宝物を記す手帖
――ゲームと関係のない話は、一旦お仕舞い。
完封試合とも言うべき結果をもって場を締め括ったアーシェの言により、複雑怪奇でデリケートなお話はひとまずの落着と相成った。
……というよりはまあ、改めて俺とソラで言葉を交わす時間があった方がいいと慮ってくれたのだろう。
ありがたく、後程フォローに臨ませてもらうとしようか――後程、な。
「やーさっきはごめんねー! テンション上がってはしゃいじゃってさー!」
ということで、時間を取っての〝内々の話〟はお仕舞い。次なる要件としてヘレナさんが場に招いたのは、若草色の元気の塊であった。
「いや、まあ、最終的に俺もアレな対応をしたので、おあいこということに……」
さっきは、というか、今も声音や振る舞い的にはテンション高くはしゃぎ倒していらっしゃいますよね?――というツッコミは呑み込みつつ。
「あらためて、ルクスだよ! よろしくよろしくー!」
「ハルです、どうぞよろしく」
「ソラ、です。よろしくお願いします……!」
順番に握手を交わして、とりあえずの和解(?)は成立……アーシェのお墨付きがなくとも、悪い人じゃないんだろうなってことくらいは察せるというもの。
こう、アレだ……ニアとミィナとリンネのテンション高い部分を煮詰めて高純度のマイペースと煉り合せたようなキャラと捉えれば……まともに相手してたら数分で力尽きそうだなソレ。
「要件についてですが……お二人は、彼女については?」
俺に続いて、握手をしたまま。手を離してもらえずブンブン振り回されてアワアワしているソラを他所に、極めて平静な声音でヘレナさんが問うてくる。
凄い。半径一メートルで大暴れしている北の一位に眉一つ動かしていない。
「調べて分かることなら、ある程度は。完全PvE勢――というか、冒険ガチ勢で対人に興味ナシだとか……あとはまあ、例の魂依器についてとか?」
「わ、わた、しも、同じで、すぅう……っ!」
他の序列持ちと同じように、カタログスペックと大体の人となり程度は押さえている。とりあえず今のところ、ネットに書いてあった『元気娘』は表現が矮小過ぎると無限に物を申したいところだ。
『娘』と称していいのかも正直わからんし。
「十分です。お話したいこと……いえ、協力を願いたいのは、彼女の魂依器に関することですので」
そう言ったヘレナさんから視線を向けられて、ようやくソラの手を解放したルクスが謎のドヤ顔で「ふっふーん」と胸を反らす。
困った、マジでこの人リズム感が掴めねぇ――
「ルクス」
「――あ、はい。ごめんなさい。ちゃんとします」
幸いというか、アーシェが手綱を握れているらしいことが唯一の救い。冗談なのか本気なのかも読み取れないが、若干ながら顔に真面目な色が灯った。
「そしたら……ハー君もソラちゃんもご存じとのことだから説明は省くけど」
「ハー君???」
「ハイじゃじゃーん。こちらがなにを隠そうボク自慢の魂依器――その名も【宝栞の旅手帖】です!」
前触れなく飛び出した謎の呼称に、聞き間違いかと真顔を向けた俺の疑問は真向から無視。ニコニコ笑顔で【旅人】がコートの懐から取り出したのは、大きな金の留め具が特徴的な古ぼけた栞付き手帖。
第五階梯【宝栞の旅手帖】――ある意味アルカディアで最も有名と言えるかもしれない、唯一無二の超稀少能力を備えた『究極の器用貧乏』を具現するモノ。
その能力は、際限なく他者の魂依器を写し取ること。
一発で『存在したら駄目なヤツだろ』と思わざるを得ない、犯罪級の性質ではあるのだが……コイツがぶっ壊れの『器用万能』ではなく『器用貧乏』に留まっている、いくつもの制限は当然ながら存在している。
まず一つ。写し取る――手帖に記すことに制限はないのだが、模倣する……即ち扱うことができるのは、自身よりランクの低い魂依器に限られる。
つまり現在の第五階梯であるならば、一つ下の第四階梯までしか模倣できないということだが……これは大した制限ではないので置いておく。
条件がキツくなってくるのが次からで、二つ目。写し取った魂依器は模倣時、更に階梯が一段階ダウンした上で性能もわずかに下方される。
要するに第四階梯の魂依器を模倣したとしても、自身が使う場合は劣化第三階梯の仕様までナーフを喰らうということだ。
そして三つ目。模倣した魂依器を用いての戦闘では、使用者と魂依器に一切の経験値が入らなくなる。
レベルに関するEXPは、当然カンストしているだろう彼女には関係ないとして……スキルを取得、成長させるための戦闘経験は勿論、魂依器の階梯を進めるための蓄積経験すら貰えないらしい。
それどころか、ルクスが【宝栞の旅手帖】で誰かの魂依器を模倣して戦闘などを行った場合、その〝誰か〟に使用の対価として彼女から『報酬』が自動支払いされるという謎機能付き。
具体的には模倣する魂依器のレアリティに応じた使用料を払うことになるそうで……詳細な金額まではわからないが、これがモノによっては結構エゲつない代金になるとかならないとか。
更に四つ目。これがラストにして最大の問題――再使用待機時間について。
使用料と同じく、こちらに関しても魂依器のレアリティとやらで時間が上下するらしいのだが……これがもう、常用など考えるべくもないほど恐ろしく長い。
具体的には下限が一日、つまり二十四時間。俺が見た記事の内容が確かならば、現在の最長記録は実に一週間――168時間ものクールタイムが課せられるらしい。
強力な魂依器であることは疑いようもないのだが……全ての制限を総合して俺個人の感想を言わせてもらうのであれば、使い辛さの極みといったところ。
劣化に劣化を重ねた模倣品を使えたところで、その後は何日も使用不能になる……とてもではないが、気軽に普段使いできるような代物ではない。
ただまあ、それでも間違いなく『反則級』と言える能力ではあるのだが。
……で、そんな【宝栞の旅手帖】を持ち出して協力を願いたいこと――そりゃもう、言うまでもないってやつである。
チラとヘレナさんに視線を向ければ、彼女は小さく頷いて肯定を示した。
「ソラ様の魂依器――【剣製の円環】を、彼女に写し取らせていただけないかと」
「そうなりますよね」
先の会議で、ミナリナ主導の下ソラの【剣製の円環】については情報の共有が済んでいる。と、言うよりは――
「まあ元々、それを踏まえての売り込みだったんで……」
「ですね……はい、私は問題ありません」
実のところ、今回の集会に彼女が出席することは事前に知らされていた。
更に言えば、東の双翼が『自分たちの抜けた穴を埋められる』としてソラを手放しでプッシュしたのもこれを加味して……というわけだ。
――即ち、二つの【剣製の円環】によって『最強の火力砲台』の代理を務める……というのは、流石に願望が過ぎるかもしれない。ともあれ、似たような役割を期待されているということ。
彼女らがそもそも参加しないというのは初耳だったが、目指す『白座討滅戦』における戦術プランの大きな柱であることには変わりない。
「あくまで模倣、コピーなんだけど……自分の魂依器を勝手に使われるのが『ちょっとなぁ』ていう人は少なくないから、ちょっとでも嫌なら正直に言ってね?」
殊勝……なんて言い方は、流石に失礼だろうか。思いのほかキッチリ真面目な顔で確認するルクスに対して、ソラは気にした風もなく微笑んで返す。
「大丈夫です。この子が力になれるなら……是非、私からお願いします」
「そっか――ん! それじゃありがたく!」
と、落ち着いた様子は、やはり一瞬だけのこと。
迷いのない返答を受けてパッと賑やかな笑顔を戻したルクスが、テーブルから取り上げた手帖を開いてソラの前に差し出して見せる。
まっさらなページ――かと思いきや、俺たちが見つめる先で一面の白に少しずつ模様が浮かび始めた。
中心が空欄のように空いている、複雑な魔法陣。俺が『もしや』と思ったように、相棒もなんとなく察したのだろう。
「お願いしますっ!」
まるで賞状かなにかを差し出すように……いや、どちらかと言えば受け取っているように、だな。手帖を捧げ持って頭を下げるルクスに苦笑を零しつつ――
ソラはそっと〝空欄〟に指先を置いた。
「っ――ぅっふへへ……!」
「へっ……!?」
触れた瞬間。パッと光り輝いた魂依器よりもなによりも、おかしな笑いを漏らしたルクスにこそ驚いて、反射的にソラが手を引っ込める。
傍らで見ていた俺も、一瞬『どうしたこの人』と怪訝に思ったものだが……まあ、多分アレだろうな。
【Arcadia】お得意、脳内インストールが彼女の仮想脳を駆け抜けたのだろう。
それならば、思わず笑ってしまうのも無理はないというもの――俺の相棒の魂依器が、予想通りの『結果』をもたらしたということなのだから。
「第二階梯……模倣したら第一階梯だってのに、これかぁ」
「え、と……?」
一人反応に困っているソラとは違い、俺も悪い笑みを浮かべているルクス側だ。
「で、レアリティはどうだった?」
「むっふふ……そうだねぇ。五段階評価として……」
ゆえにわざとらしくそう問えば、実に楽しそうにニマニマと笑む【旅人】は気取った風にパタン!――と勢いよく手帖を閉じながら、
「星八つ――って、ところかなぁ!」
テンション高く、上限超過の評定を宣言するのだった。
――なお、その脇では。
「…………負けた」
アーシェがぽそりと、無表情でやや悔しげな呟きを零していた。
本当はもっと制約やら誓約やらが盛り沢山だけど断腸の思いで端折った。
ちなみに既に登録されてるアーシェの『魂依器』は星六つ。