和気藍々
【剣ノ女王】ことアイリスことアリシア・ホワイトことアーシェさんは、とにもかくにも行動の一つひとつに躊躇いや停滞を介さない。
伝えることを伝え、言いたいことを言い、有無を言わせぬ勢いでニアとのフレンド登録を済ませたお姫様は――
「それじゃ、また」
と、極めて簡素な呟きを残して颯爽と『鍵』を使い去っていった。
俺がゴッサンから預かったのと同じ、序列持ち専用の転移鍵。繋がっている先はおそらく、というか間違いなく『南の玉座』だろう。
そうして取り残された俺とニアが、ひとまず過ぎ去った嵐に息をついたり放心したり――というのが、数分前の話。
ガチガチに緊張して、己の部屋にもかかわらず借りてきた猫のようになっていた要因がいなくなったとあれば……。
「説明を要求します」
「近い近い近い」
まあこうなるというかなんというか……ソファに俺を押し込めた上で迫ってくるニアを押し戻すが、当然逃がしてはくれないようで真正面に仁王立ち。
「いつから?」
「なにが?――っうべ、おまっやめ……! コラ待て落ち着けヤメろッ……!」
「いつ、から、なか、よく、して、んのっ‼」
惚けたわけでもなく問いの詳細を訊ねただけだというのに、勢いよく顔に叩きつけられたクッションの上からボフボフと殴打の雨が降ってくる。
「よ、四柱の次の日……じゃない、次の次の日か。向こうからコンタクトがあって、それからだな……」
「その時からもうあんな感じ?」
「はい」
「ガチ恋じゃん……まっしぐらじゃん…………」
「あー、と……うわっちょ危ねぇッ!? おいコラ、マジっ……!」
そして言葉を交わした末、降ってきた本命の質量爆弾を咄嗟に受け止めて身を守る。もちろん、拳でもパンチでもなく〝ご本人様〟のお身体だ。
絵面もなにもかも百アウト、我これより慈悲なき撤去作業に入らん――
「十秒だけ…………デート一回分、チャラにしてあげるから……」
「……、…………」
どこか心細そうな声音が聞こえた、それだけで――抱きつくでもなく、ただ体重を預けてくる華奢な身体を跳ね除けられない。
意志薄弱極まりない自分に、ほとほと嫌気が差した。
――はい十秒。
「そいッ!」
「っなぁー!?」
クッション越しに圧し掛かっていた身体を抱え上げながらソファから跳ね起き、踵を基点にグルンと一回転してニアをソファにリリース。
仕上げにポイと放ったクッションをキャッチした彼女は、ぶすっと頬を膨らませて不満たらたらな顔をこちらへ向けてきてた。
「なんだよもー! そこはガバっと来てくれていいんだよ! ニアちゃんそれでも一切問題ナシなんですがぁー!?」
「アホか貴様は」
健康な青少年の理性舐めんな、ペラッペラの薄氷だぞ。
「ちなみに〝デート一回分チャラ〟ってどういう意味? サラッと聞き流したけど、俺の知らないところで謎のストックが貯まってたりするの?」
「当たり前でしょ。さっきので一つ差し引いても二桁は余裕でありますよ」
「ほう……空中散歩でも行くか? 夜は星が綺麗でロマンチックだぞ」
「時速は?」
「五百キロくらいかな」
「誰が行くかぁっ!!!」
そいつは残念――なにはともあれ、思ったよりも元気なようで安心したよ。
「ちぇー……なんだよちぇー……アーシェとか、愛称で呼んじゃってさぁ……」
「それに関しては半ば強制だったんだ、許してくれ。あいつ、普通に名前で呼ぶと当然の如く無視するからな? お前よりワガママというかやりたい放題だぞ」
「えぇ……なんか意外――誰がワガママでやりたい放題か!」
「自覚はあるだろ?」
「 あ る け ど も ! ! 」
別に、いいんだけどな。
アレコレひっくるめて、正面からお相手いたす覚悟は決めているから。
「……ズルい、特別な呼び方とか」
「そう言われましても……なにか『こう呼べ』ってのがあるなら、そうするが」
「……………………………………〝ニア〟の愛称って、なに?」
「俺に聞かないで???」
略すにしても付け足すにしても、なにをどう足掻こうが馬鹿っぽい感じを避けられない気はするな……と、若干失礼なことを考えている俺を他所に。
膨れっ面のまま口をモゴモゴさせたかと思えば、ニアはポツリと呟いた。
「……じゃあ、リリア」
「なんて?」
どっから出てきたんだよそれ――
「あたしの名前」
「…………………………あ、え……現実の……?」
唐突な自己紹介に固まる俺に対して、ニアが返すのはぎこちない首肯。なんの前触れもなく個人情報ぶっぱすんなよ……。
そしてなんだその顔は。やめろ、そんな目で俺を見るな……ッ‼
「おい……悪いことは言わない、退いとけ。この流れで名前呼ばせて自分も撃沈するのがいつものパターンだろお前……!」
そもそも現実の本名を愛称にできないだろうが――という至極真っ当な正論は堂々の無視。もはや単に名前を呼ばせたいだけだコイツ、知ってた。
「いーじゃん別に男の子でしょなに恥ずかしがってんの! ほら呼びなさいすぐ呼びなさい! できればちょっとこう投げやり気味に囁く感じで‼」
「欲望フルオープンか貴様!? あ、ちょ……近付くなコラなんだやる気かお前ッ……上等だこのやろうかかってきやがれぁッ!」
――五分後。
「だからやめとけって言ったろ、リリア」
「う、ぎゅ……」
「俺はもう慣れたが、お前はどうだリリア」
「ふぐぅ……!」
「どうしたリリア? 大丈夫かリリア? 顔が赤いぞリリア?」
「ぅ……いじめっ子ぉ‼ いじめっ子がいまぁすッ‼」
「こういうのを日本では因果応報って言うんだぞ、リリアニア・ヴルーベリ嬢」
「フルネームやめてぇっ……!」
ちなみに「ロシアではよくある名前なのか」と訊ねたところ、お母様が好きな童話のお姫様にちなんだ名前なんだとさ。
リリアニアねぇ……それ〝ニア〟がそもそも愛称なのではというね。
なにがしたいんだか、この名前に負けず劣らず可愛らしいお姫様は――
……と、俺も流石にそこまでベッタベタな台詞をぶっ放すほど、己がロールプレイに呑まれてはいない。
なのでまあ、とりあえず今回のところは……。
「で……俺ちょっとカグラさんのとこ顔出しに行くんだけど、リリアも来るか?」
「もうはよ行けぇっ‼」
「おぅ、マジの全力で押すじゃん」
いい感じに騒いだところで、一度仕切りとしておこうか。
ニマニマ顔が隠せてないぞリリアニア・ヴルーベリ嬢。
登場してから一度も主人公の名前呼んでないぞリリアニア・ヴルーベリ嬢。
※全く関係の無い私事ですが、現在どこかのアホが寝惚けながらプロフィールを弄った末の誤操作もとい奇跡的な連続うたた寝タップにより生年月日を変更してしまい、壬裕祐(2023年生まれ1歳)のついXアカウントがロックされています。
13未満は絶許だぞって秒で鍵かけられました。馬鹿か貴様は。
現在復旧を申請中につき2、3日で復活するかと思われます、お待ちくださいませ。