大望を見据えて
――極限の集中下において、まず消え失せるのは音だ。
剣戟の音も、なにもかも、聞こえているのに聴こえない。認識しているのに意識の外、そんな言葉に言い表せない不可思議な感覚。
そういう状態に入った時は、自分で言うのもなんだが俺はわりと無敵だ。
相対する〝敵〟がどう動くのか、なにを考えているのかがなんとなくわかるし、身体は自由自在という言葉では足りないほどに思いのまま動かせる。
負ける気がしない――などと恥ずかしげもなく豪語できる、そんな状態。
なのだが……それでもなお問答無用で『マジ無理、勝てねぇ』と匙を投げざるを得ない相手が、現状二人ばかりいる。
最強こと【剣ノ女王】様に、我が師こと【剣聖】様。言わずもがなの俺調べツートップのお二方――やはりというか、その二人だった。
そう、だった。
別にそれ以外にも数多いる実力者たちを侮っていた訳では断じてないが、なんだかんだで彼女らを〝別格のツートップ〟としてカテゴライズしていた俺は……。
所詮はまだまだモノを知らず、理解も浅い新参者なのだと――徹底的に終始わからせられる毎日を送っていた。
「っぃづぁ!?――んのッ……‼」
【剣ノ女王】と【剣聖】を彷彿とさせる馬鹿馬鹿しいまでの剛剣に刀を弾き飛ばされ、空いた両手へ咄嗟に喚び出した二本の紅短剣を、
「遅い」
「ッ――」
疾風の如く閃いた刃が、即座に容易く砕いて捨てる。
驚愕している暇もなければ、今更このくらいで驚いていられる無知でもない。
しかしながら、またも確実に予想を上回った〝敵〟の動きに咄嗟の後退を余儀なくされて――瞬間、負けを悟る。
「――――……、……………………っんだぁあああアア‼ 畜生……ッ‼」
正真正銘、ステータス全開及び全力のバックステップ。
その高速機動に当然とばかり追従してきた真白の刃を首にピタリと突き付けられて……また一つ敗北を積み重ねた俺は、心の底からの悔しさアピール。
「さて、これで何連勝かな?」
「九十九連勝」
「成程。それじゃ、キリよくもう一戦といこうか」
「勝つ前提……ッ‼」
傍らで観戦しながら〝分析役〟を行ってくれている青色娘。リィナの口から無残な戦績を告げられて、延々と刀を交わし続ける俺たちの表情は対照的。
即ち、常勝の強者と常敗の弱者――囲炉裏と俺との実力差は、シンプルに凹むほど隔絶としたものがあるわけで……。
「お兄さんさぁ。自分ばっかり凹んでないで、始めて三ヶ月ちょいの新人に本気の新スタイル出さなきゃいけないイロリンの気持ちも考えなよー?」
「おい、喧しいぞ外野」
「その人、お兄さんが思ってるより必死だからね。負けず嫌いの権化だよ」
「よしわかった。今度はお前の番だ」
と、サポートでもなんでもない単なる賑やかし役を全うするミィナを囲炉裏が構いに行き、俺の記念すべき百連敗はしばし未来へと引き延ばされた。
………………ダメだな、俺も俺で負けが前提になってしまっている。
アバター運用の調整を目的として、先日の会議翌日から始めたこの立ち合い。果たして、まともに一本取れる日はいつ来るのやら……。
「――やっぱり、あの〝糸〟は使わない?」
「……使わない。使っちゃ意味がないからな」
脱力するまま訓練場の床に大の字で転がれば、すぐ傍に近付いてきたリィナと何度目かになる問答を繰り返す。
当然というか、俺の中で基本的に《極致の奇術師》は禁じ手の扱いだ。
PvPだろうがPvEだろうが、自分が死ぬ前提の勝ちを望めない力を素直に手札として数えるわけにはいかない。
勿論、四柱戦争のように『チームとして勝てばいい』状況であれば、反則的な死札を切ることも吝かではないが……常にアレを当てにするのはダメだろう。
いつかのように勝ちを捨てて遮二無二挑めば、現時点でも囲炉裏に拮抗できるだろうという自負はある――が、その自負は自信にはなってくれないからな。
それに、ほら――相棒も、頑張っていることだし。
「その調子よソラちゃん――それじゃ、もう十本追加してみましょうか」
「は……っ、ふぐ、ぅ……! っは、はいぃ……ッ‼」
俺と囲炉裏が人外チャンバラを繰り広げていた一画の隣。少し離れたその場所では、こちらとは方向性の違うスパルタが展開されている。
目を閉じ顔に汗を浮かべながら両手を宙にかざす我がパートナーと、その周囲に侍る無数の炎剣。
そしてそれら白炎の刃に照らされながら、穏やかに少女を見守る鬼教官。
誉め言葉からサラッと提示された更なる無茶を、なんとか実現しようとソラがギュっと力を振り絞るように眉根を寄せて――
「ありゃ」
「頑張った」
俺とリィナが見守る先で、カクンとその膝が折れた。
傍らにいれば反射的に支えただろうが……俺が飛んで行かずとも、すぐ側にお優しい鬼教官様がいらっしゃるので問題ナシ。
「四十七本――新記録よ、頑張ったわね」
崩れそうになった身体を抱き留めながら、すかさず笑顔と言葉の飴の雨。
マシンガンばりに容赦なく飴と鞭を連射してくる〝先生〟――雛世さんに、流石にそろそろ慣れてきたのかソラさんは苦笑いを隠そうともしない。
それはひとえに、
「でも、実戦では十五本が限度といったところかしら? まずはキリよく五十本を目指して、続けていきましょうね」
「ぁ、ハイ……」
飴の後には、間髪入れず鞭が来ることを学習済みだからだ。
「で、君はいつまで寝てる気だ?」
「うげ……」
そして俺とて当然、いつまでものんびり相棒を眺めているわけにはいかず。
すぐ横から影を降らせた自身の鬼教官へ向けて、もうちょい休ませろと抗議の視線を送ってみる。十中八九、受理はされないと諦めながら。
「なんだその顔は――ほら立て、これで百勝目だ」
「百戦目なッ……‼」
『白座討滅』を掲げ、本格的にプロジェクトが始動したあの日から。
いろんな意味で頼もしすぎる先輩方に揉まれるまま。贅沢な修練の日々を過ごす俺たちは、俺とソラは切なくなるほど容赦なく扱かれながら――
「うん、その調子――それじゃまた十本追加で。教えたコツを意識してね」
「さっさと構えろ――泣き言は聞かないぞ【剣聖】の弟子」
「「……ハイ」」
少しずつ確実に力と経験を積み、ただ真っ直ぐに〝その日〟を目指していた。
三章の第三節、張り切って参ります。