アフターディナー
「――とまあ、滑り出しは順調だ」
「そう」
「予定通り、明日はパーティ組んで一日遠征してくる」
「うん」
「ありがとな、予定組んでくれて。何からなにまで申し訳ない」
「ほとんどヘレナがやってくれたことだから」
「………………」
「…………」
「なんか怒っていらっしゃいます?」
「怒ってない」
嘘だぞ絶対ちょっと機嫌悪いぞ。
グサッと鯛に突き刺したフォーク捌きが、いつもより少し荒々しかったもの。
相も変わらず対面ではなく隣に座りたがる相席者へと横目を向ければ、アイリスは千歳さんお手製アクアパッツァを食べる手を止めて首を振った。
「違う」
「いやまあ、違うなら――」
「嫉妬してるだけ」
「ごめん俺が悪かったこの話題はやめよう」
なぜ迂闊に踏み込んだ馬鹿か俺は、完全に先が見えた展開だっただろ。
「私もあなたと冒険したい」
「いやぁ……いろんな意味で、しばらくは無理かもな」
アイリスは各方面で多忙だし、俺は俺でそんな〝同僚〟と並び立つための自己強化を急がなければいけないし……。
そもそも仮に一緒に冒険したとして、どうなるんだろうな。全くと言っていいほど、そんな〝もしも〟の情景が思い描けない。
「…………」
「そんな目で見られましても……」
ここ数日ある程度は同じ時間を過ごして、多少なりとも理解したことがある。
なにかと言えば……このお姫様、ともすればニア以上に感情が豊かだ。例えその表情が、基本的には無で満たされていようとも。
言葉で、声音で、仕草で、とにかくストレートに心を曝け出してくる――今もこうして、微かに喉を鳴らすことで不満を訴えているように。
「――じゃあ、今日は?」
「その流れでじゃあは卑怯だと思います」
「……ダメ?」
「ねえ女子ってズルくない?」
こんなの戦う前から男の負けが決まってるんだが???
「こ、断りゃしないけどさ……来てどうするんだよ? 先に言っとくが、こないだみたいな三時間耐久ポーカーとかは勘弁してください」
「楽しかった」
「そりゃ全勝するほうは楽しかろうよ……‼」
頭が良い上にポーカーフェイスLv.100かつ豪運の相手に勝てる訳ないだろ。三試合連続でロイヤルフラッシュ揃えてんじゃねえ。
「それなら、ゲーム」
「いや、だからしばらくは――」
「仮想世界じゃなくて」
話しながらも、いつの間にやら食事を終えて。
「私、アナログゲームも好き」
趣味に生きる一族のお姫様は淡々と、しかし微かに弾んだ声音でそう言った。
◇◆◇◆◇
「あー……アイリスさん?」
「なにかしら」
「コレを〝アナログゲーム〟って呼ぶのは、各方面から怒られると思うぞ」
旧いという意味合いで使ったのはわかるが……これは完全に〝デジタル〟というか、そもそも旧式ですらないだろう。
部屋へと持ち込まれた最新型のゲーム機器を見てそんなツッコミを入れれば、アイリスは不思議そうに首を傾げてみせた。
「【Arcadia】と比べたら――」
「比較対象がおかしいんだよ。一般プレイヤーと【剣ノ女王】を比べるくらいに」
一部過激派には『前時代的』だのなんだのと言われているが、別に非VRゲーム機器が廃れたというわけではない。
【Arcadia】にユーザーを奪われた分だけシェアは狭まったかもしれないが、それでもこっちが現役のゲーマーだってまだまだ膨大数いるのだ。
「俺も好きだぞ。今は仮想世界に掛かりきりだけど、そのうちまた遊びたくなって手を出すかもな」
こっちにはこっちの良さがある――というより、アルカディアの世界はもう別物というかなんというか……ゲームというより、ほぼ『異世界生活』だからなアレは。
さておき、どうしたもんか。見たとこパーティゲームがほとんどだが……。
「うん……?」
渡されたソフトの〝山〟を検めていくが、一つも開封されていない。よくよく見れば、ハードのほうも傷一つない新品であるということに気付いた。
「なんだこれ、買うだけ買って放置でもしてたのか?」
いつになっても、知らないゲームのパッケージを眺めるのは楽しいものだ。
聞き覚えのあるもの、過去に遊んだこともある作品の続編、はたまた全く見知らぬタイトルなどなど。アレコレ物色しながら訊ねてみれば――
「あなたと現実世界で遊べる物を、集めてみたの」
「――……あー」
もう一歩、口に出す前に考えていれば辿り着けていたであろう答えを返され、その言葉に込められた諸々の想いを察して手が止まる。
「ゲーム以外にも、いろいろと揃えてみた。動かせないものは私の部屋に置いてあるから、いつかはこっちに招待もさせてほしい」
「前向きに考えておきま――近い、いや、近い、わかったから、近い……!」
ええい離れろ致死性素直可愛い爆弾め、『半径一メートルは不可侵領域だからな』って部屋へ上げる前に条約を結んだろうが……‼
――なお、その後は二人で平和に遊んで過ごした。
緊急避難の如く俺が咄嗟に選出したパーティ格闘ゲームに興じたのだが……詳細は伏せるが、片方が完膚なきまでにボコられたという事実を記しておこう。
かの〝最強〟の辞書に、もう手加減などという文字は存在しないのだ。
箸休めにゲーミングお姫様との一幕をどうぞ。