適切な上下関係
「――ハル、最初からそのつもりでしたね」
「ごめんて」
クランの立ち上げが済むや否や「それじゃルームを弄りに行くから」と退散した薄情者に取り残され、静かな円卓の席にてご立腹のソラさんと一対一。
あれよあれよとクランマスターへ祭り上げられてしまった少女は、膨れっ面を隠そうともしないまま俺にジト目を向けている。
超かわいい――が、きちんとフォローをしないと後で土下座する羽目になるのは、これまでの付き合いで学習済みだ。
……それを学習済みな時点で、俺のアホさ加減がわかるというものだが。
「一応、適当に押し付けたわけじゃないぞ。俺とテトラのリーダー適性が死滅してるから、ソラさん以外に択がなかったのだと理解してほしい」
「……テトラ君はわかりませんけど、ハルはリーダーシップあると思います」
「俺のはリーダーシップって言わないの。ただ突っ走ってるだけだから」
それに――なんだかんだ最初の頃から、どちらが引っ張っていたと言えばそれはソラだと思うよ。ただでさえ爆熱気味だった俺のモチベに、節目節目で追加の火をくべていたという意味では。
確かに前を走っていたのは俺だし、ソラは背中を見ていたかもしれないけれど……あー、これは、あれだな。
いろいろ考えだすと、こっぱずかしいことを口走りそうだからやめとこう。
「マスターだからって面倒な仕事をさせる気もないし、そもそもクランを公表する必要もないから代表っても形だけだし……単純に、ソラのが似合いそうって俺が思っただけ――ということで、肩書だけ引き受けてはもらえまいか」
どうしても嫌だと言われたら代わるのも吝かではないが……いやぁ、似合わねえなぁ。昔からそうだが、形式だけでも誰かの上に立つような柄じゃないんだよ俺。
「…………………………別に」
と、ひたすら横目で半眼を向けていたソラがぽつりと呟く。
俺の言葉に納得してくれたのか、はたまた「柄じゃない」と決めつけている内心を読み取ったのかはわからないが……。
「嫌、というわけじゃ、ないですし……なにか責任があったりとか、そういうこともないのでしたら、駄々を捏ねるほどじゃありませんけど……」
「ないない、責任とか。システム上『クランマスター』を設定しないといけなかっただけで、権限的なアレとかソレはサブマスも同等にできるし――」
「でも!」
「ハイッ!」
珍しくやや強めの語調で言葉を遮られ、即座に背筋を伸ばしコンマ一秒で最敬礼へのコンボを決められる姿勢を維持。
仕返しをされたと気付いたのは、そんな俺を数秒ほどジッと睨め付けた後。表情を崩したソラがクスリと笑みを浮かべてからだった。
「わがまま一回分、です――いつか、私もわがままを聞いてもらいますからね」
「…………」
おい見てるか世界、見えてないだろうな可哀想に。
俺の相棒はこんなことを言いながら「わがまま一回」と人差し指を立てて、あまつさえ悪戯っぽく微笑んでしまうタイプの美少女だったらしいぞ。
なんなんだよこの四谷御令嬢、かわいいレベルが高過ぎる。
「えと、どうかしました……?」
「なんでもないです」
不覚にも一瞬だけ呆けてしまったのを誤魔化しつつ、卓の上に出しっ放しにしていた用紙をクシャりと丸めてインベントリへ。
俺の絶望的な命名力が白日の下に晒されかねない危険な機密文書だ、しっかりきっちり完璧に処分しておくとしよう。
「……そういえばですけど、ネーミングセンスについて」
「ちょっと待ってまだお怒りか?」
仕返しは続くよどこまでも……とばかり、新たに露呈した俺の弱点を突いてくるおつもりかと警戒したが、どうもそういうわけではないらしく。
違いますと首を振ったソラは、なにやら不思議そうな顔で首を傾げてみせた。
「ハル、技の名付けはできますよね?」
「んぇ?」
「ほら、私の……」
「あー」
一瞬なにを言われているのか首を傾げ返しそうになったが、言われてみればしてるっちゃしてる――けれども、ソラの認識は正しくない。
「ソラさん、この世の真理を一つお教えしよう」
「はい?」
その言語に触れたことのある男なら、大概の者が至るであろう世界の解を。
「――かの国の言葉で格好良い名前を付けるのに、センスとかいらない」
「………………はい?」
「いらないんだよ、ネーミングセンスなんて。あの言語はただ単語を並べただけで、最強無敵に格好良くなるんだから」
「…………っ……ぁ、そ……え」
「クーゲルシュライヴァー」
「なんですって?」
「クーゲルシュライヴァー……――ボールペンって意味だ」
「………………」
急な謎テンションにドン引きされているのは理解しているが、俺も徐々に自分がなにを言っているのかわからなくなりつつも後に引けなくなっている。
なぜ後に引けなくなっているのかも、我ながら意味がわからない。
「どうせ将来的にはバレるだろうし、この際もう怒られるのを覚悟でぶっちゃけるが……俺が命名した技名は、須らく勢いと語呂の格好良さが百だ」
「……勢いと、語呂。えー……と、一応聞きますが、ちゃんと意味は通って」
「俄かなので、その辺の保証はできかねます」
「………………」
須らくの使い方が間違っていると思われるかもしれないが、俺の中では断じて間違っていない。真実、それが俺のすべきことだったと確信があるからだ。
スンと静かな表情で俺を見つめてくるソラさんにビビりながら、
なぜ俺は自爆の道をセルフダッシュしているのかと混乱しながら、
おそらくは、先程のかわいいムーブに脳をやられたのだろうと――それこそ脳がやられている、アホな結論を叩き出しながら。
「正直やりたい放題やった自覚はあるが、反省も後悔もしていない。実際、ソラさんの超格好良い技名シリーズはトラ吉を筆頭に大変好評で――」
「ハル」
「はい」
「ちょっとお話、しましょうか?」
「…………正座したほうがいいですかね?」
「お任せします」
「はい」
とりあえず背負い込むことになった代償その一は、椅子に座る権利の放棄。
なぜだかどうにもソラの前でテンパるとアホなことをしがちな俺は、その後しばらく絨毯の敷かれた床に自ら進んで正座をするまま。
年下の少女にお説教をされながら、ペコペコと頭を下げ続けた。
これはソラさんがマスターですわ。
なお迫真のドイツ語技名シリーズは現状維持を死守した模様。
そんな感じで主人公がノリと勢いだけで命名しているため、直訳だったり意味の通っていないものが多かったという謎設定のネタバラし。