頂点を結んで
「それでは、えと……私はカグラさんのところに行っていますので」
「あぁ、俺も後から行くよ」
「……あの、私が言うことではないかもしれませんが」
「わかってる、大丈夫。死力を尽くしてフォローはする」
あれから赤色娘を筆頭にした『なにあれどゆこと』を適当に捌きつつ、俺これから用事あるんでエスケープを経て足を運んだ【陽炎の工房】にて。
別れ道から本日二度目となる魔工師殿の元へ向かったソラさんに手を振り、もう一つの通い慣れた順路をひた進んでいく。
建物内は飾り気の少ない無骨な造りで、実用一本を体現するかの如く目印となるような装飾やらなにやらがほぼ見当たらない殺風景なデザインだ。
見れば覚えられる俺はともかく、代わり映えしない通路や扉が並ぶ廊下は人によっては迷宮になるかもしれないな――
ここを筆頭に、扉の奥はそれぞれ主の個性で満たされているのだろうが。
辿り着いた部屋の扉をノックすれば、中から聞こえてくるのは「はい」といつもに比べてやや大人しめというか落ち着いた声音。
近付いてくる気配を感じ取ってそのまま待機すれば……おっかなびっくりといった様子で、藍色の髪を揺らす部屋の主が顔を出した。
こちらの顔を見て、キョロキョロと周りを見て。
「っ……いらーっしゃい」
「悪いな突然」
ほっと息をつき顔から緊張を抜いたニアは、俺を部屋へと招き入れる――というか、ガッと腕を掴んで引っ張り込まれる。
「こら放しなさい」
「いやですぅー」
グイグイ腕を引くまま俺を連行して、ご機嫌なのかその逆なのかよくわからん表情を見せながらボスンと背中から大きなソファに倒れ込む。
『あわよくば隣に納まってしまえ』という思惑を感じさせる勢いは、ステータスと意思をもって踏み止まらせていただいた。
「全く……唐突すぎ。ビックリした本当にもう」
「悪いとは思ってるよ本当に。どうしてもって向こうの要望でな」
「そりゃまあ、聞いてはいたから覚悟はしてたけどさー……」
今回『顔合わせ』をセッティングするにあたり連絡をしたところ、当然ながら大いに驚き取り乱したニアだが……実のところ〝もう一人〟の存在については、以前から既に伝えてある。
そもそも『あなたとは別に自分を好いている人がいます』なんてことを、伝えるべきか否かすら俺には判断が付かない。
――が、これに関しては一度アーシェに対して俺が口を滑らせてしまっているので、ニアにも教えておかないとフェアじゃないという理由があった。
電撃告白された日に、混乱するまま『もう一人あれこれなりそうな相手がいる』って言っちゃったんだよな……我ながら迂闊が過ぎる。
「念のため、もう一度だけ確認しとくけど……その、いいんだな?」
「ん、いいよ。というか、これで断ったりしたら負けな気がする。絶対に嫌」
「力強い……」
ありがたいと思えばいいのか、申し訳ないと思えばいいのか……ゼロ百で後者だな。普通の人間なら、こんな風に複数の相手へ答えを待たせるなんて状況にはならないのだろうから。
つくづく、自分本位で生きていた過去が恨めしい。
「それで、そのお相手さんは? てっきり一緒に来るものだと思ってたんだけど」
「あぁ、そうだな」
「そうだな、じゃなくて……いつ来るの? キミ、すぐにでもって感じに言ってなかった?」
「その通り」
だから腕を放しなさい――今から、ご対面してもらうから。
「テトラ」
「――ん」
「へっ……」
丁重にニアの手を外した後、すぐ隣の虚空を指で叩く。そうして、俺ともう一人とニアの声が順番に続き――
まるで最初からそこにいたかのように、部屋に二人の人間が現れた。
それは俺の先輩こと後輩の【不死】テトラ、及び……煌めく青銀の髪を揺らす〝お相手さん〟に他ならない。
「お邪魔してました――耳と、途中から目もしっかり塞いでたから、許してね」
「な、なんっ……な、にゃ……へぅえぇえっ!?」
「私も、ごめんなさい。表を歩いて無駄な騒ぎを起こすのを避けたかった」
驚愕と混乱で瞬時にバグり始めたニアへ、それぞれ素直に頭を下げる二人の序列持ち。わざわざ止めるつもりもないが、もちろん最も悪いのは俺なので長々と続けさせる気もない。
「……どの道ビックリさせることにはなるだろうから、先に伝えて待たせてる間の心労を考慮してこうさせてもらった」
「し、心ろ……な、ビッ………………………………」
とりあえず俺を責めろと名乗りを上げるも、想像通りの反応でぶったまげているニアは狂乱する小動物の如くパッパッパと面々を順繰りに見回して――
最後に視線を向けたアーシェの顔をまじまじと見つめるままに、一切の動きを停止した。呼吸はしているから生きてはいる模様。
「……先輩、僕もう帰っていい?」
「この状況で勇者だなお前……」
「勇者じゃないから、帰りたいって言ってるの」
と、顔声表情で全力をもって『巻き込まれたくない』アピールをするテトラと言葉を交わす間も、ニアに活動再開の予兆はなく。
「じゃあね。例の件については、こっちから都合のいい時に連絡するから」
「あぁ、悪い。ありがとな」
「ん、それじゃね」
そのまま言葉を交わし続け、ヒラヒラと手を振って先輩が退室してからも藍色娘が息を吹き返す気配はなく。
「…………やっぱり、迷惑だったかしら」
「だとしても、今更やり直しはできないからなぁ……」
無表情ベースの申し訳なさそうな顔で、心配そうな視線をニアに向けるアーシェ。彼女と揃って俺もお叱りの言葉を待ち続けるが……。
それからおおよそ一分近く、専属細工師殿の反応はなく。
流石にそろそろ脳波異常での強制ログアウトを疑うべきかと、本気の心配を始めた瞬間のこと――
「……――――っっっはぁああぁあぁああああああああああッ!!?!?」
迫真の叫びが響き渡り、珍しくアーシェが素で驚いたように微かに肩を跳ねさせる。そしてその隣、向かい来る両手に一瞬先を予見した俺はと言えば――
「 そ れ は 本 当 に 聞 い て な い ん で す け ど ぉ ッ ! ! ! ! ! 」
言えなかったんだよ、などという言い訳は当然の義務として吞み込みつつ。
胸倉を掴まれてガックンガックン揺らされながら――怒りを真摯に拝受するべく、半泣きのニアの狂騒を受け入れるのだった。
さあ楽しめ(極悪非道)