あの頃を思い返して
「――えっ、じゃあマジで四柱のときは空中ジャンプなかったんすね」
「そそ。アレコレと裏技で賄ってたんよ、もう没収されちゃったけど」
「はぁー……スキルが成長して実質弱体化か、そりゃ気の毒になぁ」
「いやまあ、俺が使いこなしさえすれば確実に前より優秀なんだろうが……」
「やーそれはキツいっすよ。ピーキーなステータス構成に加え、どれもこれも制御難なスキルと並行して〝空中ジャンプ〟とかいう非現実的な身体操作は」
「ほんとそれ。前は曲りなりも足場があったけど、今度は〝虚空〟だからな。なにもない空間を踏むって感覚が、どうにもこうにも」
「なんや思うてたより重傷そうやな……そういや、十八番みたいに使うてた《いぐにっしょん》とやらはどないした?」
「まさしくその《瞬間転速》君が《空翔》に進化した訳で……」
「あー……そらまた」
「要になってたスキルが化けちゃったの、痛いっすねー……」
慌ただしい出立となった一幕から、十数分。
セーフエリアから真南へと歩を進めながら――慌ただしさの原因となった二人を含む男衆は、そんな気心知れた友人の如き砕けた会話を展開していた。
「…………男の子って、不思議ですね」
「本当にねぇ。怒鳴り合って殴り合って、かと思えばコレだもん」
一歩遅れてそんな俺たちを眺める女性陣の呆れたような声音は届いているが、それはもうそういうものだと理解していただく他ない。
男、もといゲーマーなんてそんなもんよ。
昨日の敵は今日の友ってな。一度〝最高の試合〟を共にすれば、誰だって無礼講&悪ノリ上等の友人さ。
「あと、なんか地味に耐久上がりましたよね? 公開情報は覗かせてもらったっすけど、VIT:0って書いてあったような……」
「あー装備の詳細まで全部は載せてないからなぁ。一応、今は追加補正で150ほど積めてるから……四柱のときは50だった」
「バチバチの近接アタッカー構成で50……アホやな」
「それは流石に、アホですね……いえあの、いい意味で」
「アホだよなぁ。でもまあ、全回避が前提なら耐久振りとか無駄になるし?」
「アホやな」
「アホですね」
「はっは、誉め言葉として受け取っておこう」
――あぁ、どこまでも気が楽で良きかな男同士の会話回し。
現実では俊樹、仮想世界でも囲炉裏やゴッサン相手に駄弁ったりもするが……
前者はグループの女性陣がアクティブなので、どうしても『男同士の会話』にならない。後者はまあ気楽っちゃ気楽なんだが、一対一で話す機会が多くてこうはならないんだよなぁ。
テトラは別枠。あの先輩は基本物静かというかテンションが落ち着いているため、何というかこう……素の陰寄りな俺が出てきてしまうから。
「おや、どしたの嬉しそうな顔して」
「へっ? ぁ、ぅ……し、してません。多分」
「えー?」
と、気になる声が聞こえてチラと後ろを振り返れば、誤魔化すような素振りで手を振るソラの姿。
隣を歩くリンネちゃんさんは、そんな相棒の様子を楽しそうに眺めて……お、内緒話か? 美少女同士の耳打ちは目の保養だ、無限にやってくれていいぞ。
あと、賭けてもいい。おそらく数秒後、なんらかの理由でソラが赤くなる。
揶揄うようなリンネちゃんさんの表情や、既に軽くアタフタしているソラの様子から未来は確定的に明らか――ほらな。
「なんっ……! そ、ちがっ……」
「あははー。じゃ、そういうことなので心配しないでねー」
なにを言われたのやら、予測通りボッと頬を染めて否定の構えを見せるソラ。そんな少女をリンネちゃんさんは微笑まし気に構いつつ――
「……へ?」
クリっとした黒い瞳が、二人の様子を窺っていた俺へと突如向けられる。
瞳、だけではなく。
「うわっ!? ちょ、なに――」
「はいはーい! ちょーっとお借りしますよー!」
ポニーテールがよく似合う絵に描いたような元気っ娘に背を押され、勢いよく男子の輪から押し出されてしまう。
唯一まともに絡んでいない相手からのアクションに驚きの声を上げたのは……どうしたことか、俺一人だけ。
「はい来た……」
「我慢したほうやで」
おいコラ、そこの二人。
勝手に訳知り顔で呟いてないで解説を――どこまで連れて行く気なの???
早足に背中を押され、押され、押され、押され続け……後続と十歩以上も距離を空けた先へと連行されてしまう。
やけに弾んだ足取りのリンネちゃんさんの向こう側。見やる後方では、取り残されたソラへ虎師弟が声を掛けて交流を図っていた。
なんだアレ……トラ吉が若干挙動不審になっている。純情男子か?
――さておき、
「えーと……ご用件は?」
「あはは、ごめんなさい。ちょーっと〝お話〟したくて」
後方へと向けていた視線を間近に落とせば、ソラよりも身長の高い彼女は少々近過ぎる距離でにぱっと笑顔を浮かべて――
……今日だけでもう何度も見ているが、実にサッパリとした良い笑顔である。
天真爛漫という言葉が、これ以上なく似合う女の子だった。
「改めまして――マルのパートナーやってます、リンネです」
「あぁ、うん――ソラのパートナーやってます、ハルです」
タタッと跳ねるようにして隣へ並んだ彼女と、改めての自己紹介。
〝陽〟を体現するような明るい容姿に、ファンタジー武闘家めいたガーリーな布鎧。目立つ武装も見当たらない身一つといった風体だが……。
アレコレ抱えている能力はさておき、これで本質的なスタイルはゴリゴリのパワーファイターなんだよなこの子。意外なような、らしいと言えばらしいような。
差し出された右手に応じれば、予想していた通りの挙動で元気良くブンブンと手を振り回され笑ってしまう。
「マルとハルさんで音が被っちゃうんですよねー。うむむ、どうするべきか……」
「あー確かに。気にもしていなかった」
「追々考えていきましょう――あ、私のことはリンネと、是非呼び捨てに!」
「呼び捨てを是非にと求められたのは初めてだ……いや、了解。よろしくリンネ。俺のことも取り敢えず呼び捨てで大丈夫だよ」
トラ吉&マルⅡとの空気そのままで対応してしまっているが、常ならば敬語を使っているであろう序列持ちの先輩女子だ。
こちらが砕けた態度を求められるのであれば、彼女にも同じようにしてもらわなければ落ち着かない――と、思っての返しだったのだが。
「いえ、それはちょっと無理寄りというか」
リンネちゃんさん改めリンネ、これをまさかの拒否。
女性に真向から呼び捨てを拒否られるという、人によってはガチの凹み案件。自分は『是非に』とまで言って押したのに……?
と、ショックというよりは驚きで固まっていれば――
「〝推し〟は並ぶよりも見上げたい派なので、私!」
続けて投下された言葉に一瞬理解が及ばず、あっけらかんと言い放ったリンネをボケっとした顔で見返してしまう。
いや、ちょっと待てと。
最近、似たような展開をどこかで……どこかというか、現実世界で――
「アーカイブ、無限にリピートしました! もうメチャメチャ格好良かったです‼」
――そう、どこぞの四條の御令嬢が、まさしくこんな感じだったではないか。
「………………いや、いやいや、俺なんて別にそんな、序列持ちの先輩殿にそんな、推しだのなんだの言ってもらえるようなアレでは」
「四柱の次の日からマルが馬鹿みたいに『見ろ、とにかく見ろ、全部見ろ』って連呼してくるんで超鬱陶しかったんですけど、一回見たら止まらなくてですねぇ!」
「わかった、落ち着こう。ちょっと一旦落ち着――」
「なんといっても! アイリス様との一騎打ちですよ‼」
そっかぁ、止まらないかぁ。
「会話が拾われてないのが本当に、ほんっとぉーに残念でしたけど! お二人の表情で妄想――もとい想像なんていくらでも‼ はいッ‼」
「力強い……」
あいつ、同じ序列持ちからも様付けで呼ばれてるんだな……。
なんだかんだ気恥ずかしくて愛称で呼べてないけど、このまま元の呼び方に戻した方が平和に生きられそうだ。
アイリスと呼ぶたびにうっっっっっっっっっっっすら不服そうな顔するから、多分そのうち怒られそうだけど――
「つきましては! 今回の遠征もご縁ということで、この機会にアレコレいろいろとお話を伺いたいと思ってまして――‼」
「いやあの……こら近い、近いから!――ちょっとマルⅡ氏ぃッ! おたくのパートナーいきなりバグリ始めたんだけど、なんとかしてくれますかねぇッ‼」
「無駄ですよ! マルはマルで〝曲芸師さん〟に沼ってますからねぇ‼」
『ある意味同好の士だから』と謎理論で救援の望みを断たれ……実際、振り返った先から返ってくるのは申し訳なさそうな曖昧な笑みが一つ。
おのれ裏切者め……‼
あとその横で嫌らしい笑みを浮かべているトラッキーは後で絞める。ソラ相手にキョドり散らかしていた事実を、盛大に煽り倒してやるから覚悟しとけよ……‼
……で、その後は『実は相棒の師をも凌ぐ自由人』なのではという疑いが浮上したリンネに、怒涛の質問マシンガンで突き回されることしばらく。
時折振り返って見たソラが、いつしか横の男どもと一緒になって――
「……ふふ」
なぜだか嬉しそうに俺を眺めていたのが、不思議だった。
出会った頃。
二人きりでも、いつもこんな風に賑やかだったなって。