瞳の所在
「んじゃまったねー!」
空の上を終始ひた走るテンションのまま、もげるのではないかと心配になる勢いで腕をブンブン振り回しながらルクスが退場。
瞬間、訪れたのは圧倒的な静寂。先程までの賑やかさがメーターを振り切っていたせいで、息をつくどころかむしろ落ち着かなく感じてしまう。
慣れた様子のアーシェたちはともかく、隣の相棒も似たようなものだろう。パチリと目が合うと、そわついていたソラは何とも言えない表情で笑みを零した。
「――ひとまずの要件は、以上となります。よろしければ会議場に場を戻そうかと思いますが、如何でしょう」
「オーケーですよ」
「はい、大丈夫です」
とりあえずは一段落……ということで、内々&個別のお話は終了らしい。確認の言葉に揃って頷けば、ヘレナさんも首肯を返し転移を――
「ハル」
起動する――その前に、俺を呼ぶアーシェの声が『待った』を掛けた。
「ん、どうした?」
「少しだけ、話がしたい」
おっと、これは……真直ぐ俺だけに向けられた視線を見るに、間に『二人で』が付きそうだな?
ソラには気を遣わせるかもしれないが――正直、都合がいい。
「少しだけ?」
「うん、少しだけ」
「わかった。ごめんソラ、ちょっと先に戻って待っててくれるかな」
で……こちらも正直、反応が読めずにどうなるものかと思ったのだが――
「のんびり待っていますから、お気になさらず」
返されたのは、極自然で柔らかな微笑み。
「ヘレナさん、お願いします」
「かしこまりました」
特別な反応はなく、表情にも声音にも違和感はない。
ヘレナさんに伴われて待合室を後にした相棒の胸中は、俺が読み取るには難し過ぎた。本当に、なにも気にしていないのか。それとも――
「羨ましい」
「うん?」
「当たり前のように、お互いのことを一番に考えてる。異性でここまで純粋なパートナー関係は、見たことがないから……羨ましい」
それこそ純粋な誉め言葉を頂戴して――はて、胸を張ればいいのか、『これでも結構フクザツなんだぞ』と苦笑いを見せればいいのか。
「で、話って?」
アーシェとのやり取りで、煩雑な言葉選びや胸の内を探る真似なんてのは押し並べて意味がない。
打てば響くというかなんというか、聞けば答えは即座に返ってくるものだ。
話せないことならば、素直に「話せない」という回答をくれるからな。レスポンスが早過ぎて、会話の種が爆速でなくなりがちなのが困ったところだが。
「先に、あなたの方から聞きたい。少し前に、なにか見せたいものがあるって言っていたはず」
お、覚えてたか。呼び止めてもらって都合がいいと思ったのは、まさにその件を共有するタイミングを計っていたからだ。
見せたいもの――それが何かと言えば、勿論アレに他ならない。
「『赤』……【赤円のリェルタヘリア】についてなんだが」
腰の後ろに吊っている短刀を鞘ごと外し、テーブルの上に置いてアーシェの方へ押し出す。彼女も散々打ち合った覚えがあるだろう、いろいろとアレな一品だ。
「【兎短刀・刃螺紅楽群】――【遊火人】って、有名らしいし知ってるよな? その人に、例の兎の角から作ってもらった武器なんだけど……」
「うん。私の剣と打ち合っても、壊れなかった」
「自慢の一品ですとも。で、見てもらいたいのはフレーバーテキストなんだよ」
確認してくれ――と、タップを促すようにトントンとテーブルを叩く。そうして、素直に兎短刀の詳細ウィンドウを開いたアーシェは、
「――――……」
僅かに驚いたような吐息を零してから、ほんの少しだけその目を細めた。
いつも通り読み取り困難な無表情に混じっているのは、戸惑いと疑問が少しずつ……まあ、そうなるだろうな。
【兎短刀・刃螺紅楽群】制作武器:短刀
紅き螺旋を守護する紅玉兎、その魔煌角より削り出された紅緋の短刀。
『赤』の不滅を司る魔の煌輝に秘められしは奇異なる権能――
祀り崇めよ、恐れ跪け。柱は未だ不滅なれば、『赤円』の眼差しは途絶えない。
ひどく意味深なフレーバーテキスト……のみならず、秘めた魔法の詠唱文にさえ含まれているその文言。即ち――
「柱は、未だ不滅……」
「眼差しは途絶えない……ってな。いや、わからんよ。フレーバーテキストは所詮フレーバー、雰囲気作りの適当な文字列でしかないかもしれない」
けれど、だ。今更尋常のソレとは思えないアルカディアのゲームメイクを考えるに、どうしても可能性が浮かんでしまう。
俺が【螺旋の紅塔】をクリアしたのも、
その後【紅玉の弾丸兎】から角を入手したのも、
更に【紅玉兎の魔煌角】から【兎短刀・刃螺紅楽群】が生まれたのも――
勿論、当然、全てが、『赤円』が討滅された後のことだ。
「――『赤は此処に』」
「……?」
「こいつが備えてる魔法の詠唱文なんだよ」
『赤は此処に』『地を見よ、瞳は在る』『空を見よ、瞳は在る』
『敗北、失墜、喪心、枯朽、されど胎動するは心服の焔』
『祀り崇めよ、恐れ跪け、赤円の眼差しは途絶えない』
俺が全文を詠み上げるに至り、アーシェは明確に瞳の色を変えていた。
「――まだ滅びてないと、言っているように思える」
「……だよな、俺もそう思った」
このフレーバーと詠唱文は、『赤円』が既に討滅済みであるからこそ無視できない大きな意味を孕んでいる。
「不滅を、司る……無限と、不滅…………別の、個体……?」
「いろいろ考えたけど、それでも討滅成功のアナウンスはあったんだろ? 報酬のシステム拡張だって間違いなく実装された」
加えて、運営側である千歳さんでさえ『赤円』は討滅済みであると認識していた。だからこそ、余計にわからない。
これは恐らく、現時点ではどう足掻いても答えが出せない類の謎なのだろう。気にしておくべきか、気にする必要がないのか、それすらも。
「俺だとマジで判断が付かないから、アレコレ調べるにしてもとりあえず最小範囲で確認を取ってから……と思ったんだよな」
「……うん、慎重なのはいいこと」
爆弾になるのか、ならないのか。目的を同じくする〝同僚〟を得た現状で、どちらとも不明なまま一人で判断を下すのは避けたほうがいい。
ので、アーシェに『そのうち時間を作ってくれ』とだけ伝えて保留していた……その末に、ぶっちゃけ忘れ去っていた。
実物を見てもらってから疑惑を唱えたほうがスムーズだと思ってのことだったが、ここまで時間が空いてしまうなら先に言葉で伝えてしまえば良かったな。
「ひとまず、ヘレナに共有して情報を集めてもらう。『赤』がまだ滅びていないという前提で新しく調査をすれば、わかることがあるかもしれない」
「それはあれか、噂に名高い諜報部隊とやらを動員して……」
「少なくとも、他陣営への諜報活動なんてしたことはないはずだけれど」
クスリと小さく笑みを見せつつ、アーシェは――
アルカディア最大規模のクラン『Alliance』のマスターでもある【剣ノ女王】は、テーブルから取り上げた兎短刀を差し出して頷いた。
「みんな優秀だから、期待していい。情報提供ありがとう」
「頼もしすぎて頭が上がらないんだよなぁ……んじゃ、この件は任せるよ」
総人員五百万オーバーの覇権クラン様が請け負ってくれるというのなら、なにも心配することはないだろう。ヘレナさんが指揮を執るともなれば猶更だ。
ということで……俺の〝話〟については、とりあえず区切りでいいだろう。
「そしたら……そっちの話を聞こうか?」
再び問えば、アーシェは今度こそ頷いて――
「ソラ……あなたのパートナーには挨拶ができたから、次に進みたい」
「……うん? あ、え……次、とは?」
どこまでも平坦で、澄んだ声音。その音が紡ぐ言葉の意味を、薄らと読み取りつつも……この後の展開を予想しながら、一応の確認。
「前から聞いていた、もう一人」
果たして、アーシェの思惑は俺の読み通りのもので……。
「――恋敵の顔くらいは、お互い知っておくべきだと思うのだけれど」
「…………」
「どうかしら」
ただひたすらに実直かつ正々堂々かつ怖いモノなしのお姫様の言葉を受けて、『遂にこの時が訪れたか』と大人しく覚悟を決める。
これから先に起こるであろう騒ぎを、それはもう鮮明に脳裏に描きながら――
「…………向こうの意見も、聞いてみていいか?」
メッセージを送るべく開いたフレンドリストには幸か不幸か、オンライン状態の〝もう一人〟の名前が表示されていた。
【Alliance】に関してはそのうち語られるので
今はまだそれほど気にしなくてオーケー。