弱点
総戦闘時間、一時間ニ十分と少々。
意地と物欲を原動力とした仮想世界の俺史上類を見ないほどにグダグダかつ無様な戦闘は、数多の試行錯誤の末に『解』を導き出し終結に至った。
一枚一枚が比喩抜きに俺の身体よりもデカい、大翼の羽根を引っこ抜くための戦術もとい技術――名付けて『鷲掴み強制ロケットパージ』が功を奏し、見事に目当ての素材確保を成功させたのである。
手順は至極簡単。【仮説:王道を謡う楔鎧】の馬鹿力でもって全力で羽根を根元からホールドした後、更に出力全開《空翔》によって奴の身体から飛び立つだけ。
ただ一つ、この作戦の穴を挙げるとするのであれば――
「無事に引っこ抜けたはいいものの、その後の体勢制御が間に合わず自傷後に残ったHPを取り巻きに撃ち抜かれちまった……ってところかな」
「いやそれつまり無事じゃないじゃん。え、バカなの???」
情け容赦なき呆れ顔とお言葉が着弾するが、なにはともあれ当初の目的を完遂してのけた今の俺は無敵メンタル。
ご注文の品お届けに上がりましたェアッ!――と、アトリエに殴り込んだのは数分前のこと。恥ずかしげもなく即日配達鮮度抜群な冒険譚を語ってやれば、ニアはひたすら呆然とするままにパチクリと瞬きを連打していた。
「ちょっと待って少し静かにしてなさい、ホントもう頭痛い……」
遂にはそんな風に頭を抱えだしてしまうが、こちとら申し訳ないけれど上機嫌。アホほどデカいくせに全く重さを感じさせないエペルの羽根――【氷守の織羽根】を無駄にバッサバサ振り回しながら勝利の舞を披露。
戦利品として持ち帰ることができたのは、たった二本。しかしながら、このサイズであれば十分に服一枚分の素材にはなり得るという言質は既にいただいている。
結論から言って、俺的に今回のアタックは大成功でしかないわけだ。
「イスティアンめぇ……ゲームオーバーになったばかりで、なんでそんなに元気なのキミは全く……」
「俺のビルドをお忘れか? わりと日常だぞ、慣れないとやってられん」
「わかるけど……その辺も、一応自覚しなよ? 戦闘を諦めて生産職を選んだ人からすれば、ゲームとはいえ平気で死亡体験を呑み込むの自体アレなんだからね」
それは知ってる。今でこそ慣れもあってワクワクと高揚に霞む程度のものだが、俺だって以前は怪物プレイヤー問わず内心では結構ビビってたよ。
リアルと見紛う世界で、仮想の命をやり取りする――そりゃ普通の感性なら、たとえゲームとわかっていても怖いに決まってるんだよな。
「ちなみに、諦め勢なのか?」
「あたしは最初っからこれ一本ですぅー」
話の流れでニアに立ち位置を問うてみれば、専属細工師&裁縫師殿は根っからの職人プレイヤーであったらしい。
二つのジャンルを抱えて『これ一本』とは如何に。
「まあいいや――それじゃ見せて。お姉さんが品を検めてあげましょう」
「誰がお姉さんだ」
「実際年上でしょー!」
「一つだけな!」
ちょいちょいと『仕方ないなぁ全くこの子は』的なオーラ全開で手招きする〝お姉さん〟の手に、持ち帰ったエペルの羽根をペシッと叩き付ける。
さすれば、おふざけモードは一旦お仕舞い。
相も変わらずの切り替えの早さで、職人の顔になった【藍玉の妖精】が代名詞たる藍玉を眇めて検分を始めた。
「お前でも、見るの初めてなのか?」
「ん、言ったでしょ幻レベルって。討伐成功の報告件数がさ、めっちゃ少ないんだよね。街から遠いから普通は数日掛かりの遠征行になるし、ボス含めたフィールドの難易度がアレだから普通は複数パーティの共同攻略が前提になるし……」
「わかったから『普通』を強調しないでくれる? その通りダメだったから大人しくボコボコにされて帰って来たんだぞ」
「大人しく??? そもそも一人で行くと思ってなかったんですけど?」
「ごめん大人しくはなかったかもしれん」
あと一応ちゃんと反省もしてるぞ。ネタバレを嫌ったとはいえ、流石に下調べ皆無のアドリブソロ特攻は舐めプが過ぎたってな。
素直に頭を下げれば、ニアは本日何度目かの溜息を一つ。
「ま、いいけど……そんな感じだから、そもそも狩りにいくまでのハードルが高いんだよね。加えて〝面白そう〟って言った素材に関しても、あくまでキミ向きかもってだけで大衆的には微妙だし」
「あまり需要がない、的な?」
「狩られてないってことは、そうなんだろうね。ボスなんてそれこそ何千体もいるんだから、そりゃ誰でも戦利品が有用な相手を倒しにいくでしょ」
「相も変わらず頭おかしいなこのゲーム」
マジで一生遊べるのでは? 最高かよ。
「で? その俺向きの性質とやらは、実際見てどんな感じだ?」
雑談を交えながらも、薄青の羽根から目を離さない職人殿に問いを投げる。それからまた数十秒、ニアは瞳以外を微動だにしないまま睨めっこを続けて――
「…………………………………………――――うん、いいものできそう」
顔を上げてこちらを見たその瞳に浮かぶのは、良き素材を前にした職人特有と言えるであろう喜々の色。
それを確かめて、俺もようやく真の意味で肩の力が抜けた。
今回のミッション、これにて滞りなくコンプリー……………………と……?
――あ、やっっっっっべ先輩の注文完全に忘れてんじゃねえか「倒した帰りに寄ればいいか」って適当に考えてたッ‼
死に戻りに帰り道とかねぇんだわ!
「そ、そしたら悪いけど、羽根は預けるからあとは頼んだ。ちょっと野暮用を思い出したんで、これからまた街の外に――」
「ストップ」
唐突に思い返した『もう一つの依頼』に焦り、システムクロックを見やりながらアトリエを後にしようするもニアに呼び止められる。
いや急で申し訳ないが、また後で顔を出すから見逃して欲しい――
「脱いで」
――という台詞を連ねようとした俺に着弾したのは、引き留めるための言葉ではなく。予想だにしない要求に、今度はこちらが目を瞬かせる番だった。
「……なんて?」
「行っていいから、服、早く、脱いで」
「なんで!?」
言葉だけでは飽き足らず、席を立ちズンズンと近付いて来たニアに服を掴まれWhat is this――あ、コラやめろ普通に脱がそうとすんなッ!
「ちょちょ待て落ち着け渡すから! 自分で着替えるから待てお前こら……!」
下心なんて毛ほどもありませんよという顔で、今に限って実際そういうアレではないのだろうニアを宥めて《コンストラクション》。
【蒼天の揃え】から同じく彼女作であるラウンジシリーズに衣替えをして、白蒼の戦衣を荒ぶる職人様に献上する。
「ありがと。じゃ行ってらっしゃーい」
「職人モードの時は相変わらず無敵だなお前……それどうすんの?」
自作の衣装を受け取るや否や、涼しい顔で手を振りつつ作業場に引っ込もうとした背中に質問を投げる。
歩みを止めぬまま首だけで振り返ったニアは、たまに見せる真実年上らしい穏やかな微笑を返してみせた。
「気に入ってるんでしょ?――お姉さんがもっと格好良く〝リメイク〟してあげるから、存分に期待してなさーい」
そうしてパチリと、実にかわ…………意外と様になっているウィンクまで残して作業場へと消えた裁縫師殿を見送り……。
「……………………………………うーん」
いろいろな感情に揉まれながら、見る者もいないというのにポーカーフェイスを気取りつつアトリエを後にする。
果たして、また一つ重ねた自覚については――
「本格的に年上に弱いのかな、俺……」
ゲームとは全く関係のない方向性ゆえ、持ち帰り考えさせていただこうと思う。
主人公は現在18歳でソラさんは高校生(15~18)
アイリスとニアちゃんは19歳です(誕生日的にはニアちゃんの方がお姉さん)