色を冠すモノ
「挨拶が済みましたので、早速ですが本題に入らせていただきます」
時間に追われる方もいらっしゃるでしょうから――と、北の序列一位殿が着席したのを見計らい、アーシェの隣に立つヘレナさんが口を開いた。
この場ではソラを除いて唯一、位のない彼女だが……流石は元序列持ちというかなんというか、間違っても単なる侍女とは思えない風格をお持ちでいらっしゃる。
『女王様』という呼び名も納得の、堂々とした振る舞い――だというのに、付き人然とした影の薄さを併せ持つ不思議な御仁だ。
「まず初めに――ハル様とソラ様に確認を」
と、怜悧な光を帯びた瞳を向けられて自然と背筋が伸びる。
突然の様付けが少々むず痒かったが、彼女のイメージ的に言葉選びの説得力が強過ぎて秒で納得してしまった。
「お二人が仮想世界にいらしてから、まだ日が浅いと聞いております。これから『色持ち』討滅戦についての会議をするにあたり、如何ほどの理解をお持ちか共有させていただければと」
あぁ、なるほど……これはお気遣いありがたく。
「一応、俺はネットで拾えるだけの情報は予習して来ました」
「私も、可能な限りは……」
少なくとも、一般の人間が調べて手に入れられるだけの知識は余さず詰めてきたつもりだ。俺がそうなのだから、勉強熱心なソラも心配いらないだろう。
揃って返答を返せば、ヘレナさんは「承知しました」と一つ頷いた。
「それでは特別に解説はいたしませんので、疑問点があれば遠慮なさらず話を止めて下さい。『色持ち』については少なからず、現実世界に周知されていない情報もあるかと思いますので」
「ほう……了解です」
「わかりました」
こちらの好奇心を刺激する言葉と共に、ヘレナさんは新参二人に対する気遣いを締め括り……その黒い瞳を、俺たちから〝場〟へと移した。
「それでは――これより〝白座討滅戦〟についての会議を始めます」
『色持ち』――アルカディアに存在する最大規模のコンテンツにして、難攻不落という言葉では表しきれないほどの難易度を誇る大規模戦闘。
これは他のゲームのそれとは根本的に異なる、極めて特異な造りとなっている。
まず初めに、このレイドは世界で一度だけしかクリアできない。それはとりもなおさず、もし誰かが『色持ち』を倒した場合、他のプレイヤーは新たに挑むことすら出来なくなるということだ。
は? 超ド級のクソゲーか?――というオンラインゲームにあるまじき仕様に関するツッコミについては、二つの理由で「待った」が掛けられる。
まず一つ目、『色持ち』レイドには個別の報酬が存在しない。素材やらなにやら、個人的に得られる物品はさっぱりゼロ。
いやあるにはあるのだが、それはゲームとしてのアルカディアのシステム拡張に関するものであり、いずれ全てのプレイヤーが手に入れられるものだ。
それ即ち、新システムの一部を先行体験できる権利……とでも言えばいいか。
例えば『赤』――【赤円のリェルタヘリア】を討滅した際には『クランシステム』と『結婚システム』の二つがゲームに実装されたわけだが、このうち結婚のほうが正式実装されたのは討滅アナウンスから半年後のことだったらしい。
つまるところ『赤』の討滅を果たした勇士たちに、先んじて新システムへのアクセス権が配布されたということだ。
羨ましいと思う者もいるのだろうが、馬鹿げたレイドの難易度やシステム拡張を実現した功績を思えば「まあ妥当か」と黙る者が大多数だろう。
次に二つ目、全ての『色持ち』討滅を果たした暁には、再戦あるいは新たに挑戦を望める『追憶戦』が実装されることが運営から明言されていること。
しかもただ真っ当に挑むだけではなく、追憶という名の通り初回討滅時の記録に相乗りできるという話だとか。
簡単に言えば、過去の勇士たちに自分が混じった場合の『if』を体験できるということ――少なくとも、俺はそれを知った時にノータイムでこう思ったね。
なにそれ、クッッッッッッッッッッソ面白そう、と。
意気揚々と猛者たちと肩を並べて突撃するも良し、自信がなければ隅っこや裏方でモブ役に徹するも良し……遊び方はまさしく無限大だ。
再現されるプレイヤーたちも単なる人形というわけではなく、変態的な技術力をもってして『らしい』AIの搭載が約束されているとのこと。
トップ層との気兼ねない疑似コミュニケーションも体験できるとあれば、その需要は言うまでもなく巨大だろう――
中身がないソックリさんと聞いてアレコレ思い浮かんでしまう悪さについては、謎の治安維持機構が働くアルカディア界隈では心配するだけ無駄というもの。
ぶっちゃけてしまえば、例えばセクハラとかな。
プレイヤー相手だろうがNPC相手だろうが、実際にやらかす前に予知されてハラスメントブロックシステムに拘束されるらしいから。
本当に、全くもってどういう技術なんだか。余計なトラブルの存在しない平和な世界は誠に結構だが、ありがたくもあり恐ろしくもありといったところだ。
ともあれ……以上の点から、真の意味での〝討滅権〟が一度しかないという『色持ち』レイドの仕様は現状、世間に受け入れられている。
いやむしろ、プレイヤーに関しては『誰でもいいから早く全部倒してくれ』と願っている者たちのほうが多いまであるかもしれない。
一般層は将来的な楽しみを願い、トップ層は初討滅の栄誉を求めて弛まぬ自己強化に励む……全体的に、一応の納得は得られているということだ。
――ま、そもそも無理ゲー扱いで放置されてたんだけどな。
少なくとも『赤円』が討滅された二年前から、これまでは。
「ご存じの通り、『色持ち』には陣営毎に現序列持ちへ〝特効〟が付与されます。ですので、白座が相手となる今回の討滅戦は――」
「おうよ。〝枠〟はウチで埋められるだけ埋めるぜ」
解説はしない……と言いつつ、ヘレナさんの語り口は俺たちへの配慮を窺わせる実に丁寧で分かりやすいものだった。
ありがたいと思いつつ、不明点が浮かぶまでは大人しく聞きに徹する。
まず初めに取り掛かった議題は、討滅戦に臨むメンバーについて――序列持ちの〝枠〟十人を誰で埋めるかというものだ。
西を除く三陣営の全戦力を注げれば、まだしも楽になるはずなんだがな……どうも『色持ち』は、挑戦者を選り好みするようで。
しかも『元序列持ち』なら枠に含まれない四柱戦争よりもチェックが厳しく、元序列保有者だろうが現序列保有者だろうが〝枠〟を埋めてしまうらしい。
融通が利かないこって――が、情けなのか何なのか『白座=イスティア』のように、各色の対応陣営に限りこの制限は免除されるとのことだ。
つまりロッタなどは枠を圧迫せず出張って来れるということ。素直に心強い。
「といってもまあ……六人、半分ちょいになっちまうが」
「はーい。あたしたちは留守番してるよー」
と、渋い顔で顎髭を擦るゴッサンに続いて、相方と一緒にソラに引っ付いているミィナが手を挙げ当然のように『辞退』を申し出た。
なんで?
「えっ?」
俺が疑問を口にするよりも、間近で聞いていたソラが声音を漏らす方が早かった。それを問いと捉えたのだろう、更に隣で今度はリィナが口を開く。
「私とミィナは、基本的に動くと力を使えないから。『境界』――空間を司り強制転移を多用してくるアレと、致命的に相性が悪い」
「お絵描き場……陣地を作っても転移させられてハイやり直しー!――って、終始そんな感じだかんねぇ。もうメッタメタだよ、本当になにもできないよ」
「うわぁ……」
「えぇ……」
強制転移ねぇ……やっぱアレ、戦闘にも絡めてくるのか。
「『白座』の権能については、まだ?」
「あ、すいません。その辺についての詳細はまだです。とりあえず、『色持ち』討滅戦に関するイロハだけ押さえてきました」
それに関してはサボっていたわけではなく、曖昧な情報が多過ぎてなにを信じればいいのやらと困ったからだ。
確認の言葉を投げかけてきたヘレナさんに正直に答えれば、彼女は「問題ありません」と首を振ってから指先でモノクルを押し上げる。
「正直なところ、白座の能力については我々も表面的な部分しか知り得ていません。攻略の詳細に関しては、ハル様たちに限らず無知の範疇でしょう」
返されたその言葉が、無知なりに蓄えた知識の一つに引っ掛かる。なるほど、彼女がそう言うのならば、やはり――
「発見から三年も経って、古参の先輩方が無知とまで言うってことは……冗談みたいなあの情報も、真実ってことですよね」
無知、つまりは情報を集められていない。
情報を集められていない、つまりはソレを得るために無数の挑戦を行えていないということだ。
「その通りです。アレらは、挑めば挑むほどに強くなる」
何故か、それはひとえに……。
「『色持ち』は我々を学習し、次の戦いに記憶を持ち越します」
これに関しては流石に〝クソゲー〟とお手上げする他ない――
ゲームにあるまじき特大のバグ要素が、存在しているからであった。
情報爆弾を喰らえー!!!
※10/2 特大のガバが見つかったので修正いたします。
『元序列持ちであっても枠を圧迫する』という部分についてですが、設定自体は間違っていないものの必要な一文を添えておらず後の展開に矛盾が生じていました。
『ただし各色の対応陣営であればこの制限を免除』というのが絶対に必要だった一文です。推敲漏れ、編集実行ミス、とにかく作者の特大ガバです。
お許しあれ。