スロットが空いています
「――ぁ、ハルっ」
道行くプレイヤーたちからチラリチラリと、視線を頂戴しつつ待つことしばし。
待ち合わせ場所でステータスウィンドウと睨めっこしていれば、声と共に正面からパタパタと駆けてくる気配が一つ。相手は当然――
「すみません、お待たせしました!」
「まだ五分前だぞ」
我が相棒、ソラさんである。
仮想世界の身体は多少の運動ではスタミナが切れないというのに、心が逸るあまり息を切らしているのが彼女らしい。
「なにかしていました?」
「あぁ、ちょっと諸々の確認をな」
自分の到着に合わせて閉じたウィンドウを気にしたのか、首を傾げたソラに『大したことじゃない』と笑って答える。
今日は結局【四辺の混塔】を含めて五つほどのダンジョンを攻略して回ったのだが、素材や戦利品はともかくスキルの方はあまり成長が見られなかった。
【神楔の王剣】にリベンジを果たした件も勘定に入れれば、トータルそれなりの経験値を稼いでいるとは思うのだが……。
あれかな。俺のアバターも、初心者の伸び盛りは卒業ってとこかね?
「さて、行こっか」
「はいっ」
何度も足を運んでいる俺とは違い、ソラの記憶が少々心許ないとのことだったので待ち合わせ場所は〝目的地〟から少し離れている。
伴って歩き出す間にも、俺――俺たちへの視線はそのまま、どころか増える一方。しかしながら、相棒に気にした様子は見られなかった。
申し訳ない……と思うよりも、ありがたいと感謝して隣を歩かせてもらおう。
「――で、身体の調子はどう?」
不意の問いかけは、別に沈黙を嫌って口から飛び出たものではない。コツコツとブーツを鳴らしながら、ややぎこちなく歩いている彼女を心配してのものだ。
「あ、はは……ちょっと、大変です」
そんな風に、苦笑いが返されるのはわかっていた。注意深く見るまでもなく、少女は明らかにアバターを動かし辛そうにしていたから。
というのも、単純な話。
既に修行やら戦争やらである程度……どころではない積み重ねを終えている俺とは違い、しばらくの間まともにアルカディアをプレイできていなかったソラのアバターは、まさに今が成長期真っ盛り。
そんな状態で頼りになり過ぎるご先達の指導も併せて、今回の遠征行で怒涛の経験値が雪崩れ込んできた結果――当然というか、山ほどのスキルが発現した訳だ。
で、その辺は俺も現在進行形で困っている通り、急激なビルドの変調は身体の操作性に良くも悪くも大きく影響してくる。
つまり今現在のソラさんは、俺ほどではないにしろ『スキルに振り回されている状態』ということだ。
機能をオフにできない、パッシブ系もいくつか取得したみたいだから……。
「……もしかしたら、更に大変になるかもな」
〝目的地〟へと歩を進めながら。己の右手に嵌まる指輪を思って、つい意地悪と心配が半々の言葉が口から飛び出してしまう。
ソラは一瞬きょとんとした後、意味を汲み取ったのだろう。しかしジトッと睨むでもなく、膨れるでもなく、少女は珍しく揶揄うような瞳を俺に向けた。
「ハルとは違って、私はずーっと大切にお付き合いしてきましたから」
「心が抉られる……!」
いや俺だって俺なりに大切にはして――おいちょっと待て。心を読んで勝手に実体化するのやめろ振り上げた柄頭をどこへ振り下ろす気だ貴様ッ……‼
なにかと心の声に対してすら物理的なツッコミを入れようとしてくる魂依器を両手を挙げて必死に宥めすかせば、白剣は不機嫌を表すかのようにブルブルと震えてから指輪へと戻る。
コイツめ、いつかマジで戦闘中に反旗を翻されそうで恐ろしい……。
「ふふっ……でも、ちょっと楽しそうで羨ましいです」
「お、その発言は危ないぞ? 魂依器ら俺たちの言葉に聞き耳立ててるからな」
少なくとも我が愛剣様は、まず間違いなくソラの魂依器を羨ましがった発言を根に持っていらっしゃる。良好な関係には、日々の気遣いが大切なのだ。
「きっと、大丈夫ですよ」
『機嫌直せよ』と愛を持ってコツコツ指輪をつついている俺を他所に、ソラはインベントリから〝自分の指輪〟を掌に取り出す。
【剣製の円環】――いつも彼女の右手で輝く、琥珀色の玉石を湛えた銀色の輪。
優しくその表面を撫でながら、主が柔らかな眼差しを向ける先で……。
「私のわがままに、応えてくれた子ですから」
次なる階梯への道を拓いた『魂依器』は、仄かな光を纏い拍動を刻んでいた。
◇◆◇◆◇
「なるほど……――そういう感じになるのか」
俺とソラの『魂依器』を造り上げた魔工師、ハルゼンの下を訪れて早数分。
わかった、待ってろ、できたぞ――と、相変わらず素っ気なさの極みを見せつけてきたNPC職人への苦笑いを呑み込みつつ。
彼の手によって〝進化〟を果たした魂依器を検めた俺は、少々予想外の結果に『どうしたもんか』と首を捻っていた。
【剣製の円環】第二階梯――名称は変わらず、装いも変わらず、しかし確かな成長を積んだ魂依器は、既に再びソラの右手中指に納まっている。
琥珀色の玉石に、精緻な彫刻が刻まれた銀のリング。見た目は一切変わっていないのだが……なんというか、明らかに雰囲気が違う。
その小さな輝きから放たれる情報圧が、確実に増していた。
「え、と……ハル、どうしたらいいと思いますか?」
「ん、ん、んー…………そうなぁ……」
困ったように意見を求めてくるソラだが、さもありなんといったところ。
彼女の魂依器がどういった成長を重ねていくのかは、それを手にしたその日に職人の口から聞かされている。
なので今回の進化も予想の範疇ではあったが……その詳細が、ちょっとばかり「あぁ、そうきたか」と悩まざるを得ない〝仕様〟になっていた。
「あー……旦那?」
「なんだ」
流石に、これに関しては適当やるわけにはいかない。無口極まる筋肉から必要な情報を絞り出すべく、ムキおじに気圧されているソラに代わって口を開く。
「これ、籠めるものによってアレコレ変わるよな?」
「だろうな」
だよな、そのくらいは普通に想像が付く――
重要なのは、その〝幅〟と〝制限〟の有無だ。
「プレイヤー……稀人と魔物だったら、どっちがいいとかあるか?」
「魔物はダメだ、扱う魔力の性質が違う。稀人が使うなら、同じ稀人の魔力を籠めた方が上等な剣になるだろう」
なるほど、プレイヤー限定と。
「属性のオススメは?」
「好きに決めろ。そいつなら、なんであれ定着する」
「できるだけデカいやつの方がいいよな?」
「ある程度は影響するだろうな。だが、鍛えていけば始まりはどうあれ差は縮まるはずだ。温存するよりも、いま望める限りを籠めて使ってやれ」
「あぁ、それ聞けてよかった。かなり気が楽になったわ」
なんの話か――他でもない、ソラの指輪に籠める魔法についての話だ。
【剣製の円環】――いずれ〝万能〟に至る、魔剣の器。
俺はてっきり、進化の度に使える属性が一つずつ勝手に増えていくものだと思っていたのだが……正しくは、空枠が増えるという仕様だったらしい。
つまり話を総合するに――これからソラが、あるいは〝誰か〟が籠める魔法によって、次の魔剣の性質が決定されるということだ。
「ソラ、話は呑み込めた?」
「は、はいっ……すみません、ありがとうございます」
いいってことよ。まだちょっとこの筋肉達磨が怖いんだろ、わかるわかる。
「聞きたいことは済んだか」
「んー……まあ、多分…………うん、大丈夫かな」
少なくとも、求められているのは取り返しが付くタイプの選択だとわかった。ならばまあ、あまり神経質にならなくとも大丈夫だろう。
ともあれ、所有者は俺ではなくソラだ。代理でアレコレ思いつく限りの質問はしたが、彼女が他に聞きたいことがあれば……あぁ、大丈夫そうだなオーケー。
「あの、ありがとうございましたっ!」
視線をやった俺に頷き返した後、前に出たソラが魔工師へ深々と頭を下げる。
金色の髪を揺らして真直ぐ感謝を捧げる少女に、ハルゼンは僅かながらその固い表情を崩すと――
「また来い」
相も変わらず、ぶっきらぼうで端的な言葉を返してみせた。
遠征後のステータスやら戦利品やらは後でバーッて出ますのでお待ちあれ。