四辺の混塔
「――こっからは、ソラの〝経験値〟稼ぎをメインに行こ思うわ」
「異議なし」
「異議なしっす」
「異議なしでーす!」
「へ、ぁ、ぅ…………よ、よろしくお願いします……!」
ということで、これより午後の部――遠征行の本番と洒落込むにあたり、黒い塔をバックにトラ吉がそんな『指針』を示した。
もうある程度スキルやらの成長が進んでいる俺に上積みするより、アレでまだまだ発展途上なソラの強化に専念したほうが伸び代を望めるという判断だろう。
即座の了が三つに、戸惑いながらの応が一つ。流れるように提案が可決され、パーティーリーダーは「よし」と頷いてこれより挑むダンジョンを振り向いた。
「ここもそういうタイプやけど、とにかく属性系やら魔法系のボスがいるダンジョンを回ってくつもりや」
「『魂依器』の成長を促すためっすね」
「せやな。魂依器はそれぞれ求める経験値が違うが、あの魔剣とやらの性質やら可能性を考えたら……まあ、それっぽい相手と殴り合うのが一番やろ」
どう思う――と目で意見を求められ、コクコクと頷くソラさん。次いで俺にも視線が飛んでくるが、全く同意なので首肯を返す。
「そしたら、行くで。マル、リンネ、道中簡単に此処の説明してやり」
「了解っす」
「はいはーい!」
◇◆◇◆◇
【四辺の混塔】――シンプル極まるそのダンジョン形式は、強敵との連戦。
塔の内部へ侵入すると、まず待ち受けるのは外見通りの四角い空間。道標のように床面を走る青い光のラインだけが頼りの、真っ暗一歩手前の部屋。
その中心部、寄り集まった青のラインが構成する魔法陣のようなサークルにプレイヤーが立つと――部屋の四隅に、異なる色に発光する扉が現れる。
言わずもがな、その先に一体ずつボスモンスターが待ち受けており、四体全てを討伐することで魔法陣が起動。大ボスへの転移門が開くという寸法だ。
ということで、一体目――エネミー名【炎焔の一角】。
一言でその姿を表すとすれば、燃え盛る一角獣といったところか。
鬣や尻尾、蹄に至るまでが轟々と熱気を吹き散らす炎で作られており、火は吹くわ駆け回るラインが炎上するわで縦横無尽の大暴れ。
サイズ感も『普通の馬』程度で、大して的がデカいわけでもない上に機敏。
更には陽炎の幻影や炎塵による範囲ダメージを撒き散らす搦手も完備……と、中々にボスらしいボスではあったが――
「ハルっ!」
「ほいっとぉ!」
ソラの魔剣で脚を止めさせ、俺が【早緑月】で首スパンにてゲームセット。
それなりに手応えはあったが、正直脅威を感じるほどではなかった。これならまだ【輝石喰らいの女王】のが全然手強かったな。
次に二体目――【水瀑の双角】。
全身が真っ青で、流動する水の刃を備えた大斧を持つ牛頭人身の怪物。
シンプルに力強くタフなパワーファイター……かと思いきや、斧の水刃を変形させて不意打ちを狙ってきたり、水の闘牛を召喚して嗾けてきたりと意外と器用な筋肉の塊だった――が、
「《この手に塔を》」
力も技も全てをソラに上回られ、完封後に真っ二つ。
総評、1/10【神楔の王剣】+水魔法。全てにおいて遥か上を行く鎧騎士と一戦交えたばかりの俺たちには、手緩い相手だったと言わざるを得ないだろう。
三体目――【地剛の三眼】
……………………わからん、恐竜?
なんかこう、やたら身体のバランスが悪いティラノというか、凶悪な顔した巨大な犬の頭に貧弱な恐竜の身体をくっつけたみたいな……とにかく奇怪な化け物だ。
あともちろん、名前通りの三眼完備。
いきなり誠に個人的な事情で申し訳ないのだが、俺は小さい頃から『三つ眼』のキャラクターに対して何故だか恐怖を抱く傾向があった。
そして、その苦手意識を地味に今でも引き摺っている――ので、
「《煌星》ぃアッ‼」
視界を閉じて、刻ませてもらった。
単体毎のHPはそこまで多くはない……ということを、前の二体で確認済みであったが故の開幕ぶっぱ。おそらくは地属性の魔法やらなんやらを用いたのであろう謎恐竜君は、出演時間一分足らずでご退場である。
ソラはポカンとしていたし、トラ吉には「なにしとんねん」と頭をひっぱたかれたが許してほしい。唐突にトラウマを刺激されてビックリしたんだ……。
そして四体目――【風祀の四刃】。
ゲームらしく緑色の視覚情報で描かれた風の塊。四本の浮遊刃が『草刈り鎌』に酷似した形状であるところを見るに、おそらくモチーフは『かまいたち』か。
戦闘方法はコイツが一番シンプルだったが、難易度的にもコイツがトップ。
フィールド中央に陣取った本体が定期的に突風を吹かせてプレイヤーの行動を阻害、絶え間なく追尾する鎌が足の止まった獲物を刈り取るという畜生戦法。
鎌は破壊しても即座に補充されるし、本体を叩こうとしても一定距離まで近づくと強制ノックバックで強引に押し戻されてしまう。
鎌の再生成時に本体からの圧が弱まるので、四本の刃を同時に破壊して突風を無力化。その隙に緑風の奥に見える核を叩く……というのが正攻法になるだろうか。
正しくは、それを皆でやるのが正攻法なんだろうな。
「――《千連》ッ!」
うちのソラさんは、当然のように一人で全てを滅ぼしたが。
……とまあ、そんな感じで。
「うーん……」
「なに考えとるかはわかるが、おかしいのはお前らやからな」
「朝の決闘で喰らったときも思いましたけど、もう本格的に人間やめてますよね《煌星》。後日アップされるらしい動画が楽しみっす」
「ねえねえソラちゃん、魔剣って何本くらい同時に出せるのー?」
「えと……今なら、二千くらいでしょうか? あ、いえ、流石にそこまでいくと操りきれませんけど……!」
四体のボスを蹂躙し終え、四度戻ってきた最初の部屋にて。
微妙な声を出した俺にトラ吉がツッコミを入れることから始まり、緊張感の無い会話を繰り広げるパーティ一向。
――わかっちゃいたが、温い。
結局ここまで矢面に立ったのは俺とソラの二人だけで、トラ吉たち三人は現場で解説を入れつつ傍観に徹していたのだが……。
いやまあ、ここ別に『高難度ダンジョン』ですらないらしいからね。直近に挑んだシークレットダンジョンと比べてしまうのがそもそもの間違いか。
「ま、最後の大ボスはそこそこ骨あるで。俺らも参加するけど、油断して死なんよう気ぃつけや」
「お、マジか。そいつは期待」
強敵はもちろん、その先にある報酬品もな。
なんでも、このダンジョンの踏破報酬が『地味だけど役に立つ』とかでほぼ全てのプレイヤーが世話になっているとか……そういえば、【岩食みの大巣窟】と【埋没の忘路】は踏破報酬とか貰えなかったな?
高難度認定されているそちらでは貰えず、通常ダンジョンの【四辺の混塔】では貰えるということは難易度に無関係ということだろうか――さておき、
「っし、行こうか」
「はいっ」
ソラを伴い、既に魔法陣の上に立って俺たちを待っている三人に合流。
挑戦者の集合を感知したのだろう、四体のボス討伐を経て青から赤へと色を変えていたラインが一層輝き――もう慣れた転移の感覚が、アバターを満たした。
幼児時代、友達の女の子が某玩具物語のエイリアン見て大泣きしていた記憶。