駆け上がった今
『とにかく、ひたすら〝自己強化〟に集中して』――と。
共に『色持ち(カラード)』討伐を本格的に志すことになったアーシェから俺に伝えられたオーダーは、ただそれだけだった。
攻略に際し、必要な人員の選定から段取りまで全てを彼女が引き受ける。
その間とにもかくにも、俺は時間の全てを冒険に注ぎ込み徹底的な自己強化に励むように……と、まあ順当というか、それ以外にないという感じではある。
真実ぽっと出の俺には、大規模戦闘に挑むためアレコレと手を伸ばす先も無ければ知識も乏しい。役立たずがボケッとしている暇があるなら、割り切って『剣』として己を磨くことに注力すべきだ。
という事情から、今後しばらく俺の……否、俺たち二人の予定はぎっしりと詰められてしまった。一人で突っ走った四柱とは違い、俺が当然のようにプッシュしたため既に相棒も特記戦力(仮)として上の連中に認識されているから。
大々的なお披露目はもう少し先になるが、是非とも盛大にぶったまげてもらおう――どこぞのお姫様に負けず劣らずの、この可愛らしいバグキャラに。
「――《九連》」
思えばまさにこの場所がデビューとなった鍵言は、すっかりと口に馴染んだようで。俺がドヤ顔で口ずさめば香ばしさ満点になるだろう洒落乙ワードも、美少女が真剣な顔して紡げば様になるというものだ。
静かな声音は積み上げてきた自信の顕れ――かつて散々に泣かされた相手を、指揮剣を振るソラが魔剣を従え蹂躙する。
虚空から生み出されるのは、魔剣の連弾。
継目の無い砂の刃が少女を囲む三体の【彷徨える朽像】にノータイムで殺到し、辛酸を舐めさせられた〝前回〟とは比べ物にならない威力でもって伽藍洞の鎧たちを穴だらけにした。
「………………強く、なれましたね」
「文句無しにな――お披露目する日が、今から楽しみだ」
戦闘の切れ間。指揮剣を消し去り空になった右手を見つめながら、小さく呟いたソラに手を掲げて見せる。
「あはは……それはもう、本当に勘弁していただきたいんですが……」
「お、ちょっと前の俺じゃん。へーきへーき、喉元過ぎればなんとやらよ」
「…………まだ過ぎずに悶えてる人が、何か言ってますね?」
おっと、返しの威力も以前より増していらっしゃるようで。求めたハイタッチに関しては、相変わらずの可愛らしい威力だったが。
「まあ冗談は置いといて、益々ヤバいな魔剣。威力自由度コスパ、どれを取ってもぶっちゃけ『魔法』の上位互換では?」
「これで第一階梯なんですよね、この子……」
「空恐ろしいなぁ」
「………………」
「ほんとごめん今のは違う」
誓って、神に誓って無意識だったから。
「そんなこと言ったら、ハルのほうが恐ろしいです。とうとう武器も使わず暴れ始めるんですから」
「いやまあそれは……」
「ほら、お相手ですよ。順番です」
歩みを止めずに言葉でじゃれ合っていれば、通路の先に浮かぶ次なるぎせ――エネミーの姿が。ふむ、手斧に棍棒に蛮刀の三体組と……山賊かなにか?
正直、もうコイツら程度が何体来ようと物の数ではないが――
「よし来た、しっかり覚えて備えとけよこの野郎が」
この無限に湧き出してくる鎧の兵たちが、立派なダンジョンギミックの一部であると知れば適当にあしらうという気は起きない。
一歩進み出た俺に反応してギシリと腰を落とした朽像へ言葉を投げ付けながら、かつては冷や汗を流して臨んだプレッシャーを鼻で笑い飛ばして――
「腕と成せ――【仮説:王道を謡う楔鎧】」
真横へと振った腕の先、輝きを放った腕輪から金銀の光線が迸り――俺の左腕を、肩までの鎧手甲が呑み込んだ。
【輪転の廻盾】の特殊形態に似た、〝光のライン〟で構成された透明な鎧。これがどんなものであるのか、極シンプルに一言で形容するのなら――
「せぇ……――のッ!」
大剣を込めた、拳といったところか。
踏み込みは即座、肉薄は刹那。
数メートルの距離を瞬く間に踏み潰して振るうのは、ド直球の左正拳。
ヒュボッ――と金属を殴ったとは思えない異音と共に着弾地点となった朽像が消し飛び、両脇の二体が余波に煽られてたたらを踏む。
しかし、そこは流石の高難度ダンジョン。
これまでの蓄積を無駄にはせず、初見ながら見知った俺の動きに対応するべく体勢を――整える暇は、まあ与えないんだけどな?
ボッ――ボッ――と、都合二回。それぞれ裏拳と肘鉄の一撃で綺麗に通路を片付けて……〝俺の番〟は、開幕二秒でスムーズに終了だ。
「ッハ、超楽しい」
今更かもしれないが、無双ゲーは嫌いじゃない。ましてやそれを、仮想とはいえ己が身で体現できるなど文句無しの神ゲーである。
徹吾氏、いろいろ言ってたけどやっぱこれ神ゲーだよ。
個人差があるとしてもだ――自分の意思で磨き上げた自分を存分に世界へ叩き付けられる、そんなゲームが楽しくないわけないだろうて。
VRMMO万歳――既存と違って何が悪い。
まあ、それはそれとして。
我ながらご機嫌な人外機動の代償か、呆れたような視線が背中に突き刺さっているのを感じるわけだが……。
「いや、今のはまだセーフ」
「なにも言ってませんよ?」
「見てたじゃんジトッとした目で!」
「ハルは今日もハルだなぁって、思ってただけです」
「あの頃よりは正気です……!」
少なくとも、戦闘の度にテンションが壊れていたあの頃よりは……!
「良いじゃないですか、世間ではそんなハルが人気らしいですよ?」
「世間の話はやめよう、俺に効く」
それ『ずっと賑やかで楽しそう』とかいう馬鹿に対する誉め言葉みたいなアレでしょ? 自覚はしてるけどダメージが無いわけではないんだよ!
「もう、早く行きますよ。もしまた返り討ちにされても、今日はクリアするまでって約束なんですからねっ」
「されるかなぁコレで――あぁ、わかったわかった歩くからちょっと……!」
逸る気持ちを表すように、グイグイと俺を押すソラを宥めながら。
確かな成長を世界に刻みながら進む冷たい通路は……あの日よりずっと、暗い闇の不気味さが薄れたように感じられていた。
大剣を込めた拳ってなんだよ。