雪中の喧騒
これまで情報としても実体験としても蓄えてきた常識として、アルカディアは街の外=そこら中にエネミーが跋扈する無法地帯というメイキングはされていない。
モンスターはそれぞれ縄張りや生息域を持っており、このゲームで『フィールド狩り』を行うには彼らのホームを特定した上で足を運ぶ必要がある。
もう何度も思ったことだが、つくづくこの世界はMMORPGらしくないというか。
他に適当な名称がないためVRMMOなどと呼ばれてはいるが、総合的にはやはり似たような別ジャンルと考えた方がいいのかもしれない――
さておき、それでも一度その『縄張り』に足を踏み入れたなら、雄大かつ穏やか極まる『隔世の神創庭園』はその様相を瞬く間に変貌させる。
つまり、どういうことかと言えば……
「っ゛なぁああぁあああああ‼ ちょちょ待て怖い怖いタイムッ‼」
ヤベーとこにお邪魔すれば、それっぽいお祭り騒ぎ――引っ切り無しに湧き出すエネミーに追いかけ回されるような、実にMMOらしい体験もできるということだ。
我ながら情けないガチ悲鳴を上げつつ、積雪を蹴散らしての全力疾走。この逃走劇を始めて、果たしてどれだけ時間が経っただろうか。
登山を始めた直後から容赦なく牙を剥き始めた【極白の万年氷峰】の猛威は、一度ターゲットした侵入者を見逃す気は更々ないらしい。
さて、なにが怖いのか?
そんなもの、背後から波濤の如く迫り来る、凶悪な面した無数の追跡者たちのことに決まっているだろう。
――氷山に住まうエネミーその1、透明オオカミこと【雪隠れの氷牙狼】。
その名の通り真白な体色で吹雪に紛れて姿を消し、四方八方から奇襲を仕掛けてくる厄介を通り越したド畜生エネミー。
なにが酷いって、『群れ』などという表現では生温いその圧倒的な数だ。群れ内での連携に止まらず群れ同士で連携を行っている節があり、一つの集団を振り切ったかと思えば行く手で別の集団に即囲まれてしまう。
おそらく、その場に留まって襲い来る集団を一度殲滅するしか落ち着く手段は存在しないと思われる。正直、コイツらだけならそこまで脅威でもないのだが……。
エネミーその2、雪男こと【白景滲の巨腕】。
これもまたその名の通り、直立状態で地に届くほど長い腕を備え、白い剛毛で身を守る体高三メートル越えの巨躯の猿人。
オオカミが仲間と連携を取るための遠吠えに反応してどこからともなく現れ、一度プレイヤーをターゲティングすると執拗にどこまでも追いかけ回してくる粘着気質のクソッタレ。
剛毛を纏う胴体部分ではあるが【愚螺火鎚】の直撃を耐える馬鹿耐久、かつ見た目に違わぬ馬鹿力を備える純物理パワーファイターだ。
ならば鈍足かと思いきや平気でオオカミ連中を凌ぐ敏捷性をも備えており、雪に足を取られ空中機動も自粛している俺を難なく追跡してくる程度には身軽。
更にふざけた特性として、HPが減ると周囲でウロチョロしている氷牙狼を捕食して体力を回復するアグレッシブ&バイオレンスな心折設計。
なお番なのか親子なのか知らないが、必ず大小二体セットで出現する。
なので片方が体力回復中はもう片方が護衛するという、見事なコンビネーションを披露してくれる行き届きっぷりだ。おたくら中ボスかなにか?
あとシンプルにビジュアルが怖い。雪山で雪男に全力で命を狙われ追いかけられるとかただのホラーだし顔怖過ぎなんだよ少しくらいデフォルメを考えろ。
まだまだいくぜエネミーその3、謎の発光体こと【剥離の氷精】。
稀かつ唐突に現れては一発デカい『無差別氷柱落とし』的な範囲魔法をぶっぱした後に去っていく、馬鹿迷惑極まる謎オブ謎エネミー。
シンプルにクソ、ハイ次。
エネミーその4、【霜響の一角鹿】。
凍っているのか総氷製なのか判断が付かないが、とにかく巨大な氷柱の如き一本角を備えた白斑模様の鹿であり、被害者枠に見せかけた間接的殺意の塊。
イエティやオオカミが発見すると積極的に捕食に走ることから『弱肉』カテゴリなのだろうが、捕食者から逃げるための生きる知恵がプレイヤーにも牙を剥く。
具体的にはやけに気色悪く甲高い声で雄叫びを上げたかと思えば、ご自慢の一本角が光り輝き範囲スタンを引き起こす波動を無差別にバラ撒いてくる。
基本的に逃げる先でエンカウントする都合上、真っ先にその影響を受けるのは当然ながら騒ぎの先頭を走る俺。
それ即ち、足を止めた傍からデバフの効果範囲外で難を逃れた追跡者たちが怒涛の勢いで距離を詰めてくる訳でふざけんなお前マジやめてくださいッ!
――といったところで、感想というか結論を述べようか。
「ソロで来るところじゃないよなこれぇ‼」
向かう先でまたしても姿を現した馬〝鹿〟野郎の首を兎短刀の紅刃で両断し、速度を緩めぬまま死ぬ気でラン&ラン。
目下最大の脅威であるイエティの撃破を狙うのは、邪魔者が多過ぎてタフなHPをチマチマ削っている暇がない&回復行動の阻止が困難なため断念。
オオカミに関しても隙を見ての小兎刀投擲などで間引いたりはしてみたが、多少なり減ったところですぐに別の群れとエンカウントするのでThe・不毛。
更にそのオオカミ共が物魔両刀で追尾型の高速氷弾を撃ってくるしで、安易に跳ぶと敵の手数が増える――これもう真面目に詰んでいる気がしてきたな。
ちょっと真面目に《絆の道扉》でソラさんを召喚するか悩み中……いや、まだだ、まだ終わらんぞ、まだ負けてねえ!
吹雪の中で極めて視認しづらい氷弾まぐれ当たりの可能性が捨てきれないため、この状況で体力を減らすのは極めてリスキーだが……――博打を打たなきゃ打開の目がないのであれば、選択肢などありはしない。
この環境下で調整のための水魔法は自殺行為、ならば行くぜ全力開放!
「《空翔》ッ!」
逃げに徹していたおかげで未だほぼ満タンなHPを確認した後、【海星蛇の深靴】の補助をOFFにした加減なし出力百パーセントで真上へと踏み切る。
《空翔》の自傷ダメージにより本来十割を持っていかれるはずのHPは、特殊称号『曲芸師』の権能により九割でストップ。
更に無茶な瞬間加速によってステータス超過の負荷がアバターに襲い掛かるが、ゴリっと減って消え失せたはずの最後の一割は特大のインチキによって補充――もといなかったことにされる。
首の後ろで【紅玉兎の髪飾り】が砕け散り、特殊効果《決死紅》が発動。
一足で空高く舞い上がった俺と、眼下の追跡者たちとで一瞬のお見合いが発生して……膠着は刹那――俺が死ぬかお前らが死ぬか、弾幕勝負の幕開けだ。
《フリップストローク》起動、しからば飛んでけ!
「【刃螺紅楽群・小兎刀】ォッ‼」
王冠と紅光を纏い、乱れ撃つは赤の短剣。
スキルの効果で指先が触れた傍からカッ飛んでいく小兎刀の雨が降り注ぎ、撃ち上げられた氷弾と喰い合いながら【雪隠れの氷牙狼】の群れを殲滅していく。
おそらくは雪隠れのほうもなんらかの魔法なのだろう。氷弾を撃つ際は迷彩が甘くなり、ギリギリ目視が効くようになるのがまだ有情。
いやお一人様には全然有情じゃないわ絶滅しろド畜生共ッ!
落下しながらの小兎刀連射に加えて、弾幕をすり抜けてきた氷弾を右手に喚び出した【輪転の廻盾】で片手間に撃ち落とす。
追尾型は追われる形なら面倒だが、迎え撃つのであれば軌道が読みやすく対処は容易――とまでは言わないが、気合でなんとかなる範疇。
相棒の魔剣に比べりゃ弾速も数も足りてねえぞハイ最後の一匹ぃッ‼
確認できる限りのオオカミを殲滅し終えれば、次なる標的は勿論のこと『餌』を失った【白景滲の巨腕】。
目立つデカいほうに狙いを定め、《兎乱闊躯》で虚空を叩き落下針路調整――そして当然の如く巨腕を振りかぶりカウンターの体勢を取った猿人を見やり、起動するは《リフレクト・エクスプロード》。
《リフレクト・ブロワール》から進化したこのスキルの効果は、その名の通り。即ち……爆発反応装甲は男のロマンッ‼
鞭のようにしなって迫り来る剛腕と、赤熱しているかのようなライトエフェクトを纏った【輪転の廻盾】が接触し――炸裂した爆炎の如き真紅の波動が、迎え撃つ一打を更なるカウンターで吹き飛ばす。
進化前とは比べ物にならない威力の盛大なダメージ判定に、イエティは堪らず野太い悲鳴の雄叫びを上げて……ハイ隙あり。
いくらタフでも、脳天ぶち抜かれたら効くだろう?
「《ウェアールウィンド》」
風エンチャントからの、情け容赦無し盾+右正拳による顔面拳撃――からのぉ!
「《鋒撃》‼」
呼び掛けに応えた【空翔の白晶剣】による、ゼロ距離顔面パイルバンカー。相手は死ぬ……おうコラ今更なにしに来やがった謎精霊、疾く去ね。
霊体めいた見た目によらず物理無効ではない時点で、大魔法の詠唱で長々と無防備を晒す【剥離の氷精】は手を割く余裕さえあれば対処は容易だ。
コートのポケットから取り出した高級魔法薬の栓を親指で跳ね飛ばしながら、もう片方の手での小兎刀投擲で光の核を撃ち抜いて雑に処理。
そうしてわざとらしく余裕の振る舞いを披露した俺を見つめる最後のイエティが、やけにコミカルな仕草でおたおたしながら後退り――
「さあて……今度は俺が鬼な。三つ数えてあげよう、ほらお逃げ」
宣言通り、三秒後。
抜き放った【早緑月】の翠刃が、猿人の凶悪な面を滅多斬りにして……雪山のモンスターパニックは、一旦の終幕と相成った。
――ひとつ言っていい?
「雑魚戦のカロリー量じゃないぞこれ……」
この雪山、想像以上に辛いが過ぎる。
勿論またちょっと進めばもう一回遊べるよ、楽しいね。