埋め合わせ
――極一般的な十八歳男子と比較して、俺は料理ができる方だ。
それはひとえに、高校三年間のバイトロードで経験を積んだから。ちなみに、厨房勤務を直接に所望したことは一度もない。
レストランウェイターのバイトのはずが、オーナーシェフから気に入られた結果『教えてやる』と調理場へ連行されて謎に技術を叩き込まれたり――
居酒屋の皿洗い雑用をやっていたはずが、ある日のピーク時にシェフ仕込みのノウハウで店主の親父さんをサポートしたら翌日より調理助手に任命されたり――
またある時は、屋台のバイトで焼きそば製造マシンになったりと――
最後はともかく、まあなにかと技術を学んだり磨く機会があったということだ。基本的に、材料と設備とレシピが揃ってさえいれば大抵のものは作れるだろう。
……とはいえ、だ。
所詮、俺の料理の腕は素人の付け焼刃。オリジナル性も独創性もなければ、口にした者すべての頬を落とせるほどの超技術も持ち合わせていない。
つまるところ、
「………………」
「…………い、如何でございましょう……?」
今、テーブルに並べた料理の数々をジッと見つめる『お姫様』――かのアリシア・ホワイトに対して、ドヤ顔で品を振舞えるような実力はないということだ。
仮想世界でのダンジョン巡りで好スタートを切ってから、かれこれ六時間強。
あちら換算では十時間弱にも及ぶ遠征行は、終始駆け足ながらも実に有意義かつ濃密な時間を過ごすことができた。
できたというか、まだ途中でもある。夕飯時ということで【セーフエリア】へと帰還して解散と相成ったが、明日もまた今日のメンバーで集まる予定だ。
夕飯後にも、まだ一つ二つ用事が残ってるしな……と、そういった流れで一旦現実世界へと戻った俺は、夕食もとい埋め合わせの準備に取り掛かったわけである。
そうだよ。お昼の約束をサクッと消化されてご機嫌斜めな姫様から、償い代わりに『手料理を振舞え』と仰せつかったものだからな……。
しかして、俺なりの〝おもてなし〟を御覧に入れての第一声は――
「…………お母、さん?」
「言いたいことは理解できるが、急に言われても家庭料理が精一杯だぞ」
買い出しに行く時間もなければ、そもそも千歳さんのように即興で洒落乙なディナーを発想する料理頭など備えていない。
なのでまあ、背伸びして冒険するよりはと普通の献立を丁寧に用意した。
アイリスの好物が『和食全般』であるというのは、ここ暫くの付き合いで把握済み。それを踏まえて、オーソドックスな和風の一汁三菜である。
カレイの煮付けに揚げ出し豆腐、それから蒸し茄子の胡麻和えを作ってみた。
あとは単なる白飯に味噌汁……といった具合で面白みには欠けるが、総じて味は悪くないと思うので平にご容赦願いたい。
「……ハル」
「なんでございましょう」
「男の子って、煮物を作れるものなのね」
「流石に男子を甘く見過ぎでは?」
いや全員が全員そうだとは言わないが、今時やろうと思えばできる人間は多いのではなかろうか。一般平均なんざ知らんけど。
「いつか、ヘレナが言っていたの」
「うん?」
「男性の言う『料理作れる』は、カルボナーラ程度が精々だって」
「いいじゃんカルボナーラ美味しいだろ」
ヘレナさんって確か【剣ノ女王】御付きの【侍女】さんだよな。全然イメージ湧かないんだけど、どういう経緯でそんな会話が展開されたんだよ。
「まあ……とりあえず召し上がれ。冷めるぞ」
「うん」
つまらない遠慮をするやつでないことは既によく知っているが、それでも気を遣わせないよう自分はさっさと席に着いて促してやる。
コクりと子供のように頷いたアイリスは、いつもと同じ無表情ながら――心なしかその声音を弾ませて、
「いただきます」
お行儀よく両手を合わせると、俺よりも綺麗な所作で箸を手に取った。
「ハル」
「なんでございましょう」
「お嫁さんにするか、お嫁さんになるか選んで」
「ちょっとなに言ってるかわかんないわ」
大変満足そうな「ごちそうさま」の後、真顔でおかしなことを言いだしたアイリスをスルーして食器の片付けを黙々と続行。
喜んで全部食べてはくれたが、女の子には少々煮付けの味が濃かったかもしれない。反省して次に生かすとしよう……次、あるのか?
いやまあ、人に料理を振舞うのも嫌いじゃないから満更ではないが……。
「アイリスー?」
「…………」
「アイリスさーん?」
「………………」
食後の珈琲はいかがですか――と、問うつもりで台所から声を掛けるが、返事がない。視線はバッチリこちらへ向けられているので、意図しての無視である。
「あー……アーシェ?」
「うん」
そしてこの爆速レスポンスよ。やはりというか、どうあっても呼び名を有耶無耶にするのは許されないらしい。腹を決めるべきだろう。
「珈琲飲むか? お茶もあるぞ」
「ん……珈琲を、お願い」
アイリス――アーシェが部屋を訪れるようになってから、俺も気を遣ってアレコレとそこそこお高い珈琲豆や茶葉を置くようになった。
淹れ手の技術はイマイチだが、物が良いのでそれなりの味にはなる。
……幸いというかなんというか、先日『四谷開発』から振り込まれた〝契約料〟のおかげで、口座残高がとんでもないことになっているからな。
多少大雑把な出費が嵩んだところで、家賃もなければ仮想世界の他に金が掛かる趣味もない。心配なのは、我が両親の胃痛事情だけだ。
こないだ俺の〝収入〟一発目について報告を入れたら、電話の向こうで父上が三十秒ほどフリーズしてたからな……ショックで倒れてなければいいのだが。
――さて、できた。
豆挽きは電動のコーヒーミルに頼るが、ドリップは喫茶店仕込みの手作業だ。ある程度のそれっぽい味は保証しよう。
「お待たせしました」
「ありがとう」
といっても、珈琲紅茶に関してはもう何度も振舞ってはいるんだけどな。
ウェイターよろしく脇からソーサーに載せたカップをご提供。砂糖もミルクもノーセンキュー、大人のブラックがご趣味のお姫様である。
ちなみに俺はどちらもたっぷりのカフェオレだ。楓や翔子には『意外』などと言われたが、クールを気取って甘党を隠す気など更々ない。
「……美味しい」
「そいつは光栄の至り」
自分の部屋で、アリシア・ホワイトが頬を緩めて和んでいる。そんな光景に、早くも慣れ始めてしまっている自分に気が付いている俺は――
「人の順応性ってやつかね……」
人間なんでも慣れるもんだよな、と。
激動する環境に追い付きつつある己がメンタルを顧みて、自分自身に呆れながら脱力して苦笑いを零していた。
〝収入〟の額については各人のご想像にお任せします。
このルートでは主人公の財布に活躍の場が無い。