名の下に絆を結ぶ
遅くまで友人たちと騒ぎ倒すまま、賑やかに親睦を深める学生ムーブに憧れがないわけでもない――が、今の俺は尽きぬタスクに追われる多忙の身である。
四條邸での集まりは極めて健全な時間に解散と相成り、部屋へとんぼ返りした後は流れるようにドライブ開始。
現在時刻は午後六時手前……即ち、待ち合わせ時間ピッタリ。
【Arcadia】には良くも悪くも、煩雑で長々とした起動シークエンスなどは存在しない。目を閉じ、眠りに落ちて、現実と夢が裏返って――
「――――……」
再び目を開けば、そこはもう仮想空間に広がる異世界だ。
「あっ」
「ん、揃ったね」
ログイン地点は、東の円卓。そして青光と共に世界へ降り立った俺を迎え入れたのは、聞き慣れた二つの声。
相変わらず大きな卓を存分に占領して怪しげな作業をしている自称後輩と、その隣に立っていた我が相棒。知る限りでは未だこれといった絡みはなかったはずだが、俺を待っている間に多少の言葉は交わしたのだろうか。
全くのゼロ……とまではいかないが、テトラの横にいるソラの顔に目立った緊張は見て取れない。
「悪い、お待たせ」
「時間通りだよ」
「時間通りですよ」
語尾を除いてピタリと重なった声音が響き、顔を見合わせた二人がそれぞれ微かな微笑と苦笑いを交換――ふむ、どうやら相性は悪くないらしい。
これからのことを思えば、なによりだな。
「自己紹介……は、もう済んでるしな。改めて、なんか言っておくべきことってあるか?」
「ないでしょ」
サクッと明快な答えを返したテトラと同じく、ソラも思い当たることはないのだろう。こくりと頷いた相棒にこちらも首肯を返しつつ、ならばと俺もサクッと本題に入らせてもらうことにした。
「そしたら、始めようか。まずは……」
今日こうして集まったのは、他でもない。
「一番大事な、命名式からかな?」
俺とソラ、そしてテトラを加えた三人で――クランを結成するためである。
このゲームにおけるプレイヤー互助組織『クラン』が担っている役割――というより、所属することで個々人が得られる恩恵は大きく分けて二つ。
まず一つは『クランルーム』の使用権。所属する陣営の街から入場できる、専用の異次元空間が利用可能になるというものだ。
クランの共有倉庫として使えるだけでなくハウジング要素も楽しめる素敵空間だが、異空間維持に必要な触媒……という名の利用料金としてルーナを要求される上、その額が中々にお高いため利用しないという択もあるらしい。
当然、金に物を言わせて存分に利用するけどな。楽しそうだし。
二つ目の恩恵については、ちょっとした強化効果こと『クランバフ』を受けられるようになる。これもギルドやクランといったシステムのあるオンラインゲームではありがちな要素だが、貰えるものは貰っておいて損はない。
これについて知った時は『お、また俺の四柱舐めプ案件に罪状が一つ追加か?』と冷や汗をかいたものだが、直接戦闘力に関係する類の効果ではなかったのでセーフである。囲炉裏を筆頭に冷ややかな視線を向けられずに済んだ。
基本的にはドロップ率や取得経験値を向上させるものがメジャーだとか。
前者は勿論だが、後者の経験値についてもスキル成長率に関わってくるので無駄にはならない。クランに入れるならば入っておく方が得というものだ。
――が、そこで問題になってくるのが俺の立場。
いや別に問題というほどの問題もないのだが、序列持ちとして注目を浴び放題になっている俺が『どこそこのクランに入った』という話題が、不必要な騒ぎを起こす可能性は少なく見積もっても百割弱。
重ねて、別に問題ではないのだがアレコレ気にするのも面倒臭い……ということで、一番丸いのが『自分たちで作ってしまおう』という選択肢だ。
ソートアルムの【Alliance】のように、陣営所属プレイヤーの大半が「とりあえず所属しとこ」くらいのノリで加入するらしい巨大ギルドでもあれば話は違ったが……自由人の多い東陣営は、どうも小規模クランが主流らしい。
規模に比例して恩恵が多少なり強化されたりと、組織の巨大化もメリットはあるそうだが――まあ、デカくなればそれだけデカいデメリットも生まれるわな。
『娘』が取り仕切っている最大手の抱えるしがらみやらなにやらで脅しを掛けつつ、「悪いこと言わねえから慎ましやかに小っこいの作っとけ」と言ったゴッサンの勧めに従うのが安牌だろう。
で、自然『とりあえずペアクランでも設立しとくか』という流れになったのだが……問題になったのは、クラン設立に際する必要最低人数の縛り。
最低要求人数はズバリ三人――即ち、システムにもう一人連れて来いと言われてしまったわけだ。
そこで声を掛ける……までもなく、予想だにせず自ら手を挙げてくれたのが自称年下の先輩にして後輩こと序列九位の【不死】テトラ。
理由、ちょうど無所属だしなんか面白そうだから。
実に結構、ハイ採用! ということで、本日この集まりへと至ったのである。しかして、新クラン結成のために顔を揃えた俺たち初の共同作業は――
「「「うーん………………」」」
持ち寄った『クラン名』の案を前にして仲良く首を捻るという、ゆるっゆるな和やか空間を形成しての会議であった。
「俺、名付けとかそういうの苦手なんだよな……」
「同じく」
「同じく、です……」
このゲームの装備名やら技名にしても、職人勢やお師匠様(とそのお祖父様)が悉くノリノリで命名してくれているもんだから、そもそも機会がない。
いや、その線でいくと――
「テトラは制作とかやってるだろ、ネーミングに多少の慣れはあるのでは?」
「無茶言わないでよ、前に渡したダガーの名前見たでしょ? 面白味もセンスも期待しないでよね」
「いいと思うけどなぁ、影縫の儀小剣」
「ぶっちゃけ漫画のパクリだし」
「へぇ、漫画とか読むのか」
少々意外だ。なんかこう、暇なときはあてどなく旅とかしてそうなイメージ。
「まあ、それにしても……」
と、各々で紙に書き出した『案』――特に俺が出した名前の数々を眺めて、テトラはなんとも言えない顔で苦笑いを浮かべた。
「よしきた、言いたいことはハッキリ言ってもらおうか」
「だってよ、ソラ先輩」
「ふぇ、ぁっ……な、なんっ、私ですか!?」
まさかの飛び火に不意を突かれ素っ頓狂な声を上げるソラに、悪びれもせず涼しい顔で抗議の声をスルーするテトラ。
仲が宜しくて大変結構だが、ソラも先輩呼びなのか。
アバターの見た目によらず、達観というか老成しているような言動をする癖に……果たして、この先輩は一体おいくつなんだか。
さておき――
「いやまあ、言った通り。マジで苦手なんだよこういうの、飛び抜けてセンスないのも自覚してるから気遣わなくていいぞ」
言いつつ、テトラが苦笑いを浮かべソラが困ったような視線を向けている俺のアイデア用紙を裏返して封印。断じてノーダメだ、気にしちゃいない。
「そしたら……やっぱ、無難にこうじゃない?」
「テトラがそれでいいなら、俺も異議無しかなぁ」
「えぅ……わ、私ですか…………」
わりとガチで悲惨な俺の用紙に続き、テトラも自らの用紙を裏返す――残された己の案を見て、ソラは驚きから遠慮へと声音を移ろわせ同じ言葉を呟いた。
「私こそ、面白味もなにもない気がしますけど……」
「でも、センスはある気がする。少なくとも俺よりは」
「センスあるよ。少なくとも先輩よりは」
恥ずかしそうに目を伏せるソラさんだが、実際サラッと見ただけでも『いい感じ』の名前がチラホラ目に留まる。
他でもない彼女が考えたものだと俺が理解しているからかもしれないが、変に格好付けている感もなく堂々と名乗れそうな名前ばかりだ。
「そしたら、ソラの案から選んでくか」
「いいんじゃない」
「うぅ……!」
かくして、クラン結成に際しての命名会議は順調に進んでいき――
◇クラン【蒼天】を結成しました◇
小さな繋がりがまた一つ、仮想世界で産声を上げるのだった。
ただし、それに関して若干一名から――
「なんで私が代表なんですかぁ!!?」
厳正な審議(多数決)による決定に対して、不服の叫びが挙がったそうな。
【蒼天】――大空、青々とした空、または春の空などを指す。