パーティタイム
「「うわぁ……」」
転移の光が散り、一瞬の輝きに眩んだ目が闇に慣れた瞬間。それを目にした俺とソラは、今日何度目かの異口同音を唱えていた。
前座の四体と同じ、黒い壁面に青い光線が走るだけの無装飾な円形フィールド。
照明らしい照明がなく殊更に薄暗いことを除けば『なんの変哲もないボス部屋』であるが、まさしくその〝闇〟がソイツの存在を引き立てている。
宙に浮かぶ半透明な白い身体のシルエットは、例えるなら『蛸』または『海月』だろうか。混じり合わず絡み続ける極彩色の光の渦が、水饅頭の如く膨れた頭部に詰まっており――その頭部から生える首が、計十本。
浮遊する頭袋から下向きに……それこそ蛸足のように伸びている十本の首の先にあるのは、これまた形容し難い造形の頭部だ。
いや頭部というか……頭蓋? 言うなれば、歪んだ蛇の頭蓋骨のような――
「……ソラさん、大丈夫?」
「ま、まだ、大丈夫な方です……」
あぁ、そりゃよかった……なんというかこう、得体が知れない系の気色悪い造形をしていらっしゃるから。
半透明だし宙に浮いてるしで質量がどれほどか想像できないが、サイズ的にはかなりデカい。首を伸ばせば巨騎士形態の【神楔の王剣】の全長に届くだろうし、上部の饅頭も合わせれば下手すりゃ十メートルを超えるかもしれない。
『怪物』への本能的な恐れを堪えながら注視を続ければ、奴の頭上に表示されるのはお約束のカラーカーソルとステータスバー。
エネミー名は、【無睨の十頭】
「一、二、三、四と来て十……足しちゃったかぁ」
「最後は五、だと思ってました……」
見た目のインパクトは、流石ボスラッシュのトリと言うべきか気圧されて然るべきもの。しかしながら――
「怖さは……やっぱり、大して感じないな」
「……っ」
おどろおどろしい見た目とて、三十秒も凝視していれば見慣れてくるというもの。喚び出した【空翔の白晶剣】を振りつつ言えば、隣のソラも同意を示すように砂剣を生み出し構えて見せた。
散々円の外から観察させてもらったが、おそらく外周部に引かれたこの光線を踏み越えたらアレは動き出すのだろう。準備完了の意を込めて視線をやれば、頷いたリーダーは音頭を取るべく口を開いた。
「骨があるとは言うたが、所詮はただのボスや。このメンバーで苦戦なんかしようもない、サクッとやってまうで」
「また各自で臨機応変に、か?」
「いや、それでも多少の殴りがいはあるさかい、ここらで基本的な連携の形くらいは試しとこか。お前はともかく、ソラは余裕ある内に経験しといた方がええやろ」
それは確かに。
「よ、よろしくお願いします……!」
「ま、別に難しいことはないわ。気楽に動きや――リンネ、お前が盾役や。今回は反撃無しで壁に徹しろ」
「りょーかいでーす!」
「マルハルは遊撃に回れ、普通の軽戦士役や。デカいのは封印して〝削り〟を意識、お前らは撫でる程度でええ」
ほう?――あぁ、なるほど。そういうパターンね。
「オーケー」
「了解っす」
「そんで……ソラ、今回お前は砲撃役や。俺が横について指示を出すさかい、タイミングでデカいのぶち込んであとは全体の流れを見とけ」
「……はいっ」
「よし――心配せんでも、今回はやで。相棒とのダブルフロントが一番輝くのはわかっとる、お前が万能型やから順番に全部やらせよ思とるだけや」
お、いいぞトラ吉よく気付いた。
意外と前に出たがりな彼女の気質は、淑やかなお嬢様然とした外見や振る舞いからは読み取り辛いからな。
内心を気取られ驚いたのだろう、ソラは一瞬ポカンとした後やや恥ずかしげに俯いた。不満そうな顔してたわけでもなし、気にしなくていいと思うぞ。
単に我らがリーダー殿が、想像よりずっとリーダーだったというだけさ。
「さて……そんじゃま、質問なければ始めよか!」
◇◆◇◆◇
「――なるほどね」
戦闘開始より十分程度。十二分に余裕を持った展開の内に、【無睨の十頭】の行動パターンは既に大体頭に入っていた。
まずコイツ、無睨と名に付いているだけあって視覚がゼロだ。
頭袋から生えた首の先にある頭蓋。その眼窩には鬼火のような青白い光が灯っているが、アルテラの首が追うのは音を立てるか自身に触れた者。
あるいは、スキルや魔法を行使した者……正確には、MPを消費した者か。
つまり、聴覚と触覚の他に『魔力の動き』を感知していると思われる。ただまあ、現状あのヘビタコクラゲの十頭はといえば――
「ほらほらどしたどしたー!」
まさかの布盾役、リンネちゃんさんに一本残らず首ったけ。
嚙みつきや叩き付けなどの物理攻撃のみならず、炎水風と降り注ぐ多様な魔法の連弾もなんのその。『音』を媒介とした見えざる鎧が、彼女に殺到する全ての火の粉を容易く払い除けている。
流石は北の序列八位【音鎧】――なんというか、アレを一方的に泣かせてた雛世さんのヤバさが際立って仕方ねえな……。
「へっへーん! 届いてなーいぞーっと!」
それにしても、賑やかな盾様だこと。
確か【偏在せし凛鈴華】だっけか? 騒げば騒ぐほど強くなるというのだから、元気っ娘の彼女には似合いの魂依器と言えよう。
良い意味でな――さて、遊撃役も適当にチクチクしているだけではいられない。
「来るっすよ!」
「オーケー!」
MMOのボスというやつは、大なり小なりギミックを仕込まれているものだ。
無敵のタンクがターゲットを取れば、あとは他全員が殴るだけでゲームセットなんて――そんな良心的な設計のエネミーは、そう存在しないだろう。
大体が、定期あるいはランダムAIによる全体攻撃やらの特殊行動を備えているのが常であり……その対処法を見出すことこそが、プレイヤーの〝攻略〟なのだ。
リンネにご執心の【無睨の十頭】が、突如三本の首を高々と持ち上げる。天を仰ぎガパッと開かれた頭蓋の顎には、属性を伴った魔力球が一つずつ灯った。
赤、青、青。アレを放置しておくと、連鎖爆発を起こして防御不能の全体大ダメージを受けてしまうわけで――しからば、俺は二つある側を!
「カウント!」
「3――2――1――GO!」
マルⅡ氏の声に合わせて、床を踏み切り目標へ跳躍。視界端で『赤』を宿す首に迫る相方を確認して――
「せぇ……のッ!」
『青』の魔力球を抱える首の片方へ肉薄した俺は、【仮説:王道を謡う楔鎧】を纏った左拳でその下顎を殴り付けた。
バクン!と、己が生成した魔力の塊を喰らわされた頭蓋から勢いよく『色』が逆流して……混じり合った相反する『火』と『水』の魔力が【無睨の十頭】の透明な頭袋内で――炸裂する。
至極わかりやすいギミックによる大ダメージ。そうして声なき悲鳴を上げるように身悶えした巨体が空間を揺るがし、落下。
―――絶好の、アタックポイントだ。
「いまやッ!」
「はいっ‼」
瞬間、降り注ぐは火力役の砲撃。指揮役の号令を受け取ったソラが、地に伏した巨躯へと魔剣の大塔を振り落とした。
奴の轟震にも倍する、響き渡る激甚の衝撃音と突風の如き余波。それに乗じて煽られるような形で距離を取り、ボスのステータスを確認すれば――
「四本目……っと!」
五段重ねのHPバーの内、これで残るはラスト一本。形態変化的なものがあるとすれば、そろそろだと思うが……ハイ来ました予想通りってな。
ゆらりと再び宙へ浮いた巨体が、最後の足掻きをするべくその様相を変える。
ぶくぶくと膨張を始めた頭袋に伴って、内部の魔力光もまた爆発しそうなほどに輝きを増していき――十頭のそれぞれが、数多の属性色に染まり始めた。
こりゃまた、派手な大暴れが来そうな予感……しかしながら、
「こっから締めや! 気い抜かず綺麗に畳むとしよかぁッ!」
頼りになるリーダーの下、どう足掻こうと此方の勝利は揺るがないだろう。
その後、無差別に魔法を吐き散らす蛇蛸海月メリーゴーランドと化したボスは、最期の最期まで過剰戦力パーティに完封を叩き付けられ――
◇【無睨の十頭】を討伐しました◇
トドメに突き立った砂剣の塔を墓標に、その身を盛大に散らして消え去った。
二つ三つありそうな疑問点に関しては、次話のソラさん向けお勉強会にて。