代表とシェフとメイドとマネージャーと曲芸師
密かな自慢だが、小学校の頃から授業ノートの取り方をよく褒められていた。
情報処理というか、整理と記録が上手かったのだろう。貸せば同級生に、提出すれば教師に綺麗だの分かりやすいだのと言われて鼻が高かったものだ。
そのスキルは腐ることなく年々磨かれていき、大学生になった今でも存分に発揮されている。そら見ろ、この芸術的にまとめられた我がノートを――
「………………なに書いてあるのかサッパリわかんねえな」
「自分でまとめといて、なに言ってんだお前は」
堂々と開いたページを端から端まで眺めまわし、その内容の難解さに潔く負けを認めて匙を投げる。隣に座っていた俊樹はと言えば、当然の如く苦笑いだ。
流石の難関大学様というか……舐めていたつもりは一切なかったのだが、物の見事に置いて行かれてしまった。
「まぁ仕方ないんじゃない? 単純にそれどころじゃないんだし」
と、逆サイドからは相方と俺を挟んでいた翔子のフォロー。それはもう真実その通りなんだが、仮想世界を言い訳にはしたくないよなぁ……。
普通に大学へ通い続けると決めたのは、他ならぬ俺自身なのであるからして。
「悪いんだけど、いよいよミリも理解できなくなったら勉強会とか……」
「お、いいじゃんやろうよ楽しそう」
「俺も構わねえけど、そんなことやってる場合か?」
「あー……しばらくは無理だなぁ」
現実と仮想、両世界に席巻されてギッチギチの我が日常。
どうにかこうにか激流のようなそのペースに慣れてきて、ある程度は精神的な余裕も取り戻しつつはあるものの、だ。
美稀曰く――『望まれる責任が大き過ぎるがゆえに、学業と並行なんて可能とは思えない』だったか。いやはや、全くその通り。
『現実世界の一般学生』と『仮想世界の序列持ち』の両立は、中々のミッションインポッシブル具合。
充実の過積載が過ぎて、明日すらも碌に見えないままであった。
「――楓、お待たせ」
本日最後のコマを終え、俊樹たちと別れた足でそのまま〝待ち合わせ場所〟へ。先に来ていた友人……兼マネージャー様へと声を掛ければ、振り返った彼女はいつも通りにほわんほわん笑いながら「お疲れさま」と手をヒラヒラ。
表向きのスポンサーこと四條の御令嬢は、今日もご機嫌麗しいようで。
「ごめんな、急に時間取らせて」
「謝られても困っちゃうなぁ。希君が呼び出したわけでもないんだからさ」
校門付近の人混みに紛れながら、あれこれ秘密を共有するうち互いに慣れ切った空気のまま言葉を交わす。
「あー……じゃ、ありがとうかな。今日はよろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリペコリとわざとらしく頭を下げ合って、挨拶代わりのじゃれ合いを一つ……その後、辺りを見回してみれば――
「迎え、もう来てるみたいだ」
目の届くところに停まっているのは、見覚えのある車。ナンバーも記憶通りとくれば、車内で待っているのはウチのシェフに間違いないだろう。
「それじゃ、行こっか」
「見た目によらず度胸あるよね楓さん」
「ふふ、これでも心臓バクバクですよー」
俺が視線で示した方へと、躊躇うことなく率先して歩きだす楓。そんな彼女に感心したように言えば、お嬢様は強がるように笑ってみせた。
あぁ、成程。確かに頬がわずかに引き攣っていらっしゃる。
で、談笑しつつ近付いた俺たちを迎え入れるように、自動でドアを開けた車の中へと乗り込めば――
「やぁ、こんにちは。四條楓さんも、直接会うのは初めましてだね」
「はい、初めまして。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。千歳和晴です」
いつだか『少しソラと似てる』などと思った楓だが、同じお嬢様でも俺のパートナーよりこう……なんというか、それっぽい。
単純に年上なのもあるだろうが、堂々としているというか物怖じしないというか、それなりにオーラのある千歳さんを前にしても泰然とした振る舞い。
同年代目線で、素直に格好良い――ファン化するとアレなのになぁ……。
「挨拶は落ち着いてから改めてにしようか。すぐに向かって構わないかな?」
「大丈夫です」
楓と一緒に、首肯を一つ。ルームミラー越しに視線を交わせば、彼は頷きを返してエンジンを掛けた。
◇◆◇◆◇
――とまあ、千歳さんこと『代表補佐』に対しては堂々たる様を披露してくれた四條の御令嬢であったが、
「初めまして、四谷徹吾です」
「は、はいっ……あの、し、四條楓と、申します……!」
流石にというか予想通りというか……天下の四谷代表が相手では、彼女の『鎧』も強度不十分だったようで。
徹吾氏を前にしてガッチガチに緊張している楓の気持ちはよくわかる。雰囲気というか覇気があるからなこの御仁は。
素の中身は強引グマイウェイな子煩悩お父さんなんだが。
場所は俺の時と同じく、以前もお邪魔した例の事務所。初となる直接の顔合わせを果たした面々は、俺と楓を含めて計五人。
徹吾氏、千歳さん、そして俺のパートナー……では勿論なく、久々の謎メイドこと夏目さんである。
「華菜さんや芳樹君は、元気にしていらっしゃるかな」
「あ、そ……それはもう! 母は特に、元気過ぎるくらいで……!」
と、俺の与り知らぬ話題……とも言えないが、挨拶代わりの談笑でコミュニケーションを取り始める『四谷』の当主と『四條』の娘。
宗家だの分家だのと、おおよそ現代に生きる一般人が触れる機会のない、ファンタジーな関係性の話は聞いているが――
「どうぞ。お久しぶりですね」
「どうも。お久しぶりです」
俺には理解できない類のアレな上に、雇用だのスポンサーだのマネージャーだのといった話を最初にした際「特に気にしなくていい」と言われている。
ので……シレっと会話から外れて供された珈琲に舌鼓を打ちながら、お話しましょうオーラを全開にしているメイドさんとレッツコミュニケーション。
相変わらず、結構なお手前で。俄か仕込みの俺では足元にも及ぶまい。
「その後、私のお嬢様の様子はいかがでしょうか?」
「いかがとは?」
「可愛いですか?」
「質問の意図が」
「可愛いですよね?」
「相変わらず百自由ですね夏目さん」
「可愛くないんですか?」
「話通じねえなこのメイド……」
わざとやってるのは流石にわかるし、その意図というか腹の内も大体読めてはいるんだが……これ、多分ソラも困らされてるんだろうなぁ。
からかい好きの姉メイドに、純真無垢な妹お嬢様――キャラ性が強過ぎる。
……あれ? というか、
「えっと……いいんです?」
未だにアワアワと徹吾氏のお相手をしている楓の方をチラと見ながら、『秘密』を表すべく沈黙のジェスチャー。
というのもソラこと四谷御令嬢の存在は、世間一般に知らされていないトップシークレットのはずであったからで――
「親戚同士だからね。流石に、四條家は知っているよ」
と、疑問に対する回答は傍らの代表補佐から。
「あぁ、成程」
そう言われれば、当然と言えば当然か。
一瞬焦ったが、そういうことなら安心――なんだその顔は。年上の女性に見つめられるの、落ち着かないんで勘弁してくれます?
「危機管理がしっかりしているのは、私的には高得点です」
「…………なんの配点なのかは、聞かないでおきましょう」
中々にカオスなスタートを切った顔合わせ会だが……少ない時間でも、とりあえず確信を持って言えることが一つだけ。
この場で最も曲者なのは――外見内面どちらを取っても、この謎メイドさんに違いないだろう。
女性陣が面白枠しかいねぇ。