金風一閃
「――よしリンネ、斬り込みや」
「はいはーい」
投じられた指令は、いつものこと。先輩の頭上に冠が顕現するのを見止めて、リンネは彼の右肩付近……即ち指定席へと飛び乗った。
小動もせずアバターを受け止めたのは、不可視の足場、手足の如く稼働する大顎――そして、開戦の〝一投〟を放つカタパルトだ。
「今からコイツが突っ込んで、あの真赤な海に〝穴〟を空けます。それが塞がらない内に、俺たちも空いたスペースに飛び込んで――」
「道を作って、突き進むのみや」
「オーケー」
「はいっ!」
相方の解説に先輩が乗っかり、その後ろに佇む二人が首肯を返す。
青年のほうは流石の度胸というか、さっさと覚悟を決めたようで余裕の表情。少女は緊張で少々お顔が強張っているが……まあ、心配はいらないだろう。
隣の騎士様が、きっと涼しい顔で守り抜いてくれるはず。
「ほなカウントいくで――3、2、」
と、その瞬間。
射出直前の身を案じるように視線を向ける、大きな琥珀色と目が合った。さて、序列持ち四人というアレなパーティに巻き込まれてしまった少女は――
「1、0……ッ!」
「――じゃ、お先に!」
守られるだけのお姫様か、はたまた第二のビックリ箱か。
ほのかな期待と共に、冗談めかした敬礼を少女に残し――
視界がブレて、アバターが宙を舞った。
半径数キロに渡る広大な戦域、その全てを埋め尽くす『赤』の大海。
数が数だけに馬鹿正直に相手をすれば時間が取られるため、こういったショートカットは定番とされている。
更に言えば砲撃型魔法士の開幕大火力がセオリーだが、今回のパーティは魔法士が不在。なので、PvEでは十八番のリンネ爆弾がまあ最適解だろう。
ということで――こなすべきお仕事が、まず一つ。
着弾と同時にドデカいのを炸裂させて、後続四人の着地場所を確保することだ。
これまでのお喋りで、チャージは既に十二分。
飛行型の『赤』――【赤円の残滓】たちの反応を許さぬ速度で飛翔するリンネの腰元で、ガラス細工のように透明な〝鐘の宝飾〟が澄んだ音を奏でた。
高度が落ち始めたのは、数百メートルも空を駆けてからのこと。
着弾まで、あと少し――――――――――――いま。
「――ほいっと」
そんな、緊張感の欠片もない気の抜けた掛け声と同時。
拍手を打ったリンネを中心に、音なき音が炸裂した。
サウンドもなく、エフェクトもなく。ただ瞬間的に放出された破滅的なエネルギーが、彼女の周囲十メートルに存在していた全ての『赤』を消滅させる。
第四階梯、宝飾【遍在せし凛鈴華】。秘める力は、音の操作。
声は勿論、拍手といったような身動ぎの全て――主の身が発するあらゆる音を蓄積、増幅して『力』に変換することで、攻守自在察知不能の武装と化す極めて優秀な自慢の『魂依器』だ。
……もっとも、非公式ランキングに載るほどまで爆発的に力を増し、優良魂依器へと株を上げたのは第三階梯になってからのこと。
それ以前はもう、拳で直接殴った方が強いくらいの非力な困ったちゃんで――
「――でかした」
「――おつかれ」
「ハイいらっしゃーい」
と、立て続けに両脇へ着弾した〝次弾〟より労われて、満更でもなくドヤ顔を返す。チラと後ろを見やれば、当然のように残る二人の姿もあった。
ふと目が合ったのは、青年の方。
アレで本人曰く『戦闘狂というわけではない』らしいが、既に楽しげな笑みを浮かべている様子からは到底信じられるものではない。
開戦の火蓋は、もう切られている。
性格的にもバトルスタイル的にも、リンネは直感で〝彼〟がまず先陣を切ると思っていた。だから、あの時と同じ疾風が頬を撫でゆく感覚を思い起こして――
「ぐぇッ!?」
「なんっ……」
真直ぐ歩み寄ってきた彼が、両脇から突撃寸前だった男二人の襟首を掴み止めるのを見て思わず動きを止めてしまう。
今この瞬間も押し寄せる『赤』の津波を見やりながら、謎の行動に出た【曲芸師】は焦りもせず……どこか、自慢げな表情を隠さずに言う。
「悪い――張り切ってるみたいだから、次は譲ってやってくれ」
その言葉へ疑問を呈すよりも先に、風が頬を撫でた。
それは、あの日に見た白蒼の疾風ではなく――眩い金色の、そよ風が如き。
「《剣の円環》」
耳に届くのは、今日出会ってから散々言葉を交わした少女の声音。しかしそれは、未だ知らない凛然とした響きを放って、
「――《この手に塔を》ッ‼」
その小さな手に生み出した、冗談のように巨大な砂塵の剣を――
曲芸師の相棒は、迷いも容赦もなしに振り抜いた。
おそらく一振りで三桁は喰った。