無貌の氷翼
完全なる直感――否、ひとりでに動いたと言ったほうが正しいかもしれない。
なにかを感じ取って、無意識の内に足が地を蹴ったと理解したのは一瞬の後。久々のようなそうでもないような、思考が身体に置き去りにされるあの感覚。
そして、更に一瞬後。視界を埋め尽くした〝蒼〟一色の光景は、咄嗟の回避によって己が九死に一生を得たことを示していた。
飛び退った身体が元あった場所へ、殺到するは巨大な氷柱の砲弾幕。砲手は他でもない、ジッとこちらを睥睨する顔無しが侍らす無数の氷精だ。
しかして、奴らが掲げる砲口たる魔法陣は――
「っ……――来い!」
その輝きを、散らさない。
「【双護の鎖繋鏡】ッ‼」
反射的に喚び出すは蒼と白、二枚一対の盾――共用品を勝手に持ち出して申し訳ないが、緊急避難として許されたし……!
大盾並みの重量を《コンストラクション》の能力によって打ち消すまま、勾玉のような歪な盾の〝鋒〟を凍り付いた山頂の地面に叩き付ける。
次の瞬間、再度降り注いだ夥しい数の氷柱が着弾。固定された【双護の鎖繋鏡】を打ち鳴らし、端から砕けて砕氷の霧を撒き散らした。
連射型の魔法なのかなんなのか知らないが、氷の弾幕は止む気配を見せず……――OK、成程。とりあえず、目なんて見当たらない癖に『目視』かそれに近い形で俺を捉えていると考えていいようだ。
何故ってそれはもう執拗に、置き去りにした盾だけを撃ちまくっていやがるからである――しからば!
「――頼むぜ相棒!」
煙霧に紛れて後退した位置から、この場において助力を請えば叶う唯一の〝猫の手〟を迷いなく解き放つ。
俺の姿を覆い隠すほどに撒き散らされた砕氷のカーテンを突き破り、飛翔した【空翔の白晶剣】が行く先でターゲットの一つを砕いた音を聞きながら――
「そしたら、いきなりクライマックスで行こうか……‼」
一息で飲み干した高級魔力回復薬の瓶を放り捨て、ご機嫌で先駆けた相棒を追うようにアクセル全開最速の踏み切り。
圧に違わぬヤベー相手なのは、情け容赦なしの開幕弾幕で大体把握した。
正確な〝格〟の高さは知ったこっちゃないが、単独初見で悠長な様子見が通用する相手じゃないのは察せられる。
ので、勢いのまま削り倒せる相手であればそれでよし。
逆に〝勢い〟が通じないとなれば、勢い百割こと俺のビルドで単独撃破は無理だろうから当たって砕ける以外に選択肢はナシ!
「腕と成せ――【仮説:王道を謡う楔鎧】!」
飛び出した俺を再ターゲティングした【剥離の氷精】たちから飛来する連弾を躱しざま、初撃を堰き止めてくれた双盾をインベントリへ送還。
代わりに喚び出すのは【輪転の廻盾】――更に《先理眼》及び《ウェアールウィンド》を並列起動。
見据える先、悠然と上空に浮かぶ親玉は未だ動かない。
ジッと、ジッと、俺に瞳なき視線を向け続けるまま……実は本体の戦闘力が大したことないタイプだったり?――いやはやそのガタイを見て、そんな希望的観測はちょっと持てそうにないんだよなぁ!
視界を染め上げる真赤な攻撃予測線を信じて、左の鎧腕と右の小盾で礫と言うには巨大が過ぎる氷柱の雨を打ち払い駆ける。
【輪転の廻盾】の防御カウントを溜めながら、恐ろしい速度で減っていくMPを眺めながら、その時を待つ――それ即ち、雨が止む、その瞬間を。
果たして、数十秒後に訪れたその時こそが、
「こっちの番だぜ、お山の大将……‼」
オーダー通り邪魔者砲台を一掃してみせた愛剣へと、惜しみない称賛の念を送りながら――開けた視界の先へ、真直ぐに、突貫。
手下にばかすか撃たせやがって、おかげでカウントはMAXだぞこの野郎が。
「廻り拓け――《盾花水月》ッ!」
大跳躍から足を着けた大樹の幹を駆け上がる我が身を、胸に叩き付けた【輪転の廻盾】が生み出す銀甲の鎧が瞬時に覆う。
これでもう小雨は効かない――さあ、どう出るか見せてもらおうか【氷守の大精霊 エペル】さんよ! まさかのビックリ紙耐久とかで、一撃の下に即死してくれたって構わないけどなぁッ‼
「結式、一刀――……十の太刀!」
リアリティを彼方へと蹴飛ばすまま、大樹を垂直にひた走りながら。立て続けに氷の幹を砕く『纏移』の歩みが、この身に師匠の技を宿す。
これは俺がスキルに頼らぬ素の状態で、不完全ながらも唯一オリジナルに近い精度で繰り出すことのできる準至高の一刀ッ‼
ただひたすら、まっすぐ。
ブレーキなど投げ捨てて、後先を考えない多段加速の先にある最速の剣。
その名は――
「――――《鋒雷》ッッ‼」
肩に担ぐように構えた刀へ全ての速度を叩き込み、ただ全力で振り下ろす
鋒が掠めれば、鋼をも灼き断つ雷閃の轟響。
ただ一度、刀を振っただけの音とは思えない大音響が空を揺るがして――
「……………………………………………………よし、切り替えていこう」
頭部の代わりに存在する青い光、その奥に存在する弱点と思しき〝核〟……そこへ狙い違わず刃を叩き込み、確かな手応えを感じながら。
技の勢いのまま奴を通り越して、その頭上へと放り出された俺は苦笑いを噛み殺して――沈みかけたテンションを、無理やりにでも奮い立たせる。
反動で錐揉み回転しそうになる身体を制御しながら、どうにかこうにか目をやった先。盛大なダメージエフェクトを撒き散らして身悶えする大精霊様のHPゲージは、五本の内一本が半分ほどまで削れていた。
そして次の瞬間、怒りゆえか否か。【氷守の大精霊 エペル】は鯨を思わせるような重く響き渡る咆哮を上げて――血飛沫の如き赤を散らしていた光体から、今度は小さな『青』が無数に撒き散らされる。
それはまさしく……。
「【剥離の氷精】……なるほどねぇ」
手下――もとい、一度は殲滅された己が分身の補充行動に他ならない。
つまるところ、六割弱のMPと多大な集中力の行使による精神疲労を代償に得た『戦果』は、奴の総体力十分の一程度であり……。
「勘弁してくれ……」
これからもう一度――光の拍動が激しさを増してお怒りな様子の大精霊様を相手に、仕切り直しというわけだ。
よしOK。もう一回、声を大にして言わせてもらうぞ。
「勘弁してくれ……!」
……そんな泣き言への返答は、残念ながら。
情け容赦なく再展開された、無数の魔法陣の輝きのみであった。
明らかパーティ攻略前提ボスの体力を一撃で一割持ってくの勘弁してください。