男三人寄れば殴り合い
「ソラちゃん! かわいい‼ リンネです初めましてよろしくねっ‼」
「は、はじっ……よろ、よろしく、お願いします……!」
待ち人来たり、からの自己紹介を経て。
無事ノルタリア序列八位様のお眼鏡に叶ったらしいソラさんが、勢いに圧されて無限にアタフタしている様を眺めながら――
「吐けや。本当は付き合っとんのやろ?」
「付き合ってないです」
「アホぬかせ。人目も憚らずらぶらぶしよってからに」
「愛じゃなくて信頼なので」
「誰がトラやねん。タイガー☆ラッキー言うとるやろが」
「師匠、虎じゃないっす。trust、信頼って意味っすよ」
――と、男三人で繰り広げるは絶妙にインテリジェンスの低い会話。そしてそうこうしている内に、周囲のギャラリーが増していく。
こんな何もない場所で、序列持ちが四人もたむろしていれば目を引くのは当前……なのだが、二人は気にした風もなく自然体だ。
流石、その辺は年季が違うといったところ。視線が気になり落ち着かないのは、どうやら俺たちペアだけらしい。
……リンネちゃんさんに関しては、ソラに夢中で端から周囲を見てすらいないが。
「まあええわ――ほんなら、早速やろか」
と、傍で盛り上がっている女性陣を他所に、切り出された言葉は意味も不明瞭な唐突なもの――というわけではなく。
「はぁ? ちょ、待て待て……! こんな街中でお前――」
「待たん、先払いや。約束は果たしてもらうで」
俺の言葉を切って捨てながら、インベントリから得物を引っ張り出したトラ吉がニタリと口の端を吊り上げる。
『衆目は望むところ』と言わんばかりの振る舞い……このお祭り男め。
今回の遠征に際しての、ギブアンドテイク。
臨時のパーティメンバー兼ガイドを務める条件として、トラ吉ことノルタリア序列第七位【大虎】が求めたもの――それ即ち、俺との再戦。
それも単なるリベンジマッチではなく、
「ほれ、はよ『刀』抜けや。前回みたいな出し惜しみは許さへんぞ」
……ということで、俺にとって全力の先である結式一刀を御所望らしい。
「いや、だから……アーカイブ見たなら、わかってるだろ? アレは良くて相打ちに持ち込めるだけの自滅技であってだな――」
「あーあー御託はいらん。俺が負けたらお前の勝ちでええわ、さっさと抜け!」
「なんでやねん。ガチ再戦だってんなら、それこそ実力勝負じゃなきゃ意味が」
――ないだろう、と。勝つための手段にはなり得ない《極致の奇術師》をシンプルに勝敗を決するための『決闘』で使うことを渋る俺に、
「なんやねんゴチャゴチャと……――自分、まさか【剣聖】の技を使うて負けるんが怖いんちゃうやろな?」
――と、そんな至極わかりやすい煽り文句が着弾した。
「あ、ちょ……っと、師匠その煽り方は――」
はぁー
へぇー
ふぅーん……そういうこと言っちゃう?
なるほどなるほど――覚悟しろよ虎テメェ。
「ヘイ、マルⅡ氏」
「え、あっハイ、なんすか?」
「決闘の申請って、どうやれば送れる?」
「………………え、っと、ですね」
ほう、成程……これまた随分と中二病を拗らせ――洒落てんなぁ?
「以上っすけど……あの、気にしないでくださいね? ご存じの通り、ノリと勢いだけで生きてるような人……もとい虎なんで」
「オーケーオーケー心配いらないよ大丈夫……さて、『我らが女神の名に於いて』」
フォローを入れてくるマルIIへと爽やかな笑顔を返しながら、流れるように思考をスイッチ――出番だぞ、来い相棒。
「『汝に、決闘を申し込む』」
展開した【空翔の白晶剣】の鋒を【大虎】へと突き付けて、その弟子から教わったキーワードを口ずさむ。
その瞬間、楽しげに俺を眺める奴の目前にウィンドウが開き――ぞんざいな裏拳が『Yes』を打ち抜くと同時、見覚えのある薄紅の障壁が展開した。
プレイヤー同士の『決闘システム』……なるほど、まんま四柱戦争で使われていた《強制交戦》と同種のものだな。
どちらも〝女神様〟とやらの力と考えれば、似通るのも当然といえば当然か。
「うわっ、本当に始めちゃったよ」
「ふぇ、なんっ……ハル、なにして――」
外野から聞こえてくる女性陣の声を他所に、睨み合う馬鹿二人。
苦笑いを浮かべて女性陣の元へ合流するマルⅡ氏。
――そして、突発イベントに色めき立つ人波の壁たち。
「あ、あのっ、すいません! 動画撮って後日アーカイブのほうにアップしてもいいですか!? 自分ら以外にも見たい人メッチャいると思うんで――」
「お好きに」
「しいや」
「っ……! ありあざぁーッス‼」
ファンサは心置きなくって言われてるんでな。じゃれ合いの私闘程度いくらでも記録に残してくれて構わんさ。
――さておき、
「『ごめんなさい』するなら今の内だぞ」
「ッハ、誰がするかい。あと得物がちゃう、『刀』を抜けや」
「抜かせてみろよ」
「っかぁー……ほんに、生意気もんやなぁ――【曲芸師】ぃッ‼」
「かかってこいやトラ吉ぃッ‼」
「タ イ ガ ー ☆ ラ ッ キ ー 言うてるやろボケコラぁッ‼」
それはまるで、先日の焼き直し。
またもそれぞれの怒り(?)を原動力にエンジンを吹かした俺たちは、地面を抉るような勢いで一斉に踏み切り――
三分後。
円形フィールドの頭上に空中投影されている、如何にも『決闘』と言わんばかりの格ゲーめいたHP表示が示す結果は――
「「――クソがぁッ‼」」
勝者【大虎】、敗者【曲芸師】。
しかし同時に同音の言葉を吐き捨てた俺たちは、治まらぬボルテージのままに互いへと食って掛かる。
「ざけんなコラなんで刀を抜かんねん! オマケに前のキレまで無くなっとるやないか舐めとんのかこのボケたれ!」
「うっせぇいろいろあんだよ俺にもさぁ! ってかお前だってなんだよアレそっちこそ手札温存してたんじゃねえか人のこと言えた義理かよトラッキーが‼」
「誰 が ト ラ ッ キ ー や ね ん ! ?」
「ま、まあまあ師匠……曲芸師さんも落ち着いて――」
と、ヒートアップする俺たちの間に割って入ったマルⅡ氏が、苦労人の顔で仲裁を買って出る。それを見て、流石にはしゃぎ過ぎたと反省をしつつ――
「っは! 次はお前いったれやマル。今の腑抜けたコイツなら楽勝で星取れるわ」
はいカッチーン。
「――『我らが女神の名に於いて』……」
「は? はぁ……!? ちょ、ちょっと待っなんで俺までッ」
「『汝に決闘を申し込む』ァッ‼」
二分後。
「――も゛ッ゛がい゛‼」
勝者【変幻自在】、敗者【曲芸師】。
どいつもコイツも〝奥の手〟抱え落ちしてんじゃねえかぁあぁあああアッ‼
「はぁ~あツマらんわぁ! 意地張って格好付けて連敗してたら世話無いで!」
「あの師匠、本当にその辺で。ビルドのごたごたで不調って話ですし……」
「ま、せやなぁ? 意地張って格好付けて言い訳までされちゃ、流石にかわいそにもなってくるわなぁ!」
はいプッチーン。
「《コンストラクション》……」
「おっ」
「あっ……」
来たれ【早緑月】――《極致の奇術師》起動。
「『我らが女神の名に於いて』……」
「ようやくか……構えろマル、バケモンが来るで」
「いやだから、なんで俺まで!?」
「『汝らに決闘を申し込む』ッ……‼」
俺が負けたらお前の勝ち――男に二言はねえよな【大虎】ぁッ!
「結式、一刀――ッ‼」
「ッッッしゃぁかかってこいやァッ‼」
「だから! なんで! 俺まで――ッ!?」
二十秒後。
「――ハイ勝ちぃいいいいいッ‼」
「だぁああああああクソがぁあぁああああああああああッ‼」
「〝目〟で追い切れないんだよなぁ……」
勝者【曲芸師】、敗者『虎師弟』。
《極致の奇術師》の誓約も、流石に〝神様〟のシステムには逆らえないらしい。
決着と共にフィールドが消滅すると同時、減少したHPや装備の耐久値が回復。そして決闘で使用した戦闘スキルのクールタイムを含むあらゆるステータス変動がリセットされる仕様に則り、やがて命を奪う魔力糸も静かに消え去った。
ガチの決闘……というよりは、対人練習や戯れの意味合いで使われるお遊び機能らしい。得る物はないが失う物もない、気安いシステムである。
と、それはさておき――
「それぞれ通算二勝一敗、俺の勝ち越しってことで異論は無いな?」
「ぐぬぅ……」
ワーワー沸き立っている観衆の騒ぎを他所に、トラ吉の提示した俺ルールに乗じて勝利宣言。口惜しそうに唸ってはいるが、意外なことに反論はないらしい。
「いやはや、おみそれしました……また今度、調整が済んだらお相手してもらえます? 似たスタイル同士、意見交換とかも是非」
「うん? あぁ、そりゃもうこちらこそ是非。とりあえずフレンド登録を――」
「―― い つ ま で 、 こ こ に い る ん で す か ……‼」
「はいはーい、いい加減に出発するよ男の子たちー!」
「おっと」
「い゛っで!?」
戦闘の余韻で、我ながら浮ついていたのだろう。
いつしか多大な注目をスルーしていた俺の腕を、にゅっと横から伸びてきた小さな手が捕まえてグイグイと引っ張り始める。
隣で耳を引っ張られ悲鳴を上げたマルⅡ共々、衆目の下で大騒ぎを演じた男衆の2/3が連行されていき――
「はぁ、また負けたか……――さて、すまんが予定があるさかい祭りは仕舞いや! 今日も良い一日を、ほならばなー!」
最後に残された1/3の年長者が、それまでのおふざけ具合より一転してカラッとした宣言を上げ解散を示す。
快活な声音とギャラリーのざわつきを背に、久々の悪ノリめいた馬鹿騒ぎを反芻して『あー楽しかった』とご満悦な俺。
そして、そんなバカな男子の手を引くパートナー様は――
「本当にっ……もうっ……‼」
男の子同士のノリにはついていけないとばかり。
羞恥で真赤になった頬を膨らませて、いたくご立腹の様子であった。
このあと二人で『悪ノリしてごめんなさい』した。