南街区
東西南北の各陣営街区は、他陣営のプレイヤーでも手順さえ踏めば入場できるようになっている。
手順というのも、別段複雑な手続きが必要な訳ではない。基本的には、セーフエリアの『役所』へ申請して入場手形を発行してもらうだけだ。
その他としては、陣営の代表たる序列持ちに許可証を与えられた場合も入場が可能となる。全く知らなかったが、実は俺にも既にそんな特権が備わっていたらしい……まあ、自分でその権利を使う日が来るかどうかはわからないが。
ともあれ、南陣営街区へお邪魔するにあたり許可証は既に手に入れてある。先日、あらかじめゴッサン伝いにアーシェから渡されたものだ。
見た目は、ソートアルムの象徴である『城』が描かれた紅のカード。
これを手に持つなりインベントリに入れるなりして所持していれば、あとは自陣営たるイスティアの街へ行くときと同様。
【セーフエリア】内の転移門から、南陣営の街へ飛べるというわけだ。
――ので、ソラを伴って近場の転移門へと足を向けた俺は、
「あっ」
「え?」
思いがけず見知った顔を見つけて、無意識のうちに声を上げてしまった。
隣を歩いていたソラが、そんな俺に首を傾げて……おそらく、向こうはこちらより先に気付いていたのだろう。
アレコレ注目される存在となってしまった俺への気遣いか否か、『彼』は素知らぬフリで立ち去ろうとしていた足を止め振り返った。
oh……ありがたいと申し訳ねえが半々。
「あー、その……お久しぶりです」
「――あぁ、四柱ですれ違って以来だね」
アルカディアにしては珍しく、そこそこのイケメン。というか、イケメンとイケおじの中間くらい、やや渋味を身に付け始めた男性といった風貌。
腰に片手鎚矛、背中に中型円盾を提げた中量級戦士。
「その節はどうも、ゾウさ……【ElephantThree】氏」
「ゾウさんでいいよ、みんなそう呼んでくれてる――落ち着いた場で顔を合わせるのは初めてだね、我らが第九位……いや、今はもう第七位だったか」
【ElephantThree】氏、通称ゾウさん。四柱常連の歴戦イスティアンであり、防衛隊の重鎮として名の知られた高位プレイヤーの御方。
中々に思い出深い、『四柱戦争選抜本戦』一回戦の対戦相手だった人である。
「そちらは、噂のパートナーさんかい?」
と、予想外の遭遇で頭が追い付かず、フォローが滞っていたソラの方へと視線が向けられる。挨拶の最中に同伴者へ目が向くのは自然、これは俺が悪い。
しかして、わずかばかりの人見知りを抱えている相棒は――
「ソラといいます。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくソラちゃん」
少々意外というか、どもりもせずに極めてスムーズな挨拶を交わしていた。身に纏うドレスも相まって、どこか優美なお辞儀姿が御令嬢のソレにしか見えない。
いや正真正銘の御令嬢なんだけども。
「これからお出掛けかい?」
ばったり顔を合わせて、挨拶を交わして――流石にそれで『ハイさよなら』というのも人情味がないというものだろう。
なにか話題を振ろうかと考えているところへ、相手のほうから言葉を頂戴する……話し慣れてるなこの人、視線を合わせて口を開くのに躊躇がない。
流石は我らが防衛隊長といったところか、中々のコミュ力をお持ちのようだ。
「えぇ、ちょっとソートアルムまで」
「南に……――あぁ、なるほど」
我ながら端的な回答だったが、ゾウさんはそれだけで何かしらを察したらしい。
意外と茶目っ気のある表情と仕草で手を打つと、彼はスッと横にずれて転移門への道を空けてくれた。
「なら、通りすがりのオッサンの相手をしてる暇はないだろうね。お喋りは、また機会があればのお楽しみにしておくよ」
いやいやそんな……と言いたいところだが、正直あまりのんびりしていられるほど時間はないのが事実だ。そしたらば――
「なら……なにかと縁がありますし、よければ」
ちょちょっとウィンドウを叩き、気の良いご先達へとフレンド申請を送ってみる。目前に現れた窓を見て、ゾウさんは少々驚いたように目を瞠り、
「これはこれは……はは、帰ったら家内と息子に自慢できるなぁ」
人の良さそうな笑顔を浮かべて『Yes』を叩くと、まるで有名人に求めるかのように「握手をお願いできるかな」と手を差し出してきた。
……かのようにというか、もうマジもんの有名人なんだよな俺。
なんというか、本当に――それこそ、今こうして嬉しそうに俺の手を握るご先達と一戦交えた時は、こうなるなど予想だにしていなかったとも。
「よろしくね、曲芸師君」
「ハルでお願いします……そのうち機会があれば、どこかご一緒しましょう」
遠いところへ飛んできてしまった自覚が、また一つ積み上がった気がした。
◇◆◇◆◇
「うぉおう……」
「はぁあ……」
思わぬところで交友の輪を広げつつ、転移の光に誘われてやって来るは南陣営。イスティアとは明確にデザイン性が異なる街並みを見て、俺とソラは揃って感嘆の声を上げていた。
東の街を……いや、これと比べればイスティア街区は『町』と称したほうがいいのかもしれない。規模や密度は同程度なのだろうが、全体の雰囲気が別物だ。
ソートアルム街区は、まさしく『街』――東のそれよりも整然と並ぶ建物は、十分にファンタジーを感じさせる外観ではあるものの……なんというかこう、規則正しさというか、ある種の『秩序』を感じさせる風景を構築している。
それから、明確にイスティア街区と異なる点がもう一つ。
「目立つなぁ」
「どちらかと言えば、あれが普通なんですよね……」
おそらくは街の中央部なのだろう、わりと見覚えのある造りの噴水広場から目視できる特大のランドマーク――つまりは、南陣営の『城』。
「【騎士の王城-エルファリア-】……四柱のアーカイブでも見たけど、派手だな」
「ちょ、ちょっと、威圧感がありますね」
なぜか地底に埋まっている我らが戦時拠点とは異なり、こちらの城は地上で堂々とその威容を晒している。
各陣営のパーソナルカラーも反映されており、『白』を基調とした東のルヴァレストに対して、こちらのエルファリアは『赤』がメインカラーとなっていた。
構造についても全く違う。ルヴァレストは和洋折衷とでも言うべき中々奇抜なデザインをしていたのだが、こちらはまさしく『西洋の城』だ。
威圧的ではあるが、普通に格好良い――さて、
「といったところで…………お待たせしました、リアクションは以上になります」
「へっ?」
気付いていなければ謎でしかない発言をしつつ、後ろを振り返った俺を見てソラが何事かと戸惑いの声を上げる――いやまあ、だろうね。
俺も辺りを見回した時に、偶然目に留まって気付けたというだから。
「――ふふ、お待ちしておりました」
柔和な微笑と共に返された声音は、穏やかな女性のもの。
故意か否か気配を薄くして傍に立っていた彼女は、おそらく南が俺たちへと遣わしてくれた案内人なのだろう。
上下黒のスカートスーツ姿――ともすれば現実世界のOLさんのような装いだが……柔らかそうな桃色の長髪と、同色の瞳が、実に仮想世界のアバターらしい。
外見年齢のほうも二十歳かそこらに見えるので、OLというよりはスーツを着た大学生といった方が正しいかもしれない。
「初めまして、ヘレナの補佐をしているモモノといいます。今日はお二人の案内役を任されましたので、お迎えに上がりました」
「どうも初めまして、ハルです」
「は、初めまして、ソラです。よろしくお願いしますっ」
迎えが寄越されること自体は聞いていたので、驚きはない。ただしその件をソラに共有していたかと言えば、忘れていたので否。
驚かせてしまった相棒から、後程お叱りがあるかもしれない――と、そんなことを考える俺を他所に、
「それでは、さっそく行きましょうか」
ふわりと微笑み、モモノさんが先導して歩き出した。現実世界ではそりゃもう色々あったが、仮想世界で顔を合わせるのは二度目となる――
「お姫様が、もう首を長くして待っていらっしゃるそうなので」
近くて遠い、俺の知人の元へと。
ぶっちゃけ各陣営街区の特色やら何やらを隅から隅まで取り上げるだけで東西南北一章ずつ計四章を描き上げられると思うのだけれど、無限にストーリーが進まなくなるから半ば諦めている。