衣替え
完全な自業自得でお説教を喰らった後、それでは『クランルーム』とやらを見てみよう……という極自然な流れは、とあるメッセージの着信により中断された。
『できた、来て』と、有無を言わせぬ呼び出しの連絡。
そういうことなら、折角だから後でのんびり――とはソラの言。本日も元気に特訓へ向かった相棒に見送られて、俺は昨日の今日で差し込まれたイベントの方へと足を運んでいた。
ということで、彼女のアトリエに顔を出してから数分後。
「――写真、撮っていいですか」
「んなもん撮ってどうする気だお前は」
なにかしらの感情を噛み締めるように、下手なポーカーフェイスで静かに荒ぶるニアの発言へとツッコミを打ち返す。
一応、普段はプライバシー設定をONにしているため許可無き激写は防止できる。天から見ているであろう運営様の目はともかく、俺がYesと言わない限りプレイヤーが写真や動画を撮ることはできない。
ので、用途不明な写真を撮られる心配はないのだが……そんなもん必要ないってくらいガン見してくるじゃんこの子。網膜に焼き付けようとしていらっしゃる?
「あたし冷静になってから考えたんだけどさぁ」
「うん。うん?」
「好きな人に自分の好きな服……どころか、自分が作った服を着せられるってヤバくない? え、これ、お金とか払ったほうがいいのかな???」
「お前は一体なにを言っているんだ」
さらっと混入したツッコミ辛い単語は、ひとまず流しつつ。
わけのわからないことを言いながら接近してくるニアを押し戻して、俺にできるのは誤魔化すように苦笑いを浮かべることくらいだった。
勘弁してくれ――ただでさえ〝新しい服〟に袖を通した時ってのは、妙に気恥ずかしさを感じるものだというのに。
「はぁあぁあああっ…………もうマジ無理、あたし天才……! 最高……!」
「なんで作った方が単独感想会してんだよ……いい加減にしないと終いには逃げ出すからな、俺がぁ……!」
なにからなにまでオーバーというか、頭を抱えてソファに倒れ込んだニアの様子を見て羞恥ばかりが募っていく。
が、恥を抑え付けてでも一言くらいは告げねばなるまい。
「まあ、その、あれだ……――今回も、流石の仕上がりではあるな」
「そうでしょうともっ‼」
遅ればせながら感想ともつかない感想を送れば、跳ね起きたニアは目をキラッキラさせながらハイテンションのままに応じてくる。
落ち着け、一応「一点を除いて」と続けるつもりだった。
さておき……なんかもう迅速にこの場から逃げ出したいが、そんなことをすればどれほどの〝ストック〟が積み上げられるかわかったもんじゃない。
デート一回分とかではまず済まないだろう。ここは耐え忍ぶしかない……!
「【蒼天六花・白雲】――自分で言うのもなんだけど、これはちょっとした傑作だね! 素材のポテンシャルを軽く飛び越えたという自負がありますよ‼」
「わ、わかった、近い。落ち着け、近いから」
それこそ、ステータスの限界を飛び越えたのかという挙動。過去に例を見ない俊敏さで迫り来るニアの額を掌で捉え、暴走気味の藍色娘を相手にパーソナルスペースを賭けた押し合いを展開。
なお馬力の方はいつもと変わらないらしく、片手から伝わってくる圧力は普段通りの『極めて弱』であった。
蒼天六花――その名に雪の異称を得た、俺の新たな戦衣。
ニアが『リメイク』と言っていた通り、白蒼二色の全体構造に大きな変更点は見られない。上はハーフパーカー、下はゆったりとした造りで上下揃いの七分丈。着心地に一切の変わりはなく、既にしっくりと身体に馴染んでいる。
すぐにわかる変更点としては、フードの形状と背部の腰布だろう――…………とりあえず、前者は置いといて後者からいこうか。
以前の【蒼天の揃え】時点ではシンプルな飾り程度であった腰布だが、リメイクを経て右足を半ばまで覆うサイズへと変化した。
相変わらず服の一部でありながらエフェクト扱いらしく、纏っている感触もなければ鬱陶しく脚に絡んだりもしない素敵仕様。
魔法陣を思わせる複雑怪奇な幾何学模様が、しかしゴチャつかない程度の絶妙な塩梅で縫い込まれておりシンプルに格好良し。
俺的には若干気取った風に見える気がしないでもなく、少しばかり落ち着かないが……ニアのセンスを信じるとしよう。あとはこの世界のファンタジーな雰囲気が、適当に打ち消してくれるのを期待する。
――で、お次はちょっとばかりモノを申さずにはいられないフードについてなのだが……なんか、謎の形状をしていらっしゃいますねぇ?
「聞いていい?」
「なんでも聞いちゃいなよ!」
「じゃあ失礼して――この〝耳〟はなに?」
「それは耳です‼」
「わかってんだよ! なんで耳が付いてんのかって聞いてんだっつの‼」
元々ぶかぶか大きめサイズだったことを除けば、単純な作りをしていたエルグランのフード。それが今や劇的ビフォーアフターを経て……。
「あっ、おい、こらやめ……!」
止める間もなくバサリとソレを俺に被せた裁縫師殿は、心の底からご満悦。
「――ハイかわいいー! どうだ参ったかぁ!」
「あぁもう、ほんっ……参ってるよ心の底からぁ……‼」
信頼するにしても、俺は無条件でこのテンションモンスターを信頼し過ぎたのかもしれない。全く、誰が予想しようか――男十八歳、まさか己がウサミミフードパーカーを纏う日が来ようなどとはッ……‼
「……ニア、失礼を承知でたの」
「ダメです」
「おい嘘だろマジで言ってんのか……!」
そのまま丸っこい感じの可愛らしさを前面に押し出したデザインではないものの、おそらく誰もが一目見てモチーフを察するであろうその形状。
曲芸師が〝兎〟と関りが深いのもあり、連想の難易度は皆無に等しいはずだ。
「嫌ですダメです絶対に直しません。渋るのはわかってたけど、それを押しても絶対に似合うという確信の下で強行したんだから安心しなさいって!」
「できねえよ安心!」
「なんでさー! 大丈夫だってそのくらいデザイン性の一つだよ男の子でも平気だってファンタジーなんだから似合う似合うもう一生フードしたままでいて!」
「過去最高に早口だな貴様ッ……!」
「あ、そのまま写真撮っていい?」
「ダメですねぇ‼」
ちっきしょう……! 袖とか襟とか細部に追加された装飾なんかの絶賛ポイントが数多あるだけに、唯一ぶち込んできた問題点へのツッコミが止まらねぇ……‼
神衣装が全体的にブラッシュアップされて更なる高みへ至ったかと思えば、一体全体なんなんだよこの罠は――あっそうかコイツもういろんな意味で俺への遠慮を取っ払ってやがるから……!?
「おまっ……さては容赦なく自分の好み叩き付けて来やがったな!?」
「別にいいでしょー! お代も取る気なかったですしー!」
「払うから! 正規の倍でも払うから趣味カットバージョンに直し――」
「あーもう、うるさいうるさーい! 外見よりも性能でしょー‼」
「それお前が言われたら百パーキレるやつだろ!!?」
かくして、互いに譲らない押し問答はその後しばらくの間続き……。
怯むことなく己の我を通して、どちらが勝者となったのか――それはもう、言うまでもないことだろう。
マジ無理、女子つよすぎ。
ニアちゃんが言うんだから似合ってるんでしょう、多分。




