神を祀るは楔の王剣、世界が記すは二人の英譚 其ノ陸
天秤が傾き、世界が認めし稀人の力が流れ移る。
光芒が瞬いて、光を纏い、煌めきを増した金色の少女が、
「――いきます」
天秤の片側から借り受けた『力』をもって、霞むような速度で床を蹴った。
『敵』を見て〝学んだ〟騎士たちは、既知に溺れて未知を捉えられず――ただ一足でその懐へと飛び込んだ、鎧に比して小さな姿が、
「《剣の円環》――」
堂々と、その手で掴み取った『剣』を振るう。
「《千剣の一つ》ッ‼」
自ら振るわんと求めた〝一振り〟……しかしそれは〝一本〟にあらず。並べ、繋ぎ、織り成した『剣』は――押し固めた千の小剣からなる魔の結晶塔。
要求魔力は膨大、制御難易度も彼女が持つ『技』の中では随一だ。
しかして、ソレに秘められた威力は――
『――、――――』
自身の倍近いスケールの鎧騎士を、軽々と吹き飛ばして然るべきもの。
完全に虚を突かれ、掬われるような形で激しく真上に吹き飛んだのは『蒼』。渾身の一撃を振り切ったソラの傍らでは、即座に反応した『白』がその手の双剣を振りかざしており――
天秤が傾き、力が移る。
「――おうコラ、俺モチーフ」
跳ね上がった敏捷は、かつての最高値を飛び越えて。割り込んだ勢いのまま両の剣を弾き飛ばし、その胸甲に左手を置く。
「お触り厳禁だ、テメェの相棒と仲良くやってろ」
そして、言葉も合図も必要はなく。
俺が望んだ通りに、傾いた天秤に宿る力が変質した――AGIから、STRへ。
「結式一刀、無刀術」
喰らえ師匠直伝、なんちゃって拳法――‼
「《震伝》ッ‼」
《空翔》起動――唸れ【仮説:王道を謡う楔鎧】ァッ‼
打つ、ではなく、押し込む。
コントロール不能の推進力、いかれた膂力を発揮する左腕、そして人外の筋力ステータスの全てを叩き込むようにして突き飛ばした『白』が――まるで紙屑か何かのように、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
……ちなみに、
「ういさんは指一本で大岩を砕きます」
「えぇ……」
すぐ隣でドン引きしていたソラへのフォローは、これで完璧だろう。
しかもあのお方は〝押す〟ですらなく〝撫でる〟の域だからな。人外度合いで言えば俺はまだセーフ間違いなくセーフ。
ところで、戯れている場合ではない。
第二幕のファーストアタックはこの上ないクリーンヒットを叩き込めたが、『学習』するような頭を持ってる奴らがそれで怒らないはずもなく。
再び現れた〝鎖〟が光り輝き、
「――ふッ……!」
「よっ」
真後ろに現出した『白』が再び振るった双剣を、ソラの一振りと俺の白剣がそれぞれに叩き落す――以前なら、こうはいかなかったんだけどなぁ?
《天秤の詠歌》の権能は、レベルの委譲。
限定対象者とステータスをやり取りすることで、相互強化を可能とする埒外の支援スキル……しかしながら、問題は与えた方が弱体化するという点。
《天秤の詠歌》によって移動するステータスは、委譲側の最も高い能力値から丸ごと三十レベル分が持っていかれてしまう。
以前までならば俺は敏捷の大半を持っていかれ『鈍足紙耐久』とかいう無能へとなり下がり、ソラもソラで要の精神を削がれ戦闘力をほぼ失っていた。
では、今ならばどうか。
俺の現最高能力値はMIDとLUCが同値の300。ならば綺麗に半分ずつ150が引かれるのかと言えばそうではないらしく、この場合は装備補正込みで多いほうの値から引いてくれるらしい。
つまり、俺もソラも引かれるのはMIDのみ。
精神ステータスはMPだけでなく魔法攻撃力にも関係するため、俺に天秤を傾けている間はソラの戦力低下は免れない……が、今の彼女はMID:700。
300を引かれたところで一般的な『純魔』に迫る能力値であり、当然ながら継戦は可能。そして俺に至っては――MP上限が削れる以外に、戦力の低下は皆無。
どういうことか?
こういうことさ。
「いっ、せぇ――」
「――のッ‼」
左右から同時に振り切られた白剣と砂剣が『白』の持つ双剣を叩き、反撃からの追撃でダメージの重なった騎士の手から得物が離れる。
次手は、俺。
《コンストラクション》――からの、《エクスチェンジ・ボルテート》起動。喚び出した【愚螺火鎚】に蒼白のオーラが絡み付き、
「――《点火》ッ‼」
引き金を握れば、既に懐かしい鍵言を受け継いだ武装が――赤雷を宿して加速。
跳ね上がった質量の暴力が、情け容赦無しに白騎士の鎧兜をぶち抜く。
さあ、コンボの〆は相棒だ。
「《剣の円環》」
その手から放った《千剣の一》が、解けるように霧散して――粒のような細剣と化したソレらが、瞬時に剣の風格を取り戻す。
そして、
「――《千連》ッ‼」
主の命に従い、雪崩落ちるは魔剣の瀑布。
どうよ【神楔の王剣】――このダブルフロントは鬼畜だろ?
次々と天秤を傾けながら、力を預けた方も変わらず動くことができる現状。事実として、《天秤の詠歌》は抱えていたリスクをほぼ失った。
ならば後に残るは、純粋にして無比のぶっ壊れ強化効果のみ。
問題点があるとするなら、この速度域で駆け引きを展開するとソラのスキル制御難度もまた鬼畜になるという点だが……。
「ハルッ!」
それに加えて、〝指揮〟までやってのける無敵の相棒様だ。
今更、俺の心配など――
「っしゃオラァッ!」
無用の長物というものだろう。
声音と視線、それだけあれば読み取りなど容易。
求めを指示と受け取って頭上を仰ぎ見れば、その瞬間〝脚〟に宿った天秤の加護に頬を吊り上げて全力で踏み切る。
さすれば、落下の勢いのままに急襲を仕掛けようとしていた『蒼』の目前へと辿り着き――流石の反応で繰り出された拳打を左腕で流せば、慣性に従って互いの位置が入れ替わって、
〝上〟も〝背中〟も俺のもの。きっと痛いぞ覚悟しやがれッ‼
左手に呼び出した【魔煌角槍・紅蓮奮】、その石突を【仮説:王道を謡う楔鎧】の膂力をもってガラ空きの背部へと叩き込み――
「《空……――翔》ォッ‼」
馬鹿速推進力によって生まれた威力の全てを、落下する『蒼』へとぶち込んだ。
で、終わりだと思ってくれんなよ?
落ちたら落ちたで……もっと痛いのが待ってるぞ。
「――《この手に塔を》」
無慈悲な鍵言、屹立する剣の大塔。
真上へと手を伸ばす、金色の少女から放たれた特大の一撃が、
『――、――――――』
物言わぬ蒼騎士を、強かに打ち上げて轟音を散らした。
なにこのひとたちこわい。
今日中には一区切りつけますが、連投できるかちょっと怪しい。
13時に更新が無ければ続きは夜だと思ってくださいませ。