爆速トリップ
「――さて、お喋りはこんなとこでええやろ。そろそろ走り始めよか」
「了解っす」
「はいはーい」
セーフエリアを出てから、三十分程度だろうか。
のんびりと街周辺の森を進みながらアレコレ親睦を深めたところで、仕切り役であるトラ吉が声を上げマルⅡ&リンネのペアが了を示した。
「ハルソラも、ええな?」
「オーケー。ピッタリついてくから、飛ばしてくれていいぞ」
「案内、よろしくお願いしますっ……!」
アイリスが発案し、彼女の側近である【侍女】殿が企画してくれた今回の遠征だが――実のところ、俺は詳しい行先を聞かされていない。
ガイド役のトラ吉いわく、『着いてからのお楽しみ』とのことだが……。
はてさて、序列持ち四人+αとかいう大戦力でどこへ向かうつもりなのやら。俺たちは不安半分、期待半分で彼らについていくのみである。
「うっし。そんじゃ、見失わないよう追って来いや――《虎牙操躁》」
と、トラ吉は当たり前のように序列称号【大虎】の権能を解放――ツンツンと逆立った茶髪の上に、象徴たる黒金の牙冠が現れ輝いた。
「トラさんよろしくー!」
「お願いしまっす!」
――で、まあそうなるよな。
かの称号が発現する強化効果は『不可視超馬力の四肢』の顕現。
四柱では俺が上を行ったとはいえ、STR:500相当の『力』が生み出す推力で高速戦に張り合ってきた権能。
更に言えば、それを用いて〝走る〟のは両脚二本分の顎で足りるので……必然、残る両腕それぞれに二人を積載する形が最高効率だ。
マルⅡ氏も敏捷型ビルドではあるが、流石にあの馬鹿力が生み出すトップスピードには及ばないだろう。
そしてなにより、あの四肢はコストもなければ疲労とも無縁。
つまりは、一つでも容易くプレイヤーをクシャっとイケる不可視の大顎が四つ、それをノーリスクで永続発動できるという中々に頭がおかしい仕様。
俺は偶々メタの如きカウンタースキルで完封することができたが、本来あの権能は序列称号の中でもトップレベルと言われるようなぶっ壊れ性能なのだ。
「……仕組みはわかってますけど、見てて不安になる光景ですね」
「あはは、だよねー」
俺の隣でソラが零した呟きを拾い、トラ吉の斜め上に浮かんでいるリンネが若干恥ずかしそうに笑って見せる。
まあ、目に見えない荷台だからな……なにかにしがみ付くような姿勢で宙に浮いているその姿は、お世辞にも格好が付いているとは言い難い。
「贅沢言うなや――ほな、行くでッ!」
ゴッ――と、派手に地面を抉り飛ばして【大虎】が一歩を踏み出す。
おそらく初速から数百キロは出ているであろう、力技極まる高速機動だが……三人とも、その程度の無茶は常日頃からなのだろう。
マルⅡもリンネも振り落とされることなく、二人を抱えるトラ吉もまた一切の躊躇なし。ご機嫌に轟音を上げてスタートダッシュを決めていった。
こんな森の中だが、小回りは効くのだろうか――その答えは、前方から響いて来る派手な破砕音が示している。豪快なこって。
「さて……とりあえず、一応〝人前〟になるから確認しとくけど」
目視が出来なくなっても、パーティ機能のレーダーがあるため追い掛けるのは無問題。焦るでもなく隣へ視線を向けて、
「どうする、というか……ソラさん、アレ一人で追える?」
わぁー……と、呆れたような感心したような表情で、カッ飛んで行く人間大砲を見送った相棒に問う。
一瞬だけ悩んだものの、ソラは困ったように眉を下げて――
「敏捷は引き上げられても、私には身体の操作が追い付かないので……」
恥ずかしさ二割、諦め八割といった顔で手を差し出す。
「――ごめんなさい、お願いします」
「――仰せのままに、お嬢様」
わざとらしく芝居がかった仕草で手を取って、お気に召さないらしい呼び名を咎められる前に華奢な身体を丸ごと攫う。
お叱りは、胸を叩く可愛らしい不服の訴えが一つ――次の瞬間。彼女が傾けた〝天秤〟の加護が、淡い燐光となって俺の身体を取り巻いた。
「準備は?」
「いつでも、です」
そう言いつつ、抱えられるままで腕を回そうともしないのは信頼の表れと解釈させてもらおう――しからば、期待に応えるべく。
相棒の身体をしっかりと抱えて、俺は静かに地を蹴った。
◇◆◇◆◇
「――なにしてんねんアイツら」
「動きませんね……?」
最低限のルート取りをしつつ、避けるまでもない障害物は薙ぎ倒しながら。豪速で森を駆ける【大虎】は背後を気にしつつも足は止めない。
〝奴〟ならばいくら離しても即座に追い付いては来るだろうが、なにをボケッと立ち止まっているのやら――
「きっとまた甘々してるんですよー。ほっこりしちゃいますねぇ、あの二人」
と、恋愛狂い……もとい、色恋の物語に目がないリンネの嬉しそうな声に呆れつつ、『まあそうだろう』と納得してしまうのがなんとも――
「あ、ちなみにですけど」
「おん?」
鈴の音が響き、目前に迫った大樹の幹が突如粉々に弾け飛ぶ。しかし――
耳元で轟々と風が唸りを上げるほどの速度と反比例するように、のんびりと会話を交わす三人は誰一人として気にも留めない。
「ハルさんとソラちゃん、本当にそういう関係では……少なくとも、まだ、そういう関係ではないらしいの、でっ!」
「――いだっ!? ちょ、なんで……」
あれで?――と、口ほどに物を言う視線を向けてきたパートナーへデコピンをお見舞いしながら。
「もっと正確には、そうなるつもりもないそうなので……私たちの間では、茶化すの禁止といたします。その気もないのに囃し立てられるの、超鬱陶しいからね」
「実感こもっとるなぁ」
「それを言われるとね……うん、了解」
「ん、よろしい!」
生まれた時から一緒の幼馴染というのも、いろいろとあるのだろう。
仲が良い男女というだけで恋人扱いされるのを、二人が酷く嫌っているのは既知の事実。師であり先輩である青年が、可愛い後輩の意向を無下にするはずもなく。
「本人にいっぺん『ちゃう』言われとるからな、俺もしつこく絡む気はあらへん――あまりにアレなら、ツッコミくらいは考えるけどな!」
「おー。流石トラさんおっとこまえー!」
「当たり前や! タイガーでスターでラッキーやぞ!」
「いやそれはちょっとよくわかんないですけど」
「あはは……――っと?」
地を砕き、木々を粉砕して――乱暴な行進を続けながら極めて緩いやり取りに興じていた三人が、一様に〝それ〟に反応する。
レーダーに表示されていた、後方の反応が動いた。
そして、その動きを認識した数秒後には――
「――お、なんだ。楽しそうなことでも話してたか?」
当たり前のような顔で、少女を抱えて並走する影が一つ。
「………………お前、またなんか隠しとったな。なにをピカピカしとんねん」
「あれだけ離されてから、数秒で追い付いてきます……?」
「 お 姫 様 抱 っ こ ぉ ! ! ! ! ! 」
それぞれから剣呑な顔、呆れた顔、興奮した顔を向けられながら、恥ずかしげに縮こまっている相棒を抱えた青年は涼しい表情で音もなく駆ける。
――風のように、といった表現がここまで嵌まる光景もないだろう。
走りやすいとは口が裂けても言えない鬱蒼とした森の中を、時に樹木の幹をも足場として飛ぶように跳んでいる。
「……おいリンネ、これはツッコんでOKやろな?」
「んんんんんんんんんんんんんんんん――……っ推せるのでセーフですッ‼」
「キミらは一体なに言ってんの?……さておき」
この状況でそっちが呆れた顔するのは許されんやろが――そんなツッコミを遮るように二度口を開いた【曲芸師】は、次いで挑発めいた色を浮かべて、
「ジョギングも悪くないけど、そろそろ全力出したらどうだ?」
と――わざとらしく投げ付けられた売り言葉に、返せるものなどただ一つ。
「ッハ、チンタラやってたアホを待ってただけやぞ? ほんなら……」
それ即ち、買い言葉。
なぜって、そんなもの――
「――バテても知らんからな曲芸師ぃッ‼」
「――誰に言ってんだよ大虎ぁッ‼」
その方が、楽しいからに決まっているのだ。
――なお、馬鹿二人が加減無しの全力で踏み切った直後から。
「ちょ――――――ッッッッと師匠飛ばしすぎゅッ゛」
またも〝勝負〟に興じてタガの外れた師を落ち着かせようと、口を開いたマルⅡが盛大に舌を噛んで極僅かにHPを散らし、
「わぁああぁあああぁあぁあああああああああああああああッッッ!!? 馬鹿バカばか慣れてても限度ってものがぁあッ!!?!」
はっちゃけた先輩の〝全力全開〟を初体験したリンネが悲鳴を上げて、
「………………………………………………男の子は、本当に、もう……っ!」
慣れと諦めの極致に至ったソラが、顔を青くしながらそっと目を閉じる。
そして――十分、ニ十分と駆け続け、やがて目的地に辿り着いたとき。
東北二陣営の序列第七位が、揃って土下座させられたことは言うまでもない。
男の子は競争が好きだからね。