ボスと勇者と一般人
――さて。世界で唯一の仮想世界を実現した『四谷開発』の代表殿に、暇な時間などそうそう存在するはずがない。
となれば直接その身で顔合わせの場に現れたのも、律儀に俺のマネージャー役と顔を合わせるために……というまさかの理由である訳もなく。
実際そちらはオマケというか、『時間を取ったついでに四條の娘とも挨拶を交わしておこう』くらいのものだったのだろう。
ある程度の談笑を経て信頼関係の端を発してからは、彼自慢のメイドさんが存分に手腕を振るったお茶を楽しんだ後さっぱりと解散。
では、オマケではなくメインの用事はなんだったのか?
それは勿論、俺と――正確には、俺たちと〝話〟をするためだ。
代表補佐こと千歳さんの運転する車に乗せられて、舞台は移り『事務所』から『本社』――俺も一度【Arcadia】を発注する際に訪れたことのある、都会の中でも更に際立つ巨大なビルへと迎え入れられた。
「では、必要とあればお呼びください」
「あぁ、ありがとう」
あれこれ考えている暇もなく連れられるまま、ご招待に与ったのは巨塔の天辺……ではないが、広々としたエレベーターに長々と揺られ辿り着いた上階にある、社長室ならぬ代表室。
大きなテーブルを挟むソファの片側に上司が腰を下ろしたのを見止め、頭を下げて退出する部下。そして手を挙げて感謝を示す代表殿。
――で、
「こんにちは」
「ハイこんにちは」
その対面に座った俺の横には、先に着いて当然の如く寛いでいたアーシェの姿。
多忙極まる徹吾氏のスケジュールが空き、ようやく叶った本命の顔合わせ。即ち、これから始まるのは引っ張りに引っ張った『社外秘』のネタばらし。
「では、始めようか」
それは言い換えれば、
「えぇ、始めましょう」
対千歳和晴に引き続き――無敵のお姫様の、尋問タイムPart.2である。
「最初に、断りを入れさせてもらいたい」
まず口火を切ったのは、徹吾氏から。
「〝代表〟と名乗っていることから、君たちは既に察しているだろうが……私は『四谷開発』の――正確には、【Arcadia】に携わる者の頂点ではない」
と、初っ端から衝撃の発言ではある。
しかしながらその程度のことは、【Arcadia】の発表当時から既にありとあらゆる憶測が散々に世間で飛び交った後である。
時が経ってから軽く調べた程度の俺ですら、そのぶっちゃけに今更「マジかよ」と驚いたりはしない。隣のアーシェも反応はナシだ。
「ゆえに、そもそも私にさえ伝えることが許されていない事項がいくつもある。それについては、申し訳ないが了承してもらいたい」
「わかりました」
「了解です」
支える立場を買って出た者、そして『依頼者』として、彼は基本的に俺たちを尊重……どころか、自分よりも上の立場として扱う傾向があるように思える。
それを隣のお姫様がどう思っているのかは知る由もないが、俺としては畏れ多いこと甚だしい――が、その誠実さは押し潰されそうなほどに伝わってくる。
真摯に頭を下げてみせた契約相手の願いに、是非も無しといったところ。というか正直なところ切に一秒でも早く顔を上げてほしい胃が痛いから。
「ありがとう――それでは、答えられることには答えよう」
厳かな雰囲気を纏ってはいるものの、泰然と微笑んで見せた徹吾氏の表情は柔らかいものだった。先日『私も神様相手は緊張する』などと言っていたくせに、アーシェも普段通りのお澄まし顔。
一般人メンタルが俺しかいねぇ、話を振られるまでは大人しくしてよ。
「…………では、まず――」
一拍の思考を経て、問いを促されたアーシェが順番に疑問を並べていく。
四谷徹吾が『代表』であるならば、彼の言う『頂点』は何者なのか。
運営開発の立場であるにも関わらず、自分たちに『ゲームクリア』を依頼してそのサポートをする目的や意図は一体なんなのか。
そもそもこれまでの口ぶりから、彼ら四谷開発が【Arcadia】を全くコントロールできていないように思えるのは何故なのか――
などなど、溜め込んでいた疑念が濁流のように放たれるが……流石というか、らしいというか。やたらめったらに問いを投げ付けているようで、その内訳は綺麗にカテゴライズがなされていた。
即ち――
「成程……あぁ、君の推察通り、それら全てが私には答えられない問いだ」
「そう、ですか」
と、まあそういった訳で。
取っ掛かりとして、四谷にとってのクリティカルラインを見極めたかったのだろう。アーシェは答えが返されなかったことに、アッサリ納得してみせる。
日和って聞き役に徹する俺としても、予想を外れる点はなにもなく――なればこそ、続く彼の言葉には少しばかり驚いた。
「だが、部分的に……完全ではない解答ならば、ある程度は許されている」
しかしそれでも、隣のお姫様の表情はこゆるぎもせず……。
まさかとは思うけど、『答えられないであろうこと』じゃなくて『部分的には答えられると思しきこと』を推測&選別して叩き付けた感じ?
あ、そりゃダメだ流石についていけませんわ。本格的に気配消しとこ。
「とはいえ、これも立派な〝社外秘〟――そもそも『四谷開発』は、本質的には会社ですらないのだが……まあ、とにかく〝重大な秘密〟には変わりない」
言いつつ、腰を上げた徹吾氏がそれっぽい社長デスクへと歩いていき……その傍らの壁際に設置された、縦長の長方形をガチャリと開ける。
そして取り出されたるは、一本のボトル――ちょっと待って嘘でしょそれクーラーボックス的なアレ?
外見木製にしか見えないというか、コートロッカーかなにかとばかり……。
「長くなるだろう、堅苦しいのはナシにしようじゃないか」
続けて、更に傍らの棚からグラスやら何やらを取り出し、茶菓子を用意し――呆ける俺とアイリスを他所に、大きなテーブルをもてなしで埋めた徹吾氏が〝手本〟を見せるように人懐っこく笑みを見せる。
果たして、その気安い笑みと言葉が――
「これからの話を聞く以上……君たちも、正しく〝身内〟になるわけだからね」
本当に、気安いものであればよかったのだが。
日和って会話に混ざることを放棄した上に気配を消す主人公がいるらしい。