無謀な無翼
――結論から言おう、【氷守の大精霊 エペル】は初見がソロで挑んでなんとかなる類のボスエネミーではない。
もっと言えば、通常パーティでの攻略を前提としているかすら怪しい。コイツ多分だけど連結パーティ推奨のビッグコンテンツだろ。
いや多分というか、ほぼ確実。その根拠とはなにか――搭載されているギミックが、明らかに少人数で対応できるような枠を超えているからだよ!
まず一つは開幕から常時展開されている無数の『分身』が挙げられるが、回避極特化の俺ですら《先理眼》なしでは躱し切れない氷柱の雨霰は勿論のこと。
戦局が進むにつれて奴らの行動パターン……というか使用する魔法が三種類まで増えるにあたっては、真実対処不能であった。
氷柱は一発当たりの被弾ダメージが見た目ほど大したことなかったりと有情な部分はあったが、それ含む全てを一人で捌くとなれば話は別。
弾速が速い自機狙いの氷柱、微妙にズラして撃ってくる光線、そして狭範囲指定の凍結デバフ――と、やりたい放題である。
いや無理ムリ、コイツらの相手だけでも手一杯だっての。減らしても即補充されるとか清々しいまでのおひとり様お断りじゃねえか手が足りねぇってんだよ!
で、そんなオマケは置いとくとして、厄介な手下とさえ比較にならないほどの大問題が親玉ことエペルさんだ。
まずコイツ、一度クリーンヒットさせた攻撃が効かなくなるというド級のクソ性能を標準搭載していやがる。
俺一人かつ取り巻きの弾幕に追い回されるままで、大した検証は行えていない。そのため現状は推測というか適当判断でしかないのだが、事実として初めに一撃を入れて以降【早緑月】の斬撃はまともにダメージが入らなくなった。
その後に投げ付けた小兎刀がダメージを与えたことは確認できたので、『剣』や『斬撃』といった大カテゴリの耐性を纏めて獲得するようなアレではないらしいことが救いではある。
しかしながら一般的なプレイヤーより多少マシとはいえ、絶対的に手札の種類が限られている俺には致命的。あくまで耐性を得るだけであり、わずかばかりはダメージが通るのでチマチマ削ることは可能ではあるものの……だ。
まあ、現実的ではない。無尽蔵の浮遊砲台に狙われ続けながらコレ相手に持久戦を仕掛けるなど、頼まれたって御免である。
以前に挑んだ【輝石喰らいの女王】と似たタイプ、即ち腰を据えての召喚がメインのボスであればまだやりようがあったのだが……。
――どうやら奴は、自らもバチバチにやり合うタイプの大精霊様だったようで。
「ッ――ミスった……‼」
余裕など捻出しようもない中で、どうにかこうにか思考の端で継続していたカウントのズレを悟り盛大な舌打ちを一つ。
取り巻き光線の一斉照射を避けて宙に遊んだ身体を、《兎乱闊躯》の虚空タッチで強引に氷の地面へと叩き落して――《コンストラクション》。
咄嗟に【双護の鎖繋鏡】の展開が間に合い、並べて掲げた大盾の下に縮こまらせた我が身を匿うことに成功。
そして一瞬後――
「だぁッ……ぶねぇ!?」
直前で耳が拾い上げたキーンと響く〝前触れ〟に従い――エペルの定期ぶっぱ技こと『自機狙い&バラ撒き混合無差別広範囲極太破壊光線』が撒き散らされた。
本数、たくさん。
威力、おそらく掠れば即死。
照射の五秒前から予兆となるサウンドが響き始め、照射終わりから九十秒後に再装填が完了する対応必須なギミックスキルだ。
元となるエネルギーを共有でもしているのか、エペルがアレをぶっ放す際には取り巻きの動きが止まる。なのでキチンと対処を――おそらくは正攻法だと思われる『氷の大樹に隠れてやり過ごす』という対処を遂行できれば、一息つける休憩タイムにすらなり得るのだが……。
「っ……ぅ、ギぎ、ぎ……!」
秒数管理を怠ったりトチれば、この通り。光線を受け止めた盾を諸共に地に縫い付けられ、ジワリジワリと余波でHPを容赦なく削られていく。
リカバリーは可能だが、アルカディアの自前回復手段こと魔法薬は持続回復型かつ総回復量が控え目という謙虚なタイプ。
オマケに再使用待機時間が設定されており連続使用も重複使用も不可。更には頼り過ぎれば『魔法薬酔い』などという雰囲気重点のバッドステータスを喰らい、完全に使用不可&ステータス低下の刑に処されるというご機嫌な仕様だ。
端的にゴミ。助けてソラ様ぁッ‼
「ッ゛ッ……、…………っ!――――――――――――ハイ凌いだぁッ‼」
視界を埋め尽くしていた極太レーザーの光と圧力が消えた瞬間、双盾を送還して即座に踏み切りその場を離脱。
瞬間、殺到するは活動を再開した取り巻き連中こと【剥離の氷精】ご提供の氷弾幕――そして、一大スペクタクルを披露し終えた大精霊の質量爆弾。
つまり、ご本人様のダイレクトアタック。
本当にモンスターってやつはどいつもコイツも……! 『デカい』をシンプルに攻撃力に活かしてくるの極めて有効だから勘弁願えませんかねぇッ!?
「だぁああぁあああアアアアアアアッッッ‼ ダメだコレ勝てねぇッ‼」
いやもう純粋に無理、一人で挑んでなんとかなるスケールじゃねえ! もう三十分近くも戯れてんのにゲージ一本しか削れてないんだがぁッ‼
巨体による低空チャージと止まない氷弾幕のコラボレーションから死に物狂いで逃げ惑いつつ、思考を回して作戦や手段を脳内検索するもヒット数はゼロ。
ここにきて激烈に、ソロプレイの現実を叩き付けられた気分である。
いつものペア攻略もアルカディアの常識に照らし合わせれば大概なのだが、それが成立しているのはやはり万能を体現する我がパートナー様の力が大きい。
序列持ちだ曲芸師だと持ち上げられても、所詮は一人のプレイヤー。特化型での遠征行に限界があるのはまあ当然ってやつだよな……!
オーケー、わかった、認めよう。
いつかの【砂塵を纏う大蛇】と同じだ。少なくとも、今の俺ではエペルをソロでどうにかできる気がしない――ならば〝方針〟を変更するッ!
思えば他では試したことがなかったが、システム的にそれが可能であることは『とある一例』によって証明されている。
そう、たとえ倒せずとも、目当ての素材だけを強奪するのであれば――
「ド畜生が……せめてその羽根、毟り取って帰らせてもらうぞ……‼」
角を叩き折ることで倒さずとも素材が入手可能な【紅玉の弾丸兎】のように、一縷の望みに賭けてチャレンジしてみるのも無駄ではないはず。
ならばもう、打点を望めなくなった武器は必要ない。
必要なのは弾幕と巨体の暴威を掻い潜り、あの巨大な翼に肉薄するための脚。そして羽根を掴み取り引っこ抜いて我が物とせしめる、両の手のみだ‼
「っしゃオラ羽根を寄越せぇえアアアッッッ!!!」
そうして、ヤケクソ十割の雄叫びを打ち上げるまま。
突貫した俺と大精霊との、狂乱に満ちた第二ラウンドが幕を開けるのであった。
無翼で空を飛ぶ非無欲なプレイヤーによるEvE。
ボスの考察については主人公が適当言ってるだけなのでツッコミ厳禁だぞ。