悪い文明
「――ということでハー君もお願いします!」
「なにが『ということで』なのかはわからんが……」
ソラに続いてガバっと差し出された手帖の魔法陣へ、苦笑交じりに指先を置く。
その瞬間【宝栞の旅手帖】が再び輝きを放ち――これにて俺の愛剣こと【空翔の白晶剣】も、彼女の魂依器に記されたのだろう。
【剣製の円環】に関しては討滅戦の戦術プランに直接関わってくることもあり、正式に場を設けた上で『依頼』という形となった。
……が、そもそもルクスは普段から、大なり小なり関わり合ったプレイヤーには例外なく〝写し取り〟を願い出ているらしい。
ということで、特に断る理由もなかったので二つ返事で同意した訳だ。
新たな魂依器を記録することでしか、進化のための経験値を蓄積できない……なんて中々に面倒な事情を聞かされちゃな。そのくらいの協力は吝かではない。
ちなみに、
「で、レアリティは?」
「うーん……星二つだね!」
わかっちゃいたが、俺の愛剣はまだまだらしい。
まあ、うん。第一階梯……つまりは【白欠の直剣】の状態で更に劣化補正が入るとなれば、さもありなん。これから頑張って行こうぜ相棒。
「一応言っとくけど、そもそも星三つ以上が滅多に出ないからね? 階梯を考えれば十分十分! というか、むしろ将来性に期待特大だよ!」
「ほーん……」
それはまた【剣製の円環】のバケモノっぷりが際立つ追加情報だこって……。
「あの、念のため確認しておきたいんですが……」
と、隣で俺の写し取りを見守っていたソラが、おずおずと手を挙げた。
「私の魂依器について、使っていただくのは構わないのですけど……その、この子はちょっと、他人から見ると扱いに難があるらしく」
「うんうん。難がある、どころじゃないよねぇ理解した限りでは」
ぶんぶんと大袈裟な身振りで首肯しながら楽しげに笑うルクスに、あれこれ言葉を選んでいる様子でソラさんは難しい顔。
「ですので、えと……ど、どうでしょう? ルクスさんとしては……」
まともに扱えそうか――と、要はそれが聞きたいのだろう。
ソラは魔剣を生成して飛ばす程度の操作ならば、初っ端から苦もなくこなしていた。それを間近で見てきたせいで俺の認識も若干引っ張られてはいるのだが、特に冷静に考えなくても【剣製の円環】は特大の問題児である。
あらゆる能力の使用や動作制御に要求される思考操作の難易度は、クイックチェンジスキルとはまた違った方向性で〝激高〟と言わざるを得ない。
その事実を、己が魂依器の力でしっかりと〝理解〟しているだろうルクスは――
「あー、そうだねぇ――ま、問題ないんじゃないかなー?」
あっけらかんと笑い、ただひたすらに軽い調子で『無問題』と返してみせた。
「もちろん、ソラちゃんと同じことやるのは無理だけどね。でもほら、魔法剣適性ツリー! まさかの専用ツリー持ち魂依器とは恐れ入ったけど、キミの相棒を模倣すると限定的にボクにも付与されるっぽいからさー」
「へぇ……」
つまりそれ、スキルツリーまで込みで【剣製の円環】の能力ってこと? そりゃ星八つとかいうバグり散らかした評価も下されますわ。
「だから、えーと……ほらあれ! 追尾系の自動射出スキルとかあるじゃん! ボクもソラちゃんほどじゃないけど思考操作は得意だし、魔剣を次から次へ召喚することくらいなら多分できるからね!」
なるほど。魔剣生成さえ問題なくできれば、あとはスキルで乱射するだけでも火力砲台の役割は十二分に果たせるか……。
「威力に関しても、おま……ルクスさんのビルドなら、問題ないか」
「ふふーん! これでも立派な魔法士ですから、ねっ‼ あと、アーちゃん相手くらい砕けた感じでいいよ? 是非ルーちゃんとでも呼んで――」
「わかったじゃあルクスで」
「つれないなぁ!」
気付けルクス。俺のことを欠片も男として意識していないことは百わかっているが、さっきからグイグイ距離詰めてくるお前をアーシェがジッと見てるぞ。
「まあでも、ちゃんと練習しておくからご心配なく! 本番ではソラちゃん譲りの魔剣&自前の魔法で大暴れしてあげるよ、あっはっは!」
「……魔剣と魔法の並列操作、できると思う?」
「え、と……私は一応、できていますけど…………」
豪快に笑っているルクスを他所に、隣のソラさんに聞いてみる。反応を見る限り……というか見るまでもなく、超絶難易度であろうことはわかるのだが――
まあ、振る舞いはアレだが北陣営の一位様だからなぁ……これに関しては、心配するだけ無駄というものかもしれない。
俺たちより遥かに彼女を知っているであろう、アーシェとヘレナさんが心配も確認も口にしようとしていないことだしな。
……あれ、というか――
「写し取った【剣製の円環】のクールタイムは?」
「ん? あぁ、十日だね‼」
「うわぁ……え、それ大丈夫か? どうやって練習すんの?」
と、遅れて思い至ったそんな問題点について尋ねてみれば、ルクスは「え?」と至極不思議そうな顔をして――
「決闘システムを使えば、いくらでも? 決闘中に発生したクールタイムとか代償は、全部リセットされるし」
「「あー……」」
当然のように返されたその答えを聞いて、俺は同じく疑問を抱えていたのだろうソラと共に納得の声を漏らすのだった。
「――ということで、ガチャターイム‼」
「なにが『ということで』なのかはわからんが……」
尽きせぬテンションのままに一人でぶち上がり続けるルクスを眺めながら、いい加減に慣れ始めた俺は紅茶のカップを片手にリラックス。
『お手本』を示すべく意識して振舞ってはいるのだが……性格的にも流石にソラは脱力などできないようで、未だにやや緊張気味といったご様子だ。
序列持ちの集団に囲まれているのだから仕方ないとは思うものの、少しずつ慣れていかないとこれから先が大変そうだ。フォローはしていこう。
「えっと……これも『要件』の内です?」
ともあれ、唐突に盛り上がり始めたルクスを示してヘレナさんに問うてみる――が、如何なる時も怜悧な表情を崩さない侍女殿は、いいえと首を横に振った。
「それについては、単なる彼女の『習慣』です」
「習慣とは」
「とは! これです!」
どれだよ――というツッコミを待たずして。
ソファから立ち上がったルクスが、謎に上機嫌のままテーブルの脇へ歩を進め……なにやらウィンドウを操作して、次の瞬間。
「じゃじゃーんっと!」
「うおっ」
「ふぇっ……!」
ルクスがインベントリから取り出したのは、彼女自身よりも大きいだろう特大の革袋。パンパンに膨らんだそれが騒々しく待合室の床を叩き、伝わった震動に驚いたソラが小さく声を漏らした。
「魂依器を記録させてくれたお礼だよ! 広い広ーい仮想世界を渡り歩く旅人が拾い集めたコレクションを、一つずつ贈呈しましょう!」
「ほう?」
え、なにそれ普通に……いや、なんか謎に悔しさを感じるが、普通にちょっとワクワクするやつじゃねえか……!
「なるほど、ガチャ……そういうことだな?」
「うふへへへへ……流石ハー君、話しが早いねぇ……!」
「いきなり笑い方が気持ち悪い」
「ひどい‼」
いやぁ、酔っぱらいのオッサンでも中々しない類のアレだったぞ――ともあれ、
「コレクションってのは、具体的にどういう?」
「さぁ?」
「『さぁ?』???」
用意した本人が、内容を理解していらっしゃらない?
「冒険する間に見つけた『これは!』って一品ばかりだけど、全部未鑑定のままだからよくわかんないんだよねー!」
「えぇ……」
「あ、はは……」
「ハル。それからソラも」
と、面白そうなのは間違いないのだが、内容不明の謎ガチャと聞いて困惑する俺とソラにアーシェが声を掛けてくる。
「この子はそんな感じだけれど、冒険――宝探しで【旅人】の右に出る人はいない。ルクスが目を付けた物にハズレは無いから、期待していい」
「へぇ……そしたらまあ、期待させてもらおうか」
「うえっへへへどしたのアーちゃん照れちゃうなぁもう!」
仲が良いのかなんなのか、いまいち関係性がよくわからん二人だが……アーシェの態度を見るに、どうも不思議な信頼感で繋がっているようだ。
さて、剣ノ女王様のお墨付きともなれば、期待感は否が応にも高まるというもの。しからば――……しからば、ええと、どうすれば?
「手を突っ込めばよろしいか?」
「んえ? あーはいはい! そしたらハイどうぞ―!」
ガッチャンゴッチャンと革袋を豪快にシャッフルしたルクスが、腕一本分の隙間を空けた口をドヤ顔でこちらへ向けてくる。
わりと容赦なしの物凄い音がしたけど、中で名も知らぬ超絶稀少アイテムが粉々になっていたりしません?――さておき、
「んじゃ、失礼して……あ、先に引く?」
「へ、あっ、いえ、お先にどうぞ……!」
先手を譲ってくれたソラに頷いて、右手をズボッと革袋――もといガチャボックスに突っ込んでみた。
ふむ……鉱石っぽい手触り、木片っぽい手触り、得体の知れぬガサついた手触りに、生物の皮っぽいツルスベグニャリとした感触いやなんだこれ気持ち悪ぅッ!?
おいコラまさかとは思うがマジで謎の生き物とか入ってないだろうな!? ええい、こんな深淵に長々と手を突っ込んでいられるか‼
指先に引っ掛かった一つ、丸いなにかをガッと掴んで――
「キミに決めたぁッ!」
動揺のままに謎の決め台詞を口にしながら、勢いよく引っこ抜いた右手にあったのは――――誰かさんの瞳によく似た、透き通るような琥珀色。
いや、琥珀色というか……琥珀そのものだ。
直径五センチほどの、綺麗な楕円形。傷もなくツルリとした表面の奥、落ち着いた煌めきと共に封じられている薄桃色は――
「桜の花……でしょうか?」
「かな……?」
興味津々で横から覗き込むソラの言葉通り、欠けなく揃っている特徴的な形の五枚の花弁は見知った『桜』のソレ。
指先で琥珀をタップしてみれば……ポップしたウィンドウによると、アイテム名は【聖桜の琥珀石】とのこと。
外見と名称的には、中々に貴重な品なのではと思うのだが……残念ながら。
引き当てたコレがどの程度の当たりなのか、周囲の面々を見回しても答えられる者など一人もいないのが困りものだ。
「…………どうぞ」
「は、はい……」
なのでイマイチ盛り上がりに欠けるまま、横に避けて相棒を促す。
――そして、数秒の後。謎のグニャグニャに触れたのであろうソラの悲鳴が待合室に響き渡ったことは、言うまでもない。
警告を怠った曲芸師が叱られたのも、言うまでもない。