第二の魔剣
「ねえ、お兄さん」
「なにかな」
「アレだね――あたしたちは軽率に、とんでもない怪物系美少女を生み出してしまったかもしれないね」
「総合的には【曲芸師】より怖いかもしれない」
「まあ、言うてソラさんは結構前からソラさんだったし……」
「ヤバい人ってわりと最初からヤバいもんねぇ」
「〝本物〟は片鱗を隠せないから」
「だから言ったろ、俺の相棒は俺よりヤベーぞって」
「…………………………あの、全部聞こえてますからね?」
――と、新たな力の試運転をこなしていたソラが、三人固まって好き勝手な言葉を交わしている俺と赤青ペアにジト目を向けてくる。
一応、手放しで褒められているのだと理解はしているのだろう。ヤベーヤベーと言われつつもほんのり照れに染まっている頬が可愛らしい。
しかしまあ、そんな少女の前方に並ぶ『的』は――
正しくは、的だったものの有様は、口が裂けても可愛らしいなどとは言えない惨状を呈していた。
各陣営に存在する『城』の内部で利用できる訓練場では、ある程度室内の環境を弄ったり、的やら何やらを呼び出すことが可能。
ということで、今回ミナリナの協力を得て【剣製の円環】が獲得した新魔剣の性能調査を行っていた訳だが……。
哀れプレイヤーを模した木偶人形君たちは一体残らず溶断されており、白一色の訓練場は中々に猟奇的な光景で満たされている。
「次、貫通限界の検証。本数も最大で」
「あ……は、はいっ」
お喋りに一言二言と混じりながらも、訓練場の設定操作などで試運転のサポートを行っているリィナが声を掛ける。
カタカタと少女が慣れた手つきでウィンドウを操作すれば、散らばっていた人形の残骸が消え失せて――代わりに、宙に浮くいくつもの『板』が現れた。
正面から見たサイズは変わらないが、厚さはバラバラ。それはひとえに――
ソラの新たな魔剣が、どれほどの壁を抜けるのか確認するためだろう。
「いきます……!」
「いつでも」
観測役のリィナと視線を交わし、ソラが右手を真直ぐ正面にかざす。
まだ手に入れたばかりの力の操作に慣れていない相棒は、既にやや乱れ始めている呼吸を落ち着けるように深く息を吸って――
「――《炎剣の円環》」
鍵言が紡がれ、生まれ出でるは眩い〝光〟の剣。
俺が予想していたようなわかりやすい『炎の剣』――つまりは赤く燃え盛る刃のそれではなく、まさに光を凝縮したような白輝の様相。
オーソドックスな直剣タイプだった『砂』とは形状も異なり、こちらの『炎剣』は細剣のような鋭い形となっている。
「やっぱり、九本が限界?」
「……っ、今は、これが精一杯、みたいです……!」
周囲に現れた炎剣の本数を数えて確認したリィナに対して、明らかに頑張っている様子のソラが途切れ途切れに肯定を返す。
この新たな魔剣、彼女が言うには砂剣よりも遥かに『重い』らしい。加えて、もしも制御を乱してしまうと大変なことが起きるので無理は禁物といったところ。
コストは一本当たり砂剣十本分程度らしいが、制御難易度は更にその上を行くとのこと――確か『火属性は扱いやすい』とか言ってなかった?
「あの……っ、ごめんなさい……!」
「ん、撃って」
現状では、ただ保持することすら一杯いっぱい。
苦しげな声にリィナがすかさず『GO』を出した瞬間、ソラは止めていた息を解放するかのように――宙に揺蕩う炎剣を、一斉に射出した。
その速度は、遅くはないが遅い。
自分で試した訳ではないが、ある程度の実力がある軽戦士なら目前一メートルの距離から放たれても回避できるのではなかろうか。
言うてトップスピードで百キロ前後は出ているだろうが、既存の砂剣と比較しても歴然とした差がついてしまう緩やかな飛翔速度である。
とまあ、そんなシャープな見た目に反して重く遅い炎の剣が、陽炎の軌跡を宙へ引きながら音もなく『板』へと辿り着き――
「エグいな……」
「わはぁー……」
その結果を見届けた俺とミィナが揃って零した呟きに含まれるのは、純然たる〝恐怖〟以外のなにものでもない。
「………………うん。多分、確定」
俺たち二人から離れ、的にした板の横から検証実験を観測していたリィナが一人納得したように頷いている。
しかして、トテトテと此方へ戻ってきた少女が告げる結果は――
「〝剣〟の長さと同じだけ。一メートルくらいまでの壁なら素通りするみたい」
「はいソラちゃん最強」
「はいソラさん最強」
「えぇ……」
東の双翼が全力全開の〝火〟を籠めた結果、発現した二つ目の魔剣。
――その能力は、物質の貫通。
貫くとは言っても、穴を穿つわけではない。正確には先程リィナが言ったように、素通り……すり抜けると表すのが適当だろう。
見た感じ熱エネルギーの凝縮体といった様相の炎剣は、剣の形を崩さず威力も減じぬままに触れた障害物を無視してのけるのだ。
《瞬き焦がす紅玉の灼陽》――『回避不能防御不能』を謳う二人の大魔法から、ソラの魂依器は『防御不能』の性質を受け継いだ……というわけである。
いやもうね、端的に言って無法。
ウチの相棒の壊れが止まることを知らなすぎて怖い。
ちなみに、すり抜けるとは対物威力がゼロという意味ではない。単にあの『板』が障害物判定の破壊不能オブジェクトというだけで、炎剣が非生物に対しても効力を発揮するのは先の木偶人形君たちが示してくれている。
例えばプレイヤーが構える盾が相手となった場合、守りを貫通しながら装備にもしっかりとダメージを与えるという無慈悲な結果となるだろう。
もちろん、生物相手でもその威力は実証済みだ。
証拠と根拠は俺の身体。流石は生物特効の火属性、急所一撃でお陀仏よ。
「……速度と本数、操作の習熟は課題。でも、間違いなく〝強い〟と思う」
「です、ね……えへへ、ありがとうございます」
おめでとう――と言いつつ抱き着きにいったリィナをやや困りの笑顔で受け止めながら、ソラさんは慣れない魔剣のお披露目で疲労困憊のご様子。
見るからにフラフラな少女は、流石にそろそろ限界が近いのだろう。
まだいろいろと試したいことや交わしたい意見はあるものの、そもこの状況が初の遠征を終えてからの流れなので――
「ま、一区切りついたし今日はお開きにしとこっかー」
……と、口にしようとした言葉をそっくり隣に奪われ軽く驚いた。
いやビックリしたというか、少々意外? 赤色娘はむしろ「まだまだ騒ぐぞー!」的なテンションで駄々捏ねるまであると思ってたから……。
「ねえお兄さん」
「なにかな」
「『目は口程に物を言う』ってことわざ知ってる?」
「お、難しいこと知ってんな。偉いぞ」
「はいオッケーいい度胸だよそこになおれぃっ!!!」
――なんて、気の抜けた一幕も挟みつつ。
満を持しての【剣製の円環】の進化騒ぎは、とりあえずのところは恙無く。文句無しの成功ということで、一旦締めと相成った。
なお全力ぶっぱした大魔法の触媒代。