空を翔ける
――と、いうことで。
鳥肌モノの推定リアルファンタジー案件をさておいて、俺には成すべきことがある。
若干ながら居座りたそうな気配を見せていたアーシェには申し訳ないが、わりかしアレコレ未消化のタスクが溜まっているのだ。
なので、今日のところは大人しくお引き取り願い仮想世界へレッツドライブ。
ここ最近はすっかり仮拠点的に利用させてもらっている円卓へと降り立ち、現実の肉体から超人アバターへの急激な感覚変遷を馴染ませるべく伸びを一つ……思えば、この〝切り替え〟にも随分と慣れたものである。
アルカディアを始めたばかりの頃は、ログイン&ログアウトの度に劇的な体感覚のギャップでしんどい思いをしてたっけな――さて。
「よう後輩。今日は早起きだな」
「言っとくけど、別に完全夜行性ってわけじゃないからね」
ログインしてきた俺をノーリアクションで迎え入れた先客に目を向ければ、いつぞやのように作業中の少年――テトラは顔も上げずに言葉を返す。
ちなみに現在時刻は午後四時過ぎ、普通に夕方だ。
「今日も特訓?」
「いや、今日明日は休み……休みってか、囲炉裏が用事あるってだけだけど」
「ふーん。じゃあなにしてんの、パートナーの付き添い?」
「残念ながら、俺にはサボってる暇も余裕もないんですわ」
「はは、言えてる。どこ行くの」
「ちょっと北まで」
「絶対ちょっとじゃないでしょ」
テンポよく言葉を投げ合いながら、男二人で気安く笑みを交わす。
いろいろあって――というか、これからいろいろある訳だが、以前にも増して距離が縮んだ実感のある後輩(先輩)様である。
四柱前後からの気遣いといい、今回の〝提案〟といい、借りばかりを増やしているのが少々申し訳なくもあり情けなくもあるが……。
まあ、後輩ですし。そこは素直に『先輩』に甘えさせていただこう。
「集まるのは、明日でいいんだよね」
「あぁ、時間も予定通りで頼む。深夜じゃないから、ちゃんと早起きしてくれよ」
「だから、そこまで夜行性なわけじゃないってば」
黒猫めいた少年は現在じゃれあう気分ではないらしく、すげもなく「シッシ」と追い払うような手振りと共にジト目を頂戴する。
先輩とはいえ、自称年下に怒られるのはメンタルダメージが割とデカい。揶揄いムーブもほどほどにしておこう――と、肩を竦めてさっさと退散しようとしたところに、ピロンとなにやらメッセージを受信。
はてさてどちら様……おうコラ、距離二メートル弱からお手紙送信すんな。
「え、なにこの素材らしき名前の羅列とマップデータは……」
「北に行くんでしょ。時間あったらでいいから、ついでに拾ってきてよ」
「いかにも毒々しい生物の部位っぽい名前だらけなんですけど、これってその辺に落ちてて拾えるもんなの?」
「んー……ほら、結構『貸し』があると思うんだけど?」
「仰る通りだよ行ってきまァッ‼」
いや、まあ、後輩ですし……――パシリの一つや二つくらい使われてやらぁ!
◇◆◇◆◇
戦争で大暴れして以来、顔が知られた俺のアバターはどこへ行こうとも人目を引く。しかしながら、声を掛けられたり絡まれたりということは滅多にない。
精々が挨拶されたり手を振られたりといった程度で、なんというかむしろ距離を取られているまである――というのも、ひとえに先輩方のおかげなわけで。
初期……というか、序列持ちが大々的にスター扱いされ始めた当初の頃は、そりゃもう大騒ぎというか酷い有様だったらしい。
街を歩けば即座に囲まれ、フィールドに繰り出しても追っかけが付き、連日連夜『自由』など夢のまた夢。まともなゲームプレイなど望めたもんじゃない。
その辺のゴタゴタを先輩方が放置せず、骨を折って秩序を築いてくれたからこそ、俺含む新規の序列称号保持者たちは甚く楽をさせてもらっている。
勿論、元々アルカディアプレイヤーが『人種のサラダボウル』ことオンラインゲームにあるまじき、選定された人格者の集団であったことも大きい。
しかしながら、やはり先頭で音頭を取った者たちの功績は巨大である――ゴッサンやアーシェ、ういさんたち最初期序列組には頭が上がらんな。
彼ら彼女らのおかげで、俺もこうして気楽に一人歩きができるのだから。
「んー……久々の孤独感」
街の外周、最北部。外壁など存在しない開け放たれた都市の端っこ、目に付いた最も高い建物の屋根上にて。
わざとらしく呟いた独り言が、予想以上に寒々しくて笑ってしまう。
ここ最近は本当に仮想世界でも現実世界でも一人になるということがなかったから、自分でも驚くほどにテンションの置き場が迷子である。
俺、本質的にはやっぱパーティプレイが好きなんだろうな……若かりしあの頃、ソロプレイカッケーとMMOで孤独を極めた男はもう死んだ。
極めたというか、所属してたギルドがクラッシュして自動的にぼっちになっただけなんだけどさ。人間関係の盛大な爆発四散劇を垣間見たせいで、すぐまた別のとこにお邪魔しようって気になれなくてなぁ……。
――いや過去の笑い話なんざどうでもいいんだわ。
「さて……行くか」
体幹抜群上限突破のアバターでもって、不安定な足場で屈伸運動気合充填。
下方からチラチラ飛んでくるプレイヤー諸氏の視線へ、適当極まるピースサインを返しつつ……孤独だなんだと思いながら、同時にワクワクしている俺がいる。
ここ数日の特訓で、試運転は十二分。
快速特急の脚元を支える新たな装いは流石の【遊火人】クォリティ、文句無しだ。しからば、頼むぜ――【海星蛇の深靴】よ。
元々の形状や造りは崩さぬまま。リファインされたブーツの金属部分に輝くのは、星屑の如き金色の粒を内包する深い青色。
岩石蟻の大巣窟から持ち帰った稀少鉱石の一つ。水の力を秘める魔鉱によりアップデートされた靴で、存分に足元の屋根を蹴飛ばし――
「《空翔》」
呟いたキーワードに、反応するスキルは二つ。
ひとつは当然、暴力的かつ制御不能な瞬間加速によって数多の俺を亡き者にしてきた致死スキル《空翔》。
そしてもう一つは……【海星蛇の深靴】の追加能力によって《空翔》の起動に紐付けされた水魔法――《アクア》だ。
以前【神楔の王剣】相手にも披露した、ゲーム的かつ極端な『水』の負荷効果を逆手に取った裏技的な攻略法。
ブーツを基点に自動発動した《アクア》によって生み出された水が、瞬時に蹴り足を水没させ……ちょうどよく鈍った感覚が、手綱となってじゃじゃ馬を捉えた。
出力三十パーセント、進路まっすぐ――――さぁ、飛んでこうぜッ‼
虚空を踏み抜き、視界は意味を喪失する。
されど目一杯に広がる一面の青に、障害物などありはしない――さあてどこまで行けるのか……とりあえず、軽く直線距離千キロ越えから目指していこうか!
水飛沫を散らして宙を蹴飛ばした瞬間、その姿はあらゆる視線を振り切って。
銃声の如く高らかに響き渡った炸裂音だけが、呆気に取られる見物人たちへの置き土産として残されていった。
ロケット燃料は己の生命、なお当然のように踏み倒す模様。