適化するのが常とのこと。
いつだかニアのことを『受け渡しの際に完成させるタイプ』だとか思っていたが……正しくは、彼女に限らずこのスタイルが〝常識〟だったというわけだ。
「そ、し、た、らー……はい仕上げっ」
と、もう何度目のことか。わざとらしくぽっかりと空白にされていた胸元の台座へと、藍色のお守りが嵌め込まれる。
ハイ百パーセント故意犯。
やたら機嫌よく嬉しそうに笑いながらそんなことをされれば、俺がどういう反応を示すかまでバッチリ計算ずくなのは疑いようもないだろう。
「……へへ」
「へへ、じゃないんだよ……最近あざとさが過ぎませんかね?」
「しーらない。キミがあざといのに弱いのがいけないんでしょー」
あざといのに弱いというか、そもそも相手が悪いというか……なに言っても墓穴になりそうだな、この線は撤退しておこう。
「ちなみに、籠めるのは状態異常解除のままで大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。ありがとな」
〝瞳〟に関してのアレコレを聞いてからは、より一層の感謝をもって大事にさせていただいている【藍玉の御守】――大丈夫というか、正直言って『これ以上ない』と断言出来るほどに破格の切り札である。
強制硬直を始めとした行動不能系状態異常の最も厄介なところは、本来なら『喰らってしまえば自己対処が不可能』な点。
そりゃそうだよな、行動不能なんだから。横から回復が入るならばともかく、あくまで本人には即時の打開が望めないことが最大の強みと言える。
そうなると、それを瞬時の思考操作一発ラグもなしに払い除けてしまえる【藍玉の御守】が……アーシェも言っていたが、どれだけズルいかという話よ。
最近は多少なり耐久性も上がったとはいえ、頻繁な自傷アクションも加味すれば『打たれ強い』とは口が裂けても言えない我が身だ。
突っ込んだ先でアクシデントが起これば即死亡の可能性が高いビルドの癖に、事故を恐れずアクセルを吹かせる理由の一端であることは間違いない。
――で、そんな数多くのプレイヤー垂涎であろう品を知らず独占していたことに遠慮を見せた俺に、『返すとか言ったらひっぱたくからね』と有無を言わせず釘を刺したのがアイリスに諸々バラされた後のご本人様だ。
……ひっぱたかれるのはまだしも拗ねられるのは勘弁願いたいので、俺に取れるのは『ありがたく使わせていただく』という一択のみだろう。
「けど、よりによってキミも〝水〟なんだもんなー……そのうち、ピュリも自分で使えるようになっちゃうかもね」
それはそれとして、ニアはまさかの同属性魔法に目覚めた俺に対して別方向の不安をお持ちの模様。
本人が戦闘方面からっきしなこともあり、己の能力の需要は理解していても実際の恩恵がどれだけデカいかはイメージが難しいのかもしれない。
「俺が回復系の魔法を修得できるかどうかは置いといて……仮に自分で使えるようになっても、コイツの立場は揺るがないぞ」
まず、自分自身に必要な場面で詠唱なんかしていられるはずがないからな。
未だ喰らったことのない『毒状態』なんかであればともかく、ソロなら行動阻害系は喰らった時点で即アウトだ。
で、それ系が本来であれば即アウトであるがゆえに、このお守りの恩恵にあずかる俺は極悪理不尽不意打ちカウンターを成立させられてしまう。
モンスター相手の有効性は不明だが、対人戦であれば反則だなんだと文句を言われても仕方のない犯罪ムーブ判定は避けられないだろうて。
――といった具合に、日頃の感謝も兼ねて有用性を死ぬほど力説してやれば、ニアは呆気なく頬を緩ませて満更でもなさそうな顔。
おそらく、二秒後にはドヤ顔へと変わっていることだろう。
「ふ、ふふーん……! ま、まあ、それほどでも……!」
ほれ見たことか。かわ――……わかりやすい奴め。
「――じゃ、気になるとこがあればすぐ持ってくるように。緊急なら、現実世界で連絡してくれてもいいからね」
「充実のアフターサービスで心強い限り」
一通り新衣装の調節やら情報共有やらを終えて、時刻はちょうど夕飯時。お互いにログアウトのタイミングとなり、解散の運びは自然な流れで。
頼もしいことを言ってくれるが……『いつでも連絡してこい』と言ってくれる職人様を素直に頼もしいと思えばいいのか、当たり前のように『いつでも連絡して』と言う女の子を待たせていることに罪悪感を感じればいいのか。
そもそも、罪悪感を感じるべきなのか。
それこそが俺の自己保身や自己満足となってしまうのであれば、いっそ開き直って堂々と接するままであることが『誠実さ』に繋がるのか。
……わっかんねえ。
なんもかんも、未だ俺にはわからないままだけど――
「ん? どしたの」
いつからか、真直ぐな好意を欠片も隠そうともせず。
普通に恋愛すらできない面倒な男に……この子が向けてくれる視線もまた、変わらないまま――それゆえに、
そのために、俺の中で一つ変わったことがあるとすれば。
「一週間後」
「はい?」
「アレだ、決戦の日ってやつ」
「…………あ、えっ……うそ、もう?」
「あぁ。人員の選定とかスケジュールの調整も済んだし、各々のモチベも好調。いつまでも引っ張る意味はないだろうってさ」
「はぁー…………そっ……か。うわ、ちょ、なんかドキドキしてきた、ヤバ……」
「俺も、聞かされてからはなんとなく浮ついてる」
「そっかー…………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………え、っと……終わり?」
「…………終わり、というか……それで一旦、終わるというか」
「ん、んん……?」
――いや、まあ、そりゃそうというか。
慣れないことをしようとして俺自身わりかし頭の中が真白なもんだから、読み取ってくれというのも無理な話というか……。
「つまり、アレだ……一週間後を区切りに、ひとまず予定が空くというか」
「空く……」
「攻略の成否に関わらず、おそらく『一旦お疲れ様』ってことで休暇というか時間ができるだろうというか……」
「時間が……」
「だから、あー……」
こんなこと思っちゃいけないんだろうが、この件に関してただでさえヘタクソで不器用な俺は避けようもなく『もしも』を考えてしまう。
もしも……そう、もしも――
「時間が空きさえすれば、あれこれ理由付けて断ったり逃げたりしないぞ……と」
想いを伝えてくれた女の子が、一人だけであったならば。
こんな、クソ格好悪い受け身の言葉を口にしなくて済んだだろうか、とか。
自分も正面から、デートの一つでも誘うことができただろうか、とか。
「……え、と」
「…………悪い、アレなこと言ってるのは理解してるんだけど」
キョトンとしたニアの顔を見ていられず、目を逸らしながら無意識に頭を掻いてしまう。あぁ、情けない振る舞いが駄々洩れる。
「どっちかとか、どっちもとか……考え得るに、今の状況で俺から誘うのはアウトだろ? いや、今の状況こそが既にアウトではあるんだが――」
「あの、うん。あれだね、一回落ち着こうか?」
際限なくテンパる俺に、流石のニアさんも素の苦笑い。
解散の流れは一旦仕切り直しとばかり手を引かれたかと思えば、わざとらしく「えいやっ」とソファに放り込まれてしまった。
これは、控えめに言って――
「いきなり死ぬほど格好悪いな俺……」
「人によっては、そう見えるかも?」
全人類の間違いでは……そんな自嘲と共に顔を上げれば、目に映るのは情けない俺への呆れや落胆といった表情ではなく。
人によっては死ぬほど格好悪く見える男を、彼女はただ嬉しそうに見ていた。
「あのさー」
「はい」
「好きな人が、らしくもなく不器用に、自分のこと一生懸命に考えてくれてさぁ」
「…………」
「格好悪いとか、思うはずがないわけですよ」
「……申し訳なさの次は、羞恥心で死にそうです」
ソファの前に屈み込んで此方を見上げてくるニアの瞳に、視線を返すことができない――どうにもこうにも、眩し過ぎて。
「お姫様も言ってたけどさ、誰が悪いとかないじゃんか。わがままを言わせてもらえば、わざわざ悪者とか作んないでほしい」
「難しいわがままだなぁ……」
「というか、あたしから見れば……これ、多分お姫様も同じだと思うけどさ」
クイと袖を引かれて、自然と視線も引っ張られてしまう。目が合った彼女の表情は、ずっと変わらない。
「二人から同時期に告白されるとか、普通なくない? あんまりこういう言い方はしたくないけどさ、敢えて『誰が被害者か』と言えばキミだと思うんだよね」
「いや、お前それは……」
「もちろん、あたしだって加害者じゃないけどね! これも敢えて誰がって言うなら、そんなのもう『運命』でしょ――自分の運命を恨むがいいさ!」
「……、…………」
「しかも片方は一目惚れ! 予測も回避も不能だよ、どうだ参ったか!」
「…………………………お前、顔、真っ赤だぞ」
「う、うるさいなぁ……‼」
締まらないところは、最高に彼女らしい――と、以前の俺なら思っただろうが。
今の俺なら正しく読み取れる。人のことを言えたものかと笑ってしまえるほど、ニアが相手を見て明敏に言葉を選んでいることくらいは。
「だから、とにかく……あれだよ、キミは気にしすぎ。別に二股かけてるわけでもないし、今はあたしらのアプローチタイムじゃんか」
別に俯いているつもりはなかったのだが、トンと額を押されて顔を上げた。
「誰がキミを選ばせる立場に押し込んだのか、お忘れかな?――そんなあたしは、自慢じゃないけど欠片も罪悪感なんてないわけですが」
細い指先が遠慮がちに前髪をかき分けて……クリアになった視界には、キラキラと輝く大きな藍玉が鮮明に映る。
映って――ただ、思った。
「あたしは……私はさ、今そんなこと考えてる暇ないの」
俺にとって、ひどく甘やかなその言葉を聞きながら、
「どうやってキミを恋に落としてやろうかって、そればっかりなんだからさ」
頭の中を占める名前が、ひとつだけであったならと。
「だから面倒なこと考えてる暇があるなら、さっさと落ちてください――ということで、早速デートの予約をさせてもらおうかなぁ!」
受け身の姿勢は崩せないとしても、ただ待つだけでは不誠実。
ならばせめて、こちらも積極的な態度を示さなければ……果たして、そんな浅知恵の如き考えは物の見事に一蹴されてしまい――
そんなのどうでもいいから、自分を見ろと彼女は言う。
「……ニア」
「なにかな?」
「近い。ドサクサに紛れて過剰なスキンシップを試みようとすんな」
「いーじゃん減るもんじゃないでしょー!」
「減るんだよ精神的なアレがいろいろと……‼」
だからこそ、日を追うごとに思うのだ。
早く、答えを出せるようにならなければと――いや、義務感からではなく。
「おいコラ作者、自作の耳で遊ぶな」
「いやぁ、やっぱあたし天才だなって……ねぇ、写真」
「ダメです」
「ちぇー……なんだよちぇー……!」
早く答えを出せるようになりたいと、心から。
秒読み、いろいろと。