休憩中
「――てな感じで、とりあえず走り出しは順調だ」
「そう」
「〝巡礼〟は済んだから、午後からは本格的にダンジョン巡りだってさ」
「うん」
「にしても、普通のとこ攻略する分には過剰戦力もいいとこだよな。トラき……【大虎】が、簡単なやつならレイドでもクリア可能とか言ってたし」
「そうね」
「………………」
「…………」
「やっぱり怒って」
「怒ってない」
◇◆◇◆◇
――と、そんなお姫様とのランチタイムを挟みつつ。
早めの昼休憩を終えて仮想世界へと舞い戻った俺は、大岩が立ち並ぶ荒野で目を覚ました。
意識が抜け、眠りについていたアバターが背を預ける岩肌から身を起こそうとして……非安全地帯でのリログインによる行動阻害に、動きを封じられる。
いつだか、ソラが掛かっていた『ぽやぽや状態』だ。思えば自分が経験するのはこれが初、なるほどこういう感じなのね――
「――戻ったか」
「おう、見張りサンキュー」
正面から掛けられた声音は、トラ吉のもの。この周辺にエネミーの類は出現しないとのことだったが、一応の用心として一人だけ残ってくれた形だ。
――ので、特になにを言われたわけでもないが俺は急ぎめに戻ってきた。
事前に誘われていた昼食を慌ただしく終えたせいか、アイリスが若っっっ干ながら不機嫌になったが……埋め合わせの約束はしたので、お許し願いたい。
辺りを見回せば、各々で岩に凭れた面々は全員まだ〝眠っている〟様子。戻ってきたのは俺が最初のようである。
「交代する。行ってこいよ」
「あぁ、ほな頼むわ」
さらっと端的な言葉を交わせば、ウィンドウを操作して目を瞑った青年のアバターからスッと力が抜け落ちた。
ピクリともしないが、よくよく見ると薄ら呼吸はしていたりする。『抜け殻』というよりは、やはり『眠っている』ようにしか見えない。
「――っふ、んぬぁー……」
視界端で点灯していた寝惚け眼のデバフアイコンが消え去り、重さの消失した身体を起こして思い切り伸びをする。
見上げた空は気持ちのいい青空――ではなく、あまり見栄えが良いとは言えない赤茶けた空模様だ。
そして首を回せば目に入るのは、整然と立ち並ぶストーンサークルの中心に屹立する巨大な塔。『緑繋』の窪地からほど近い地点に存在するダンジョンである。
その名も【四辺の混塔】――うん、名称からではサッパリ性質が読み取れない。
黒い煉瓦造りかつ真四角の設計というあからさまに『造られました』という外見も相まって、中々に不気味な建築物だ。
ちなみに巨大といっても一辺の長さは五メートル、高さも精々十数メートル程度。しかし内部は異空間となっており相当広いらしい。
同じ塔型でも【螺旋の紅塔】は外見と同規模の造りになっていたが、その辺もダンジョン毎に様々なのだろう――
「――っ……ん」
真黒な塔をボケッと見つめていると、微かな吐息を耳が拾う。目を向ければ、近くでリンネと隣り合ってログアウトしていたソラが薄らと目を開けていた。
十秒、二十秒と経ち、少女は何度かパチパチと瞬いて――視線が交わる。
「おはよう」
「ございます」
ほにゃっとした〝寝起き〟のお顔が、無限に癒し。男性陣はもちろん、リンネが目撃していれば更なるソラ沼にハマっていたことだろう……っと?
肩に凭れるようにひっ付いていた先輩のアバターを優しく大岩に預け直して、立ち上がった少女が静かにこちらへ近付いてくる。
そうしてすぐ傍までやってきた相棒は、胡坐をかく俺の隣へと当たり前のように腰を下ろした。触れ合うような距離ではないが、それでもやや近い。
「……どうした?」
「どうもしませんよ」
左様でございますか――
言葉通り、なにかを話すでもなく、目を向けるでもなく。静かにどこか遠くを眺めているソラと一緒になって、俺も赤茶けた空を仰いだ。
ビックリするほど、互いの無言が痛くも痒くもない。
互いのってのがポイントだ。ソラもまた俺が黙っていることを『なんとも思っていない』のが確信できてしまうから、究極的に心が穏やか。
出会って三ヶ月も経っていない相手なのに、と。
未だに、いつ考えても不思議で……いつ考えても、よくわからない笑いがこみ上げてしまったりするのだ。
――――で、
「………………見てた?」
「……見てません」
その謎の笑みを、目撃されてしまうとクッソ恥ずかしいというね。
盗み見は厳禁ですよお嬢さん、勘弁してくれ。
「あー……そうだ、ソラさん」
「なんでしょう?」
羞恥を紛らわすため、なにかないかと話題を探すも――
「……………………今日、楽しめてる?」
口から出たのは、そんな『いい天気ですね』ばりの苦しいその場凌ぎのみ。
果たして、一瞬ぽかんと呆けたソラは――
「はい、とても」
可笑しそうに俺を見て、ただ柔らかく微笑んだ。
夜にもう一本。