戦果報告、再び
――『今、お時間あります?』
ログイン直後に、そんな連絡が飛んできてからしばらくのこと。
「分裂型の上位グレード……だね、コイツは」
持ち込まれた素材を検めながら、ペア攻略で完勝なんてよくもまあ――そもそも、たった二人で挑んでこのランクが出現したこと自体が驚きだ、と。
カグラがいつにも増して呆れた顔を向ければ……見知った顔は隠す気もない得意気な顔でわざとらしく胸を反らし、まだまだ『打ち解けた』とは言い難い少女が恐縮したように縮こまる。
タイミングが合わず、直接に顔を合わせるのはこれで二度目。
仮想世界では派手な風貌をしている自覚はあるので、大人しそうな彼女に遠慮されてしまうのは仕方がないかもしれない。
「――で、どうするよ? 素材は文句無しの一級品だけど……アンタたち、別に現状は装備に困っちゃいないだろう?」
「うーん……」
腕組みする青年が目を向ける先。
作業台に並べられているのは、一抱えもある巨大な二種の金属塊。今回この二人が討伐してのけた、【神楔の王剣】からの正規ドロップ品だ。
かの鎧騎士はその性質上、相手に合わせて強くなればなるほどにエネミーとしての格が上がる。そしてその『格』は、手にできる報酬の質にも直結する。
今回のコレ――『白』と『蒼』二種類の金属塊は……。
まあ、上の下といったところか。これに関しては最上の代物を自ら扱ったことがあるので、どうしても評価がそれ基準になってしまう。
「いつもみたく、面白い優先で適当なものを――」
「それでもいいけどね。『使い勝手が微妙だ』って死蔵したら承知しないよ」
ともあれ、純粋に素材としての質で見れば上物も上物。
その上で、この二人にとってはある意味『因縁の相手』と決着を付けた記念品でもあるわけだ。いつものように、自分の趣味を優先することは憚られる。
そう思って釘を刺すように言葉を返せば、青年は悩まし気に腕を組んで唸り出す――そもそも、まだ武装を増やすつもりなのかというツッコミは野暮なのだろう。
「ソラ、アンタはどうだい。なにか欲しいものは?」
「ふぇっ、あ、えっ……と」
片割れを置いてもう片割れに声を掛ければ、可愛らしい反応を示した少女が見て分かる様子で必死にアレコレと考え始める。
本当に、なにがどうなってコレとパートナーになったのだろう。
今となっては釣り合わないなんて言う気もないが、なんというかこう……雰囲気的には、住む世界が違う『お嬢様』にしか見えないのに。
――ま、本人たちが幸せそうなら、外野が言うことなどあるはずもなく。
信頼の値がバグめいた数字になっていそうな二人を見ると、どうしても最近『暴走』を始めたらしい後輩のことが頭を過るが……それはまた、別の話。
「武器は、この子がいますし…………防具……も、今更ですよね」
「そうなぁ」
「自覚しなよ。その子のソレ、アンタに毒されてんだからね」
悪びれもせずソラの呟きに乗っかった片割れをジロっと見やれば、青年はパッと顔を背けて口笛を吹き始めた。
……なにそれ、やたら上手くて腹立つんだけど。
「あー……そうだな…………そしたらソラ、俺が決めちゃっていい?」
「大丈夫です。多分、ハルに使ってもらうのが一番――」
と、そんな相棒の言葉を「いや」と遮って、青年は微笑んで見せる。
「今回は、二人で使う装備にしよう」
ペシペシと、気安く……どこか親しげに二つの輝きに手を置いて、
「アイツらに倣ったものを、な――それが一番、力になるだろ」
言い切った彼に、反対する者などこの場にはおらず。オーダーは決まり、戦利品の行く末は無事に定められた。
……ともあれ、いつものことながら。
極自然に展開してのける芝居がかった振る舞いは、後から気付いて恥ずかしくなったりはしないのだろうか――と、
自分の振る舞いは棚に上げて、カグラは呆れを呑み込みながら注文を受領した。
◇◆◇◆◇
「【愚螺火鎚】のほうは、どうだった?」
「最高。全力のアッパーぶちかましてやりましたよ」
「……ブーストがあるとはいえ、アレを当たり前のように打ち上げるのはアンタくらいのもんだろうよ」
『夕食の準備に』と、ひと足先にログアウトしていったソラを見送り、いつも通りを取り戻した魔工師と顧客の一対一。
注文品の詳細を詰めながらの雑談が長引き、いつしかそれぞれ飲み物を抱えてのまったりタイムへと突入していた。
用事が終わればサクッと解散――そんな流れが常だった俺たちにしては、正直珍しい流れだ。あのカグラさんが『ほらアンタもさっさと帰んな』と言わないとは。
――なんて内心は、ぶっちゃけただの照れ隠し。
「……まあ、なんだ。少しは落ち着いたようで、安心したよ」
と、このように。
この人が仮想世界の知り合いの中でも随一の気遣い屋なんてことは、俺が一番よく知っているわけだから。
「おかげさまで――いや、本当に。いろんな人の、おかげさまで」
「っは、人に恵まれたね。可愛いパートナーを筆頭に」
「重ね重ね、本当にな……」
ここ最近はずっと『頼りになる姐さん』だったから、優しい顔は久しぶりに見たな。推定年上真面目清楚礼儀正しい系お姉さんの素漏れが懐かしい――
「なに考えてるかはわからないけど、ロクでもないことだってのはわかるよ」
「ごめんなさい」
俺の周りの人たち、誰も彼も俺読みが過ぎない?
怖いんだけど。え? 俺ってそんなにわかりやすい???
「俺ってそんなにわかりやすい?」
「少なくとも、アンタが思っている以上にね。そもそも、意図してオープンにしてるもんだと思ってたけど?」
直球で聞いてみたら、直球で『Yes』が返ってきた。
マジかよ……高校時代はあれほど『春日君ってなに考えてるのかわかんないよね』と評されてきたこの俺が……?
「突っ込んだ話ついでに、ひとつ聞きたいんだけど」
「あ、ハイ。答えられることであれば――」
「ニアとは、どうなんだい?」
「突っ込むどころか抉り取るような一撃が来たな???」
たじろぐ俺に、カグラさんは涼しい顔で「言いたくなけりゃ無理には聞かないよ」と、これまた涼しい声音。なんとも大人の余裕を見せつけられているようで、こちらは余計に羞恥を煽られる。
「どうって、あの……その感じだと、そもそも向こうからアレコレ聞かされてますよね間違いなく」
「多少は? あの子は別に相談する相手もいることだし、アタシには簡単な報告程度だったけどね」
「不躾ですが、女子……女性ってそういうもの? 同じクランの先輩後輩って間柄だけで、恋愛事情の『報告』とかするもんなの?」
女子のネットワーク怖い――と、自分の情報がいつどこで流れているやも知れぬ恐怖に慄いて見せれば、カグラさんは「違うよ」と言ってカラカラ笑う。
「先に突っついたのはアタシのほうさ。ニアは爆発したみたいに真っ赤になってたよ、元からバレバレだってのに」
「アンタが先手かよ!」
バレバレ……やはりアイツのアレはバレバレだったのか。
いやまあ、そりゃそうか――馬鹿な思考してた俺ですら、気付けたのだから。
「アタシが言うのもなんだけどさ」
「なんならそのまま呑み込んでください」
その程度の言葉で、楽しそうに笑む彼女が口を噤むことなどないだろう――と、そんなことは火を見るよりも明らかだったから。
両腕を掲げて咄嗟に防御姿勢を取った俺は、
「素直になったあの子は、可愛いだろう――存分に悶えるがいいさ、色男め」
「あ゛ぁ゛ッ゛……ッ‼」
物の見事に急所ごと撃ち抜かれ、無様に倒れ伏し無事死亡した。
いつか職人二人の過去話も書きたいな……ニアちゃんスピンオフかなぁ。