一幕を越えて、旅は続く
もはや見慣れた魔剣の巨塔が轟風を散らして振り抜かれ、ソラの正面十数メートルの半円が瞬く間に更地となる。
前情報通り、夥しい『赤』の軍勢はステータス的には大したことがないようだ。抵抗の素振りも見せられぬまま断ち切られ、砕かれ、磨り潰された大量の【赤円の残滓】らが空に溶けるように霧散していった。
……ふむ、見知ったエネミーのソレとは異なる消滅の仕方だな。見て聞いてわかる通り、やはり〝普通のエネミー〟とは別枠の存在なのだろう。
――などと、容易に予想できた〝結果〟を落ち着いて眺めていられるのは、
「んがっ!?」
「うっそだろ……!?」
「ほぇえ……!?」
その滅茶苦茶ぶりを間近で散々目にしてきた、俺一人だけ。
万が一にも巻き添えなんて不幸な事故を回避するため引き留めた男二人と、見事な『砲弾』っぷりを披露してくれたリンネがそれぞれ同じ感情の声音を叫ぶ。
驚くのはそりゃ無理もないことなのだが……こちらが動きを止めても、当然あちらは止まっちゃくれない。
「――【刃螺紅楽群・小兎刀】」
トラ吉とマルⅡを放し、空いた両手に喚び出すは紅緋の短剣。そしてその瞬間、ほのかな燐光が正面へ斬り込んだソラから俺へと移った。
天秤が傾き、跳ね上がった敏捷に火を入れて――駆ける。
相棒が刈り取った半円とは逆サイド。リンネが確保した戦線展開スペースへと雪崩れ込んでくる生物を模した津波を、片っ端から掻っ捌いていく。
牙を向いて迫った獅子の脳天に鋒を突き落とし、飛来した大鷲を胴と両翼で三分割。突進してきたダチョウの細い首を細切れにして、足元から跳ね上がった大ワニの顎を尻尾の先まで開いて真っ二つ。
ついでに《フリップストローク》起動。目に付く範囲の飛行型を小兎刀マシンガンで手当たり次第に落としていく――なるほど、これは柔いな。
【神楔の王剣】……は比較対象として行き過ぎにしても、先日『蟻の巣』で相手にした【岩食みの兵隊】のような、ある程度の強敵へ武器を打ち付けた際に感じられる手応えがまるでない。
俺個人としては、まさに今この手に握っている紅緋関連の情報にアレコレ思うところ……というか、疑いを抱えてはいるのだが、
コイツらは、うん――抜け殻だな、間違いない。
……で、御三方。
そろそろ再起動はお済みかな?
「――……ッハ、こりゃまた、まんまと度肝抜かれたなぁ」
一息で囲みを押し返しつつ、縦横無尽に跳ね回り上下逆さまになりながらフリーズしていたトラ吉と視線を交わす。
言葉通り、俺のサプライズでまんまと固まっていた青年は少々悔しそうに吐き捨てた後――凶悪な笑みを浮かべて、その頬を吊り上げて見せた。
「ソラぁッ!」
「――ひぇっ!? なう、は、ハイっ!?」
おうコラ、気持ちはわかるが語気を抑えろ。ソラさんビックリして思わず魔剣を解いちゃっただろうが。
「それ、一発限りの大砲か!」
呼びかけから問いへと繋がり、この状況で問答をしている暇があるのかと戸惑った相棒から視線を頂戴する。
いやもう全然、どうぞ気の済むまで存分に。
――相棒の人前デビューを盛り上げてくれるというのなら、邪魔者なんざいくらでも蹴散らして時間を稼ぎますとも!
「っ……――――いいえ、いくらでもっ!」
二ッと笑みを返して速度を上げた俺に頷いて、振り向いたソラが堂々と……まだちょっと腰が引けているのは大目に見るとして、しかし真直ぐに答えを返す。
「いくらでも……? えぇ……?」
「ちょっと待て……むしろこっちの方が本命の爆弾っすか……?」
ヘイそこのマルリンペア。お手本のようなリアクション誠にご馳走様だが、突っ立ってないで手伝ってもらっていいか? できないことはないけど、五人分のスペースを俺一人だけで維持するのは流石にちょっと目が回る……‼
「…………怪物の相棒は、怪物か。人は見た目によらんな」
おいトラッキーお前もだよ! 俺もうこの十秒そこらで三桁に迫る数を退けてるから早く! 雰囲気出してないで、早く〝指示〟しろやパーティーリーダー‼
「――リンネ、後ろを守れ」
「っ……はいはいオッケーです!」
「マル、左や。俺が右を捌く」
「了解っす……!」
できるできないは置いといて、高速機動は基本的に〝超大変〟なのだ。
気分がぶち上がっていたりメチャクチャ集中している時なんかはまだしも、素面でやるとこれが結構しんどかったりする。
――ので、『さっさと状況を動かせコラ』と飛ばし続けていた思念が伝わったわけではないだろうが、言葉少なに指示を飛ばした【大虎】に従い【音鎧】と【変幻自在】が位置に着いた。
本人……は、まだ〝お言葉〟があるらしい。仕方ない、前方と右方はもうしばらく俺が捌いて進ぜよう。
「よし――ソラ、お前がフロントランナーや。先導しろ」
「へっ……」
「できるな? 曲芸師のパートナー」
「っは」
いかん、思わず笑ってしまった。
いや、いいね、悪くない。わかってるじゃんかタイガー☆ラッキー。
そういう煽りは俺も……そしてきっと、ソラも――
「――……任せてくださいっ!」
全くもって、嫌いじゃないんだよ。
「《剣の円環》……!」
「うっわ……」
「なんそれヤバぁ……」
ポジションを指示され、働きを取り戻しながらなおも視線は釘付けか。
虚空から次々と生み出されては〝主〟を取り巻く魔剣の円環を目にして、ドン引き一歩手前の声音が耳へと届く。
そして、そんな声が向けられていることを、本人は気が付いているのかいないのか……指令に則り、真直ぐ前だけを見据えたソラが、
「《二つの車輪》ッ‼」
それぞれ百の魔剣で編んだ巨大なホイールを放つ。『金色』に侍る砂塵の暴威が唸りを上げ――蹂躙が始まった。
「――おうコラ、アホピエロ」
「誰がアホピエロだ」
と、対軍少女が元気に暴れ始めたため、残る右サイドへ押し込まれた俺の元へ右方担当がやってくる。
軽口を交わすついでに、バリエーション豊かな『赤』の首を飛ばしながら盗み見た横顔は……未だ驚きの色を残してはいるものの、大層ご機嫌な様子だった。
――あぁ、嬉しいね、こういうの。
いつだか俺が公の場にデビューして注目を掻っ攫ったとき、ソラが我がことのように喜んでくれていた気持ちがよくわかったよ。
「とんでもないもん隠しよってからに……どえらいたまげたわ、満足したか?」
「超満足――っとぉ!? おまッ……!?」
ドヤ顔に対して流れるように繰り出された黒槍の刺突を間一髪で躱せば、口の端を吊り上げ悪い笑みを浮かべた【大虎】は冗談交じりの舌打ちを一つ。
「ハル、お前は近付いてくる飛行型を片っ端から落とせ。あとは大事なパートナーのフォローでもしとけばええ、しっかりエスコートしてやるんやな」
「この野郎……はいはい、了解リーダー」
張り切り過ぎて、空回るかもしれないから――と、素か演技かはさておき、ガサツで適当で大雑把な気質のくせして意外とよく見ていらっしゃる。
魔剣を駆り、とんでもない勢いで道を切り開くパートナーの様子を窺えば……まあ、早ければ次の瞬間にもフォローが必要になるだろうな。
指示に従い、鳥だの宙を泳ぐ魚だのを小兎刀の連射で撃ち落としながら見守っている小さな背中は、過去最高に危なっかしいから。
しかしそれが、彼女の『楽しさ』と『嬉しさ』に起因するものであるならば――
「……っはは」
是非もないし、頼まれるまでもない。
ソラの『楽しい』は、それ即ち俺の『楽しい』。かわいい相棒のフォロー役など、ご褒美めいたパートナーの特権に他ならないのだ――
――霧散しては湧き出す『赤』の大海を進む小さな円は、その歩みを止めず。広大に見えた舞台もまた、挑戦者に比してあまりにも不足。
ゆえに〝海〟を波立たせた賑わいは、果たして。
半刻にも満たない、世界にとっての瞬きの間に――旅の先へと、去っていった。
前座はサクッと飛ばしていこうね。