素顔の理由
「――あ、人間ミサイルだ」
「よ! 来たか空飛ぶ変態!」
「こんにちは」
現実世界と仮想世界の双方で、あっちへ行きこっちへ行きとアレコレ駆けずり回った昨日から一夜明けて。
もうすっかりお馴染みの四條邸へ足を運んだ俺を出迎えたのは、賑やかな友人たちの揶揄いをふんだんに含んだ挨拶であった。
「ハイ美稀こんにちは」
「さらっと無視するじゃん」
「段々と現実でも仮想世界っぽさ出てきてるよな」
「そこの二人は自分たちの振る舞いを顧みろ?」
「あはは……」
本日も平常運転物静かな美稀に挨拶を返し、幼馴染ペアとの適当極まるやり取りを消化して、俺を部屋へと連れてきた楓がなんとも言えない笑いを零す。
休日の昼下がり、実に理想的な友人たちとの肩肘張る必要のない集い。
若干一名が世間的に『一般人』から逸脱しており、他の全員がソイツを補助するための臨時サポートチームであるとはいえ……感情的には、皆が普通の大学生だ。
暇に集まって駄弁ったっていいじゃない――という翔子の発案から、今日の集合が掛けられたわけである。
ゆうて俺は『暇』とは言えない身であるが……それはそれ、これはこれ。
大学生活も捨てたりしないと自分で決めた以上、双方のスケジューリングも多少の無茶は利かせないとな。
「ていうか、昨日の今日だぞ。もう広まってるのか?」
「そりゃお前、アルカディア初の完全な空中ジャンプスキルだぞ。昨日の午後からそこら中で大騒ぎよ」
「ぶっちゃけもうニュースになってたし」
「やっぱり情け容赦なしに報道されんのな……」
俺とソラのゲームプレイが徹吾氏にバレていたことといい、相も変わらずのノープライバシー。その辺は【Arcadia】発注時の契約があるから、いちプレイヤーとして文句は言えんし言うつもりもないが。
「ま、現実のお前に関しては案外平和で結構じゃねえか。正直なんだかんだ速攻リアバレしてもおかしくないと思ってたんだけどな」
「平和……まあ、そうな」
「え、なにその反応。面白ネタの気配がするんだけど?」
「黙秘します」
「なら聞かなーい」
俊樹の言葉に曖昧な反応を返して、すかさず喰いついてくるグループ一の好奇心モンスターには不動の構え。
俺が「NO」と言えば即座にサッパリ諦めるのが、翔子の憎めないところだ。
「……実際あなたのリアルについて探る動きは、少し不自然なくらい目に付かない。もしかしたら、四谷が動いているのかもしれない」
「それは……かもなぁ」
徹吾氏や千歳さんからは特になにも言われていないが、俺を守るという契約を結んでいる以上あり得る話――
というか、ほぼ間違いなく策は講じてくれているのだろう。友人プロデュースの変装Ver.2.0も継続しているが、暢気に表を歩く俺を見止める人間はほぼいない。
ニアやアイリスにも言われたが、思った以上に外見の印象操作も上手くいっている模様。顔は同じなのに顔が違うと、中々の高評価(?)である。
「てか今更なんだけどさ、なにゆえリア顔でアバター作ったの? 一応リアバレ気にするタイプなら、ちゃんと弄れば良かったのに」
「あぁ、それは――その前に、そろそろ座らせてもらっていいですかね?」
「あ、ごめんごめん! はいどうぞ!」
いつまで立ち話をしていればいいのかと問えば、全く気にしていなかったという様子でズザッと翔子がソファの上をスライドした。
さらっと席を決められたな、別に構わんけども。
「紅茶でいい?」
「うん、いつもの美味しいやつをお願いします」
当たり前のようにもてなしてくれる楓に礼と催促を重ねて渡せば、四條のお嬢様は「了解しました」と楽しそうに笑ってお茶を入れに行く。
以前は遠慮したものだが、本人から「お世話好きだから」だの「お茶淹れるのが趣味だから」だのと力説されてしまえば、それも無粋というものだ。
ソラといい楓といい、四のご令嬢は淑やかお嬢様スペックが極めて高い。心の中で拝んでおこう――
「んーでっ? 結局それは話せるやつ?」
と、アホなことを考えていると隣から催促が飛んでくる。
俊樹と美稀も興味はあるようで聴きの体勢。どうせ話すなら楓を待とうかとも思ったが……別にいいか、それについての説明なんか一言で終わるし。
「単純な話だぞ――俺、発注の時にVRE判定喰らったんだよね」
「ぶい――え、うっそ……」
「はぁ……!? いや、冗談だろ?」
「…………」
溜めも感慨もなくさらりと言い放てば、返ってくるのは三者三様の反応。多少なり驚かれるとは思っちゃいたが、実際そんな大した事情ではないんだぞ。
「つまりはキャラメイクしなかったんじゃなく、できなかっただけだな」
VRE――正式名称、仮想体認識齟齬拡大症……だったかな? なんか微妙に間違っている気もするが、大体似たような意味合いだろう『症例』の名称だ。
簡単に言えば、現実の肉体とVR内の身体との差異による操作性の低下、その〝不利〟が他人よりもメチャクチャ顕著に発生するということだ。
病気みたいに捉えてしまうとアレだが、言ってしまえば体質のようなものだ。程度の大小はあれど、三十人に一人くらいの割合でいるらしいからな。
「俺の場合、症状は中程度というか……顔や体格を変えたら大体アウト。目の色とか髪を弄るくらいなら問題ないけど、それくらいが限界だな」
「はぇー……それで中程度なんだ?」
「あぁ、重度になるとほんの少し現実と変えただけで動けなくなるらしいぞ」
「マジかー、詳しく調べたことなかったや……」
「……驚いた、けど、納得した」
そこまでの症例となると、千人に一人とかいうレベルらしいけどな――そう締め括れば「なるほど」といった顔を見せる女子二人とは違い、俊樹はなにやら鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。
「俺、お前のこと仮想世界の申し子かなにかみたいに思ってたわ」
「っは、なんだそれ」
買い被りも甚だしいな。
自分が特別ではないなどとは、今に至り口が裂けても言えないが……その称号が真に相応しいのは、やはり俺の相棒やアーシェのような人間だろうて。
「お待たせしましたぁ――……え、なんのお話してたの?」
その後、お茶を持ってきてくれた楓にも俺の事情を共有して、驚きからの説明ムーブを焼き直し。
「そっか、お姉ちゃんと一緒だったんだ」
「あ、え、そうなの?」
と、思いがけず俺も一つ驚かされながら。
いつもの如く好奇心に駆られる友人たちへの質問解答タイムを交えつつ、集まりはその後しばらく賑やかに続いた。
些細な設定だったりそうじゃなかったりする。