果ても終わりも見えない地図
サクッと石碑へのタッチを成功させ、一目散に『赤円』討滅跡地から離脱を果たした後。第二の目的地を目指すパーティは、一路北西へと歩みを進めた。
真赤な軍勢は見た目のインパクトこそ絶大だったが、やはりトータルの難易度で言えば大したことはなく。
歴戦の序列持ちの面々はもちろんのこと、常日頃から俺に付き合っているソラも含めてメンバーに疲労の色はなかった――のだが、
「そーらーちゃーんっ‼」
「わぁうっ!?」
新手の森林エリアに差し掛かり、実に長閑な小川を見つけたところで有無を言わさずトラ吉が休憩を宣言した。
急に休むように言われても、どうしたらいいものか――なんて悩む暇もなく、リンネにヒョイと抱き抱えられたソラがどこかへ連れて行かれてしまう。
ガールズトークにでも勤しむのだろう、楽しんでおいで。
――で、突然の休憩の必要性を問うてみたところ、マルⅡ氏が答えてくれた。
現実比五割増しの時間が流れる仮想世界での『遠征』は、仮に現実時間で半日分の時間を充てるとすれば体感時間は実に十八時間にも及ぶ。
長時間のダイブで無理を重ねて幻感疲労を発症すれば、結果的に多くの時間を浪費するし最悪そこまでになってしまうだろう。
なので疲れていようがいまいが関係なく、こうした遠征行ではイベント毎に大なり小なり休憩を挟むのが鉄則なんだとか。
「あと、レイド規模の遠征隊の場合はプレイヤー毎の疲労耐性も様々っすからね。サポート系の人なんかは、移動だけでも大変な思いするんで」
「なるほどなぁ……」
小川の脇に俺とマルⅡ氏。少し離れた大樹の木陰にソラとリンネ――
はてトラ吉はどこへ行ったと探せば、浅い小川に裸足でジャブジャブ浸かりながら伸びをしていた。自然が似合うなアイツ、さすが虎。
「そういえば、ふと思ったんだけど」
「なんすか?」
てっきりソラのアレコレに関する怒涛の質問攻めに合うものと思っていたのだが、意外なことに三人のリアクションは戦闘終了後の大絶賛だけに留まっている。
リンネは今まさに一対一でそうしているのかもしれないが……聞かれることがないのであれば、休憩時間は俺からの質問タイムに使わせていただこう。
「転移門ってさ、セーフエリアの外にもあるだろ?」
「あるっすね」
「しかもアレ、プレイヤーの手で設置できるとか」
「できますね」
だよな、俺の記憶違いじゃないよな。
「なら、こうして徒歩で遠征する意味ってなんだ? それにプレイヤーが転移門を設置できるなら、それこそさっきの『跡地』とかにも置いときそうなもんだけど」
「あー……まあ、それができれば当然そうするんですが」
長い道のりを走る最中に湧いた当然の疑問を投じてみれば、マルⅡ氏から返ってきたのはそんな予想通りの反応であった。
いやまあね。やってないってことは、つまり不可能なんだろうなって察してはいたよ。なので、その理由が知りたいわけだ。
「そっか、まだ始めて三ヶ月も経ってないんでしたっけ」
「仮想世間知らずで、お恥ずかしい」
「いやいや、ともすれば現実より情報過多な世界でしょ此処。俺も現行についてくのがやっとで、過去の情報を漁ってる暇とかないっすよ」
「……ほんと、それな」
いかん、あまりにも的確に俺のジレンマに協調してくれたものだから軽く感動してしまった。そうなんだよ、現行だけでも次から次へ新情報が入ってくるから既存情報の勉強とかやってる暇がないんだよ……!
「疑問に感じたその時に質問して解消する、それでいいと思うっすよ。ゲーム知識を語るの嫌いなゲーマーって、そういないでしょうし」
「わかるわぁ」
俺も俺で、ソラに用語とか教えるの楽しかったもんなぁ……。
「で、転移門についてっすね。結論から言っちゃうと、アレ設置できる範囲が決まってるんすよ。具体的には、セーフエリアの中心にある大鐘楼を基点として半径百キロ圏内……それより先には、どうやっても置くことができない」
「あー……距離制限か、納得」
――あれ? てことはもしかして、ういさんの隠れ家って意外と街から近い?
『正しい手順で転移門を潜らないと辿り着けない』と囲炉裏が言っていたが……あれかな、外から見えない結界的な。今度お師匠様に直接聞いてみよう。
「そういえば、ハルさんは聞いてます? 南が本格的に『色持ち』討滅を目指して旗を振り始めたって話」
「ん?――あぁ、聞いてるよ」
聞いてるというか、立場的には主導側です。まあ実際のところ、俺は単なる『戦力』としてアイリスに運用してもらうだけになりそうだが――
「そしたら、その『色持ち』討滅でアルカディアのシステムが〝拡張〟されるってのは、把握してるっすか?」
「それも一応、知ってはいる」
『赤円』を討滅した件に絡めて、先日アイリスが解説してくれた話だ。
「【赤円のリェルタヘリア】が討たれた時に、ワールドアナウンスで『クラン』が解放されたってやつだろ? それから『結婚システム』の先行実装だったか」
「それっすね」
結婚のほうは置いとくとして、だ。
クラン――つまりプレイヤー同士の互助組織のようなものだが、本来ならそういった機能は運営開発が初めから用意しておくべきもの。
プレイヤーが攻略を進行することで『ギルド』や『クラン』といった重要システムが解放されるオンラインゲームなど、言わずもがな聞いたこともない。
「滅茶苦茶なゲームだよな、本当に」
「無茶苦茶なゲームっすね、本当に」
だが、それがいい――かどうかはともかく、そういった事実から『色持ちを討滅することでゲームシステムが拡張される』というのがプレイヤーの共通認識だ。
……はて、転移門の制限の話から、なぜそんな方向へ飛んだのか――
「白……『白座』って、転移を使うじゃないっすか」
「使うなぁ……………………え、あ、そういうことか?」
「そういうことっす――『白座』討滅の〝報酬〟は転移門システムの拡張じゃないか……ってね。まあ、かもしれない程度の期待っすけど」
「なるほどな……そう言われれば、それしかないとも思えてくる」
【白座のツァルクアルヴ】――司るのは『境界』だったか? 領域やら空間やらを司る神の御使いともなれば、確かに転移システムに関与してきそうではある。
「実際問題、そこにテコ入れがないとは考え辛いってのもあります」
「ん……というと?」
今度は意図を追い切れずに首を傾げて見せれば、マルⅡ氏は「簡単なことっすよ」と笑いながらシステムウィンドウを開いた。
勢いよく、そして大きく宙空へ展開したのは、この世界を写した地図――即ち、ワールドマップデータだ。
「広過ぎるんすよ、この世界。とてもじゃないけど、転移門という中継地点を作れないまま〝果て〟を目指すなんて不可能っす」
「……そこまで、なのか」
でかい、広い、果てがないと散々聞き及んではいたが……。
まさか『冒険』を命題とする北陣営の序列持ちをして、遠い目で『不可能』と断言する程のものだとは。
「信じられます? このマップ、現時点で現実世界の大陸全部を集めた面積よりも広いらしいっすよ、頭おかしいでしょう?」
「はぁ???」
What? なんて言った???
「進むことだけを主題とした走行特化の精鋭チームが月単位で駆け続けても、世界の果てどころか海すら見えてこない。しかもただ無暗に広いだけかと思いきや、確認済みの最遠部も探せば未知のダンジョンだらけときたもんですよ」
「なにそれこわい……ガチで〝一生遊べるゲーム〟なんじゃねえのコレ……」
「少なくとも、旅好きな人間にとっては天国っすね。実際アルカディアの人口の半分は、気ままな異世界旅を謳歌する真の意味でのエンジョイ勢って噂ですし」
「はぁー……」
知らないことが、まだまだ山ほどあるもんだな……。
「――お話、終わりました?」
「うわっしょいッ!?」
耳に吐息が掛かる距離から放たれた囁き声に、文字通り跳び上がって即座の退避行動。コンマ二秒で数メートルの安全距離を確保しつつ振り向けば、元居た場所には〝悪戯〟が成功してご満悦なリンネが立っていた。
くっ……推しだなんだと言いつつ遠慮なく仕掛けてくる(?)じゃねえの……!
――と、バシャリと水音が聞こえて目を向ければ、川から上がったトラ吉が隣で呆れたような顔を俺に向けていた。
「なにしとんねん、情けない悲鳴あげよってからに」
……お、なんだ大自然満喫はもういいのか虎。
賭けてもいいが、お前だって同じことされたら絶ッッッッッッッッ対に似たようなリアクションするだろうがよ、おん?
「オイなんやその腹立つ顔。言いたいことがあるなら――」
「はいはーい隙在らばじゃれあい始めないでくださーい」
「そろそろ休憩は十分でしょ。出発しますよ師匠」
「あ、ちょ、なんやねんお前ら、引っ張んなや……!」
そして弟子と後輩に両脇を確保され、ジタバタしながら水揚げされていく虎。
ふむ……見たところリンネと触れ合うのは別に平気らしい。単に慣れているだけなのか、ソラのような大人しそうな少女が苦手orツボなのか……?
「………………なにかな?」
「いえ、なんでも」
で、いつの間にか隣にやってきたソラさんは何故にそうニコニコなのか。
なにかと今回の遠征を楽しんでいる様子なのは俺も嬉しいが――なんというかこう、俺が馬鹿やってるところを見て特に楽しんでいらっしゃる気がするのは……。
「ほら、私たちも行きましょう。置いていかれちゃいますよっ!」
気のせい――じゃ、ないんだろうなぁ……けど、まあいいか。
朝から上機嫌継続中の相棒に急かされて小走りになりながら、纏まりのない思考は未練もなく足元へポイだ。
正直、ソラの反応が微妙なら男同士の適当なノリは控えるつもりだったのだが……この様子だと、むしろそれがお気に召している模様。
俺は楽しい、ソラも嬉しい(?)――ならばまあ、是非もない。
今日は一日このまま、緩いノリで過ごさせてもらうとしようか。
置いておかれた『結婚システム』の詳細を求む声が聞こえる。